幕末陶酔伝 ~~迫る危機と優雅な休日~~
~~江戸時代・幕末~~
ペリー率いる黒船が、日本へとやってきた。
「ヘイ、ジャップ!俺達と不平等条約を結んでおくれよ!!」
「うぐぐ……もはやこれまでか!」
メリケン特有のワンマンな態度と、日本を上回る超絶な技術力。
これらを前にしては、流石の徳川幕府も敵わない……と江戸の町民達が諦めかけていた、まさにそのときであった。
「フフフッ……せっかちに物事を決めては、“れでぃ”に嫌われてしまいますよ、ぺりる様」
突如現れた謎の人物。
部下達が銃を構えたり、江戸の入れ墨ヤクザ達に最新鋭の武器を横流しして金儲けをしている最中、彼らを率いるペリーが憤怒の形相とともに相手へと問いかける――!!
「ッ!?貴様、一体何奴ッ!?」
そんな大の大人が怯みそうなペリーの恫喝を受けてもなお、そのうら若く美しき女性は怯むことなく凛とした声で淀みなく返答する。
「冷奴、ってね。……私は、橘 詩織と申します。以後、お見知りおきを……」
名家のご息女なのか、橘 詩織は上質な着物と気品のある雰囲気を纏っていた。
詩織の登場を前に、江戸の町民達が一斉に沸き立つ。
「やったー!!名家の橘さんがきたッ!!これで勝てる!」
「うむ!日本はこれからも安泰ぜよ!」
「ヒェ~~~ッ!!ありがたや、ありがたや……!!」
勝利を確信した町民達とは裏腹に、ペリーは渋面を隠そうともしないまま、詩織を睨みつける。
「何~、名家のタチバナさんだと~~~?どれほどのものか知らないが、こんな未開の極東の地なぞに、マトモなレディがいるはずなんかないだろッ!!オレ様を馬鹿にするんじゃないッ!!」
激昂するペリーを前にした詩織だったが、余裕の態度は変わることなく、それどころかフフフッ……と笑みすら浮かべている。
「ぺりる様。私は実家の商いによって、御禁制くおりてぃ最前線な南蛮渡来の文化、というモノにも精通しております。……ゆえに、一人前のれでぃとして、先進国にも負けない“優雅な休日”のまなーも嗜んでおりますので、どうかお覚悟を……!!」
「ッ!?クッ、上等だ!!その代わり、『優雅な休日』からは程遠い、ジパングらしい野蛮な真似をしたら、その時点でオレ様達と不平等条約を結べよ!コラッ♡」
こうして、日本の命運を賭けた詩織とペリーの死闘の幕が開いたのであった――。
サングラスを装備し、可憐なドレスに着替えた詩織は、黒船の前に用意した椅子に腰かけ、机やパラソルといったインテリアを配備しながら優雅に紅茶を嗜み始める。
ここまでは、先進国レディとして何の問題もない行為だったが、逆に言えばそれだけだとペリーは判断する。
(この程度なら、ちょいとばかし上流階級にあこがれるブリティッシュ町民娘ですら出来る事だぜ~~~!!これで終わりなら、日本のレベルもこの程度だととにかくバツをつけまくってやるッ!!)
だが、ペリーの目論見もそこまでだった。
すぐさまに、ペリーの部下達が騒ぎ始めていく……。
「どうした、お前達!?何か異常があるなら、すぐさまオレ様に報告しやがれッ!!」
そんなペリーの叱責に怯みながらも、すぐさま部下達が興奮気味に返答する――!!
「死を覚悟で申し上げます!!ペリー提督、名家のタチバナサンは、自身が飲もうとしている紅茶の中にバヨネットナイフを入れています!!これが日本式のワビサビという奴なのでしょうか!?」
「これがジパング式の、“チャノユ”って奴なのか!?……ティーカップから覗くナイフの柄がひたすらにクール過ぎるぜぇ~~~ッ!!」
見れば、確かに詩織のティーカップには生け花のように、調和された美のもと、バヨネットナイフが綺麗に生けられていた。
単なる欧米の猿真似を超越した、詩織によって生み出される完全なる美のハーモニー。
名家として脈々と受け継がれてきた、洗練された創意工夫を前に、ペリー達はただひたすらに圧倒されていた。
「う、うぐぅっ!?……だが、まだだッ!!」
詩織から放たれる圧倒的なわびさびの精神を前にしてもなお、諦めることなきペリー提督。
まだだ、この程度では終わらない――!!
そんな意識とともに、自身の身体を必死に奮い立たせる。
――だが、この程度で終わらないのは、詩織も同じだった。
詩織は紅茶を飲む傍らで、片手であるものを掴み取る――!!
「きゃあ~~~!!名家の橘さんが、おかさねべヰく(※サンドウィッチの意)とこっぺぱんを、あむあむと召し上がっていらっしゃるわ~~~!!意外と食いしん坊で、素敵!」
「お高くとまった感じがしなくて、ほっこりする反面、普段の凛としたのとは違う感じで、心くすぐられ侍!ニンニン♪」
「お主、侍なのか忍びなのか、はっきりするでござるよ!!」
そんな指摘を受けて、ドッと沸き立つ町民達。
そんな姿を見ながら、ペリーは静かに戦慄する。
「優れた美意識と、それだけでは終わらぬ圧倒的な人心を掌握するための技術……しかも、それが幕臣でも何でもない小娘が身に着けているというのか!?ジパング、恐るべしッ!!」
「て、提督……!?」
「何をやっている!?貴様等、さっさと本国に戻って、この危機を一刻も早く報告するぞッ!!」
『アイアイサー!!』
――こうして、詩織の脅威を目の当たりにしたペリー達黒船艦隊は、条約を結ぶ間もなくアメリカ本国へと帰還していった。
その光景を目の当たりにしながら、江戸の町民達が歓喜とともに、詩織を褒めたたえていた。
「やった~~~!!橘さんの可憐さと、詫び数奇で黒船を追い払ったぞ~~!!今日は、酩酊の過ちを犯すくらいに、酒飲んでとにかく祝杯でぃ!!」
「こらー!!いくら嬉しいからって、さっそくふんどし一丁になってんじゃないよ!まったく……」
「みんなー!!南蛮渡来のお菓子も良いけど、うちんとこで作っている焦がし醤油せんべいも、よろしくな♡」
そんな不安を払拭しきった皆の様子をみながら、詩織は気品の中に年相応の少女らしい笑みを浮かべながら慈しみに満ちた視線を向けていた――。
――江戸城・城内
去り行く黒船と、城下町の光景を目にしながら、江戸城一の知恵者である幕臣:小栗 上野介は一人で碁石を打っていた。
上野介は碁石を打ちながら、一人かつての光景に想いを馳せる――。
(貴殿の娘は、貴殿に似て実に聡明になられたぞ……清源殿!!)
思い起こされるは、かつて若かりし頃の上野介がひと夏にであったある男の存在だった。
今回の彼の娘の活躍を耳にしながら、上野介は一人呟く。
「今回は私の読み通り、何とか上手く行ったようだが……来たるメリケン、いや、欧米列強の脅威からこの国を守り抜けるか、詩織殿……!!」
一難去ってまた一難。
今、この国に幕末の風が吹き荒れようとしていた――。