シガレットキス
__シガーキス(シガレットキス)
口に煙草を咥えたまま火のついていない煙草をついている煙草にくっつけて息を吸い込むことで火をつける行為のことを指す。元ネタは言わずと知れたBLACKLAGOONのあの名シーン。
高2になってみんなが青春真っ只中の頃、僕は学校の屋上で昼寝をしていた。20歳になった今でも屋上の居心地の良さが忘れられない。当時、屋上は解放されていなかったけど、たまたま屋上のカギが壊れているのを発見してから来るようになった。もちろん毎日昼寝していたわけではない。嫌いな先生の授業のときや自習時間の時などに来ては寝っ転がって雲を見たり、グラウンドで体育の授業をしてる子たちを見たり、とりあえずなんだかんだで楽しみながら暇をつぶしていた。
休み時間は教室で過ごしていたからクラスのみんなからは「あいつって授業中によくどっか行くよなあ」って感じの認識だった。思春期特有の自己中心的な生活を送っていた僕たちにとって他人のことはそこまで気にならないのも都合がよかった。みんなが自分のことしか考えていない、自分のことでいっぱいいっぱいの時期だった。
煙草を始めてすったのは高2の秋だった。いかにも秋らしい高い空だった日だと覚えている。リビングの机にぽんと置いてあったメビウスのパッケージがいかにも煙草って感じで、なんとなく興味を抱いた。いつもの刺激がない毎日にピリッと小さく電流が流れた気がした。そうこうしているうちに家を出る時間となり僕は僕の初めての煙草である兄貴のメビウスを制服のズボンに忍び込ませた。登校中、煙草を入れたポケットが重く感じられて久しぶりに胸が高鳴った。
煙草を吸う罪悪感とか背徳感とかは感じなかった。ただ、あまりにも煙草に関して無知で息を吸わないと火がつかないこともこんなに苦いことも、いつの日か匂いで誰かを思い出してしまうなんて思いもしなかった。
「息吸ってみ」
少し低めの女の人の声がした。口にくわえた煙草に火がつかず、苦戦していた僕は近づいてくる人影に気づいていなかった。
僕は煙草を口にくわえたまま声のした方に顔を向けた。校則違反の茶髪に校則違反のピアスをつけたセーラー服姿の女の人が太陽の光をバックに立っていた。どうやらうちの学校の生徒らしい。えんじ色の特徴的な形のリボンが秋の温かい風に吹かれている。
「息、吸ってみ?」
彼女は自分の口元を指して首をこてんと傾げながらもう一度同じことを言った。僕は自分が煙草をくわえていることにふと気が付いてライターの火をまたともして息を吸った。
「ど?」
彼女は煙草をふかしている僕の隣に腰を落とした。
「思ったより吸いやすいでしょ、メビウスワン」
「、、、味あんましない、、です」
「初心者に向いてる煙草だよね~」
そういうと彼女は自分のぽっけからウィンストンと書かれたパッケージの煙草を取り出して、手慣れた手つきで吸い始めた。流れるような動きで煙草を吸う彼女に少し驚いている僕を見て彼女はくすくすと楽しそうに笑った。僕は煙草のことなんてなんも知らなかったけど、煙草に火をつける仕草とか煙草をふかしている横顔とかを見ると彼女はヘビースモーカーなんだろうなと感じた。
彼女は決まって金曜日の6時間目から放課後くらいに屋上に来た。二人で並んで座って話したり、一緒に煙草を吸ったり、寝っ転がったりして過ごしていた。彼女の顔は同学年で見たことないから、違う学年なんだろうというのは気が付いていたが、彼女が先輩なのか後輩なのか聞くタイミングもなかったし聞くほどのものでもないかと思ってスルーしていた。名前も学年と同じく聞いていなかったが、彼女の上履きには[山城]と書かれていたから僕は勝手に「山城さん」と呼んでいた。彼女は僕の上履きに書かれている名前に気づいていながら「君」と呼んでいた。僕たちはお互い吸っている煙草の銘柄くらいしか知っている情報がなかった。お互いこのくらいの関係が一番楽だとわかっていた。
彼女の吸っているウィンストンは20代から30代の男の人がよく吸っている銘柄で有名のものだった。
なぜ渋いのを吸ってるのかと聞くと
「好きな人とおんなじ匂いになりたいじゃん?」
といって彼女はまたくすくす笑うのだった。
僕はその時初めて彼女は恋をしているのだと知った。
「結末はない恋だけどねえ」
困ったように眉を寄せて笑う彼女を心底愛おしいと思った。
下の名前も学年も知らない彼女の恋でこんなにも心が揺さぶられるなんて思いもしなかった。
「山内先生、煙草、ウィンストンだったりします?」
物理実験準備室に入るとふわりとバニラのにおいがした。
「あ、ごめん煙草くさい?」
先生は授業で使った教材を僕から受け取ると適当なところにおいて窓を開けた。ガンガンつけられた暖房の空気を切り裂くような冬の冷たい空気が一気に入ってきた。
童顔で気さくな感じの山内先生が煙草を吸っていることも衝撃だったが、この甘いバニラの匂いはいつも彼女から漂ってくる匂いであることが僕の心をえぐった。
「山城さんわかりますか?」
「、、玲ちゃん?三年のだよね」
彼の顔は笑っていた。いつもみたいに柔らかく優しい先生っていう顔だった。
でも、彼の眼は僕が彼女のことをどうして知っているのか疑っているように感じられた。
「山城さんがどうかした?」
困ったような笑いをしながら先生は目にかかる髪をかき上げた。
銀色の結婚指輪がきらりと光った。
「好きな人、山内先生ってばれちゃったか~」
彼女は楽しそうにくすくす笑った。
「煙草の匂い、一緒だったから、、です」
「なになに急に敬語とか~」
「三年ですよね、三年生の山城玲さん」
僕はじっと彼女の顔を見る。彼女も僕にまっすぐの目線を向ける。
「、、そうだよ、君はどうやら私に興味深々みたいだね」
彼女はふふ~んと意地悪そうに笑った。僕はまあ興味はありますみたいなことを口の中でごもごもいいながら煙草に火をつけた。
「いっつも金曜日にここにきてたのは先生と放課後会うまでの間の暇つぶし。私が結末がない恋って言ったのは、もう先生が結婚してるからだよ。私、不倫相手」
カラッとした口調で、すごいことを告白された僕は思わずうろたえる。
「不倫って、そんな、、、」
「好きになっちゃったんだもん」
いつも明るい彼女とは思えないぶっきらぼうな言い方だった。
僕たちの間に無言の空気が流れる。
「まあもう卒業で関係も途切れるし、、もう関係、断たなきゃね」
そういって彼女は眉を寄せて笑った。
「煙草、一本頂戴」
伏し目がちにした彼女の目はいつもより大人っぽく見えた。
メビウスワンを一本あげた。先輩の胸ポケットにはいつものウィンストンが入っているのが見える。ウィンストン吸ったらまた山内先生思い出しちゃうからかなあと勝手に想像する。
「ライターは?」
煙草をくわえたままライターを出そうとしないで僕を見つめる彼女になぜだか緊張して早口で聞いた。そんな様子をみた彼女は眉を寄せて笑って、ライターを出そうとする僕の手を制した。
「息吸ってみ」
僕は言われたとおりに息を吸う。煙草の先が赤くなって火が強くなったのが見てわかる。
彼女の顔が近づいて僕の煙草の先と彼女の煙草の先がくっつく。顔合わせられなくて思わず目を伏せる。
彼女の煙草から煙が出てきて僕から離れていく。
僕は終わった後に気が付いた。
あ、これってシガーキスだ。
あれから三年がたちりっぱなヘビースモーカーになった俺はバニラの匂いがする人がいるとなんとなく彼女のことを思い出す。
彼女のことで知っているのは、山城玲という名前と学年が一個上で先生と不倫をしていたぐらい。
俺らは純粋なくらい何もなく彼女は卒業していった。ただ残していったものは多く、彼女の明るさに惚れた俺の恋心とバニラの匂いと初恋はかなわないというジンクス。そして、彼女の謎のこだわり。
「私、シガーキスよりもシガレットキスって名前のほうがいいと思う。なんか、かわいくない?」
そういってくすくす楽しそうに笑う君が好きだった。いつか彼女との物語の題名をシガレットキスにしようと決めた。
最後に。
俺の短い青春をすべて彼女に捧げられて本望だと思ってる。
さようなら、初恋の君。僕は今でもメビウス信者だよ。
初めまして、ぴちと申します。今回初めて物語を描いたのですが、自分の語彙力のなさにうわあ~~ってなって作家さんの偉大さに脱帽しました、、、
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こういうショートショートの物語が好きなので、いつか自分の物語を漫画にしたいと思っています。
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いいところや悪いところなどありましたらなんでも大丈夫ですので、コメントいただけたら幸いです!
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ここまで読んでいただきありがとうございました!!