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看病

 翌朝、いつものように早い時間にベッドから起き出す。

 昨日、美涼は結構雨に濡れていた。

 帰ってきても髪を拭いただけでお風呂にもすぐには入らずに夕食の用意。

 体調を崩してなければいいが……隣の部屋を見つめそんな心配しながらも下に降りていく。


 窓の外はまだ薄暗いけど、天気は昨日とは打って変わって今日は晴れの予報。

 シーツも洗って布団も干せそうだ。


 頭の中でやることをイメージしながら台所に移動して、朝食とお弁当の準備を始める。

 いつも通りのはずだった。

 だが、それを否定するようにフライパンから煙が上がってしまい、慌てて火を消す。


「……あ、いけね! やっちゃった……。このくらいなら俺が、食べれるかな、作り直す時間勿体ないし……それにしても、あいつ遅いな……」


 普段なら美涼はとっくに起き出している時間だ。

 それが姿を見せずで、より心配になってきて注意力が散漫になってしまっている。


「樹君、おはよう……あら、美涼はいないの……?」

「おはようございます。ええ、ただの寝坊ならいいんですけど……」


 義理の母である広実さんが台所に顔を出し左右を見回した。


「あの子、変に張り切りすぎて体調崩すからちょっと心配なのよね」

「それわかります。あいつ意固地になるとこあるから。そういうときはほんと注意しないと」

「……へえ、樹君。よく美涼のことわかってるのね」

「ま、まあ、クラス一緒だったので……」

「ふっ、そっか、そうよね」


 そんな会話をしていると、当の本人がやたらフラフラした足取りで降りて来た。


「お、はよう……」

「ちょっと美涼、なによその足取りは……」

「お、お前体調悪いなら無理に起きて来るなよ……」


 美涼は椅子を掴んで離さないでいる。そうしないと自分の体を支えておけないらしい。

 広実さんが娘のおでこに手をやった。

 その反応と、顔が赤く染まっているところを見れば一目瞭然。

 風邪を引いてしまったようで熱もあるようだ。

 俺も作業を中断し、心配で傍に駆け寄る。


「ちょ、ちょっとぼーっとするだけだから……」

「そんな状態でなに強がってるの。ちゃんと大人しく寝てなさい。今日のシフト変更してもらえるように電話しなきゃ」

「お、お母さん、大丈夫だから、あたし……」


 美涼は途端に表情をこわばらせる。

 広実さんが自分の為に仕事を休むことが受け入れられないのかもしれない。


「看病なら俺やります」


 気がつけば無意識にそんな言葉が出て、さらにアピールするように真っ直ぐに手を挙げてしまう。

 多少強引にでも休ませないと、そして無理をしないよう誰かが見張ってないといけない。

 そんな気持ちだった。

 なにより身近に弱っている人がいたら放ってはおけないしな。


「そうね。樹君がそう言ってくれるなら、安心して任せられるわ」

「樹君の世話になんてならなくても大丈夫よ!」

「あなたそんなフラフラなのに何言うの? 樹君に頼らないなら私が休むことにするわよ」

「それは……困るわ」


 やれやれ……。


 そんなわけで親父と広実さんのお勤めを見送った後、ゆっくりと2階へと上がり美涼の部屋をノックする。

 中から返事はないが、苦言を呈さないということは状況が状況だし入っても問題はないだろ。


「……どうだ、具合は?」

「……別に、たいしたことないわ、このくらい」


 ベッドに寝ている美涼は俺の問いにムッとしながら答える。

 ちゃんと布団を被って安静にはしているようだ。

 けど、その返答とは裏腹に少し体が震えているのか、掛け布団が揺れている。


 この状況でよくもまあ強がるもんだ。


「風邪はなあ、引き初めに治さないと、その後が大変になるんだよ」

「……あなたのお説教を、聞かされるならあと1度熱が上がった方がマシね」


 ……可愛いけど、ほんとに可愛くねえやつ。

 こういうところが俺と一緒で子供だと思うとこだよな。


「たくっ……これ、角切りにしたリンゴとヨーグルトを混ぜたアイスで日奈も好きなんだけど、食べられるか?」

「っ! 食欲なんてないわよ」


 アイスを見てはくれたが、途端に視線が逸れる。


「そうだろうけど、一口でもいいからお腹に入れないと、薬も飲むんだし……ほら、あーん!」

「っ!? はあ、ちょ、何なのいきなり!? 馬鹿なの!?」

「わ、悪い……いつも日奈にはこうやってるから、その、つい……」

「もういいわよ、聞いてるこっちが恥ずかしいじゃない。1人で食べられるから。それ貸して……」

「お、おお。冷たいからゆっくりな……」

「……んっ、これなら食べられるかもしれないわ」


 アイスなら食べられるかなと思って大急ぎで作った甲斐があった。

 一口食べてくれただけでもホッとすると同時に、日奈と被らせてしまったとはいえ先ほどの行為が心底恥ずかしくなる。


「ちょ、ちょっと俺、薬取って来るから」


 いったん席を外し、リビングへと薬を取りに行き気分を落ち着かせる。

 戻ってみるとアイスは綺麗に完食されていた。

 日奈も最初は食欲がないって言ったけど、食べだすと美味しそうに食べてくれてたっけ。


「全部食べてくれたのか、よかった。これ日奈にも好評でな、『日奈、そろそろお風邪引きたい』なんていうんだぜ」

「っ! そ、そう。まぁ、悪くなかったわ」


 何だかほっとしてつい笑顔になって話してしまう。


「それじゃあ次は薬な。熱も出てるし、飲んだ方が治り早いから」

「わかってるわ……」

「そんなに苦くないからさ。いやだったら目つぶってる間に飲み込んじゃうんだぞ」

「……日奈ちゃんにはいつもそんな感じでお兄ちゃんしてるのね……たくっ…………ほら、ちゃんと飲んだでしょ」

「わ、悪い。そんな怖い顔で睨むなよ……そうだ、汗かいたら着替えるんだぞ。タオルもここに何枚か置いておくから」

「……」

「……あとさ、風邪の時ってなんか心細くなったりするから、今日はずっと家にいるから、その、何かあったら……って、ごめんな。日奈が風邪ひいた時はいつも心細いっていうから、なるべく傍にいてあげるんだけど、美浜なら平気だよな……」


 俺が部屋にいると寝るに寝られないと思い立ち上がる。

 背中を向けた瞬間に袖を引かれた。


「……美浜?」

「っ!? あっ、そ、その……そう、『文学部内の恋愛事情』」

「えっ?」


 それは美涼が好きなラノベで、共通の話題が欲しかった俺も読むようになり嵌っている作品だ。


「1人で寝てるだけじゃ退屈なのよ。その、読んでたでしょ? 読み終えてるなら、ええっと、私まだだから……」

「そっか、持ってくるよ」

「…………ありがと」


 ラノベを取りに部屋へと向かう。

 なんだか美涼の顔を見すぎたせいか、俺も顔を赤くしてしまっていた。

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