鯖の塩焼き軍対麻婆豆腐軍
「焼き塩さば軍対麻婆豆腐軍」
ペンネーム:今日のお昼は?
今風雲急を告げるこの空腹が原に、十万の
軍勢を集めた、焼き塩さば軍が現れた。
総大将のノルウエー産塩さばフィレーは、焼き目も麗しく、また、あぶらをてらてらとさせ、そのボディーをメタボに、イヤ、メタリックに輝かせていた。
ノルウエー塩さばフィレー大将(以下略称フィレー大将)は傍らに侍る大根おろし参謀に声を掛けた。
「全軍の士気はどうじゃ」
大根おろし参謀は、びしっと汁を切りながら答えた。
「はっ、さばの旬は四季の中で冬ですが、全軍ノルウエー産の文化干しタイプですので、あぶらの乗りは十二分です」
フィレー大将は焼き立ての腹側の身のあぶらをぶしゅぶしゅと沸騰させながら、満足そうにうなずいた。
「今日の敵は誰じゃ」
フィレー大将は知ってるくせに、わざわざ大根おろし参謀に訊ねた。
「はっ、本日の敵は中国四川省重慶出身の麻婆豆腐軍です」
フィレー大将は、相手にとって不足なしとばかりにうなずいた。
「して、作戦は」
大根おろし参謀は必勝の作戦をフィレー大将に具申した。
「醤油を私にちょろっと、そして大将と一緒にほかほかごはんの上に載って、突撃します」
フィレー大将は焦げ目がついたえらをふるわせて激怒した。
「この大根が、相手は中華おかずごはん愛称最強の麻婆豆腐軍であるぞ、やつらは、蓮華で白飯の上に乗せられたら、もはや混然一体となって、離れられなくなるのだ」
フィレー大将は大根おろし参謀に命じた。
「さらなる追案をだすのだ」
大根おろし参謀は、フィレー大将の活を受け、汁気を更に絞りながら考えた。
そして具申した。
「伏兵をかけましょう」
フィレー大将は聞いた。
「して、その伏兵とは」
大根おろし参謀は、汁気を絞って、キュッとなりながら、答えた。
「生臭くなってきましたら、レモン騎兵隊を横から突っ込ませ、さわやかに味変しましょう」
フィレー大将は黒焦げた尾っぽを左右に振った。
「よろしい、その二段構えの策でいこう、お前は大根おろし、所詮は添え物なのだ、しっかり作戦を具申せんと、汁を絞り切ってしまうぞ」
大根おろし参謀は内心忸怩足る思いで、唇を噛みしめながら思った、こんなさば野郎に仕えているので、薬味扱い、こんな時かつおぶし初等兵がいれば、自分は大根おろしとして独り立ちできるのに。
その時丁度、焼きしお鯖軍の陣取る空腹が原の反対側に、地平を覆うかのごとき紅い大群が現れた。
そう、麻婆豆腐軍十万の軍勢の全容であった。
仕上げのごま油もてらてらと、山椒の香りも高く、焼き塩サバ軍を併呑してやろうという士気満々であった。
正宗陳麻婆豆腐軍将軍痘痕のアバター(以下略称アバター)は、適度なとろみで、斥候のザーサイ兵を呼んだ。
「おい、敵の様子はどうか」
ザーサイ兵は答えた。
「はい、敵は焼き立て、あぶら乗りもよく、我が軍と戦力は五分であるかと思われます」
アバター将軍はぶつぶつ独り言を言った。
「今世の中はポリティカル・コレクトネスばやりで、とっくりセーターもタートルネックと言い換えられるのに、わしだけ麻婆、つまり、痘痕面の婆さん呼ばわりとは,解せん」
「だいたい、わしの事を辛い辛いと昔は言っていたのに、今はしびれないと本場ではないとか言って、日本人とは付和雷同なものだ」
「みんなカロリーが高いとか、あぶらっぽいとか、しょっぱいとか、文句ばかり言って、それが中華料理なの、あぶらとしょっぱさが我々の亜アイデンティティーなのだ」
赤い派手な外見に似合わず、アバター将軍はは内省的な性格であった。
「斥候兵、お前に出世のチャンスを与える」
ザーサイ兵ははっと気を付けした。と言っても、日本では細切りにされて供されるので、整列は長さ、方向ばらばらであった。
「今日の先頭について、何か作戦の提案は内か」
思わぬ命令を受けて、ザーサイ兵は固まった。無理もない、カメの中で塩と唐辛子まみれになって熟成され、世に出たものの、ザーサイ兵が一本立ちして戦闘に加わることはなかった。そんな彼が本日の戦闘の立案をする事は、その生い立ち、ザーサイとしての目的として無理であった。
「じ、自分は」と言ったまんま、ザーサイ兵は固まってしまった。
アバター将軍は深いため息を吐いた。
中華料理おかず最強の名をほしいままにしていた彼は、その強さが彼を孤高の英雄として孤立させていた。
あまりにもごはんとの相性が良いため、他の副食達を寄せ付けられないのだ。
だから麻婆豆腐軍の兵卒は漬物のザーサイ兵だけであった。
将軍と兵卒だけの軍団、なんといびつな構成であろう。
アバター将軍は水溶き片栗粉をふつふつさせながら言った、
「今日の作戦は、麻婆豆腐セット定食とする」
ザーサイ兵がぽかんとしている。将軍と自bんでいつもの定食ではないか。
「今日は、いつものような麻婆、ごはん、麻婆、ごはんといった猪突猛進型の戦闘ではない」
アバター将軍はさっと手を挙げた。
ニヒルな雰囲気を漂わせて、ひとりのおかずが現れた。
「あ、あなたは」
「傭兵、鶏のから揚げさんだ」
アバター将軍が紹介した。
「これで麻婆、ごはんの繰り返しの猪武者とは呼ばせない」
アバター将軍は勝利を確信し、ぷくぷくと沸騰した。
「やあ、やあ、音にこそ聞け、近くばよって目に見よ、我こそは和食の王者焼きサバ定食、フィレー大将である」
フィレー大将は古式ゆかしく名乗りを上げていた。
「ザーサイ兵、あれは何を言っているのか」
アバター将軍が訪ねた。
「さあ、何か自分の出自を語っているようですが」
ザーサイ兵が当たり前に答えた。
塩サバ軍はそれに気づかず、延々と名乗りを続けている。
フィレー将軍はぜえぜえと息切れしていた。
「そうだ、あいつの出生の秘密をばらしてやる」
フィレー大将は大声で叫んだ。
「お前は本当は○美屋の麻婆豆腐の元でできた、日式中華だろう」
頭に来たのはアバター将軍である。
「貴様こそ、ノルウエー産のくせに」
「何を」
この出自のばらし合いから、両軍合わせて二十万の激突が始まった。
双方ともに一歩も譲らず、勝負は膠着状態となった。
「今こそその時」とばかりにフィレー大将は大根おろし参謀に命令した。
「レモン騎兵隊を突っ込ませろ」
伝令は腹減り山の山頂に陣取っているレモン騎兵隊隊長、サンキスト・イエローにすぐさま伝えられた。
だが、彼は直には出撃しなかった。
「わし等は傭兵、強いほうに雇われたいのだ」
腹減り山からの眺めは両軍双方の動きをよく観察することが出来た。
「もうちょっと様子を見て、形成が有利な法につくか」
サンキスト・イエローはカリフォルニア出身の為、義理人情の観念がなかった。
さて、フィレー大将は、レモン騎兵隊の突撃をまだかまだかとじりじりとしながら待っていた。
アバター将軍は、ザーサイ兵達を率いて奮戦していた。
「助っ人はどうした、傭兵の鶏のから揚げは」
傭兵鶏のから揚げ、いただいた分の仕事はしますよとばかりに雑魚の大根おろし参謀ばかりをやっつけていた。
「ええい、最前線に出んかい」
傭兵鶏のから揚げはしぶしぶ最前線に出た。
それを見たサンキストイエローは叫んだ。
「 あれは、傭兵鶏のから揚げ、今わしらがあいつを助けないと、レモン騎兵隊の名折れだ」
そう、鶏のから揚げとレモンは一心同体であった。
レモン騎兵隊は塩サバ軍を裏切り、鶏のから揚げと共闘する事になった
「うぬぬ」歯ぎしりをして悔しがるフィレ大将。
形成は麻婆豆腐軍が有利になると思われたその瞬間、
「おお、昼だ、昼飯いくべ」
「どこ行く」
「サクッと牛丼にするべ」
途端に空腹が原に牛丼軍団が表れて、潮サバ軍と麻婆豆腐軍を駆逐していった。
了