【第三の選択肢の世界線】手紙
【第三の選択肢の世界線】Hope your happiness.
の悠希の話です
ふとカレンダーを見て気がついた。そうか、あれからもう一年も経つんだ。
◆
去年の冬、至急実家に帰ってくるようにと姉から連絡があって、何が起きたのかと急いで帰ったら待っていたのは甥っ子と同じくらいの小さな女の子。その懐かしい面影に、息を呑んだ。
優しい桃色のふわっとした髪に綺麗な石の玉飾り、少し濃い肌の色に榛色の垂れ目がちな瞳。服装は、現代日本では無い違った文化圏を感じるファンタジーなもので、腕には複雑な彫り込みを施された見覚えのある雰囲気の腕輪。
この装飾や服の模様は、あの世界のものではないだろうか。髪と瞳の色も、似ている、気がする。
何せ十五年も前のことだからぼんやりと曖昧な部分も多い。それでも、あのテオバルト兄弟と、途中一緒に旅したスピカはしっかりと記憶に刻まれている。その三人と、似ている女の子。
姉曰く、遥翔と公園で遊んでいたときに彼女は突然現れたらしい。本当に瞬きの間に目の前に現れた状況や服装を見て、ひとまず私を呼ぶことにしたと。
何ができるというわけではないけど、確かに、彼女の世界を私は知っているかもしれない。
逸る鼓動をねじ伏せ、遥翔の後ろに隠れるように立つ彼女に視線を合わせてしゃがむ。
「はじめまして、私は藤本悠希です」
「……ゆうき……?」
「うん。
貴女のお名前は、なあに?」
「……ミラ」
私の名前を告げたとき、少しひっかかるような、怪訝そうな表情をした気がした。もし、もしこの子が彼らの血縁なら、何か旅のことを聞いているのだろうか。共通の話題になるもの──そうだ、これはどうだろう。
私が首から下げた小さな袋から取り出したものを見て、ミラは目を丸くした。
「! それ……」
「知ってる? 守り石」
「うん、わたしももってる」
彼女も同じように、胸元からビー玉ぐらいの小さな石を取り出した。炎のように真っ赤な石だ。ああ、この色は、
「……スピカ」
あのとき無くなってしまった、私のもらったスピカの瞳色の守り石とそっくりだ。
「かあさまをしってるの?」
驚いた表情もどこか覚えがあって懐かしい。そうか、スピカの子なんだ。胸の内から色々なものがこみ上げ、どう言葉にしたらいいかわからなくて頷くしかできなかった。こうして、また、あの世界と繋がることができるなんて。
◇
と、そんな感傷に浸っている場合ではない。目下の問題は、ミラがどうしてこちらの世界に来たのか、どうしたら戻ることができるのか、ということだ。
薬草摘みをしている最中に気がついたらこちらに居た、ということだけど、なんの前兆もなかったらしい。何の手がかりもないし、一体どうしたものかと思っていたのだけど。
ミラが最初に現れた公園が、何故かどうしても気になった。よくわからないけれど、ここにはなにかある、という確信めいた予感。あの世界で使えた魔法の類はもちろん無くなっているわけだけど、近しい何かの気配を感じる気がした。不思議だけど、然るべきときに、何かが起きる。そう感じた。
そんな曖昧な勘でしかなかったけれど、他にわかることもないから、できる限りあの公園に行ってみるということになった。
しばらくぶりに実家に滞在して、私もなるべくミラと居られるようにした。歳相応といった感じで、ミラはとても活発でおしゃべりが好きだった。
ねだられて、私は昔の旅の話を、かわりにミラはあの世界のあれからの話をしてくれた。
両親や他の人からも『神の御使い』や旅の話を聞いたことがあるみたいで、ミラは結構色々なことを知っていた。物語の登場人物を見るような感覚なのか、キラキラした目で見られるのがこそばゆい。
族長を継いだバルトルトのところに、スピカは成人してすぐに押しかけて来たらしい。結構歳の差があるかと思ったけど、たぶんテオドールたちの両親とあまり変わらないかも。成長したらそこまで違和感はないね。
レオンハルトとアルフレートは星祭りのときに来て、珍しいお土産を持ってきてくれるらしい。アルフレートの自作のときもあるとか。あの便利な魔導具みたいなやつかな。
テオドールは旅をしていることが多く数えるくらいしか会った記憶がないけれど、旅した場所の話を聞かせてもらうのを楽しみにしているらしい。
テオドールとレオンハルトが「おじさま」と呼ばれているのに笑ってしまった。そうだね、だってお父さんと同年代だもんね。アルフレートだけ「にいさま」なのは、いつでも見た目が変わらないかららしい。確かにアルフレートは年齢不詳そうなところがある。
懐かしいあの世界の皆、それぞれ元気そうな話が聞けて嬉しい。十五年、私も向こうも沢山のことが変わっただろう。それだけの月日が経った。
◇
来たときも突然だったけれど、帰るときもまた突然だった。
たまには時間帯を変えてみようと公園に行ってみた夜、目の前に大きな光の扉が突然現れた。もちろんそんなものは今までなかったから、皆で頬をつねりあってしまったくらいだ。
扉の模様は、あの世界の神殿のものに似ているだろうか。きっと帰るときが来たんだ。自然とそう思った。
ミラが扉をそっと押すと、音もなく開け放たれた中は光の渦だった。とても綺麗だ。
皆でハグをしてお別れをすると、ミラが何か伝えることはあるか、と聞いてくれた。
少し迷って、ミラの身につけていたリボンの端に、記憶をかき集めて向こうの文字でこう書いた。
『幸せを』
書かれた文字を読んで、ミラは笑って頷いてくれた。
光の扉はミラを吸い込んだあと、まるでそこには初めから何もなかったように、跡形もなく消えてしまった。
◆
ミラがこちらにいたのは一ヶ月くらいだったろうか。ちゃんと無事に帰れていたらいいのだけど、やっぱりその後を知る術は私にはない。
あの世界での冒険は、夢みたいだった。でも、私は確かに居たと、皆の幸せをここからずっと願っていると、伝えたかった。手紙というには程遠い、たったの一言だけど。皆に、テオドールに、届いていたら嬉しい。