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07 硬竜の暴走

「うん、最初にしては上出来よ。やってみてわかったと思うけど、ああいう無生物みたいなのは武器を失っても全く怯まないから気をつけてね」

「おう……。なんていうか、意外とあっさりだな」

「大体そんなものよ。負ける時だってあっさり負けるもの」


 エリナと話しながら、自分の手を見て目を見開く。


柳洞龍画/Lv2 メス

種族:ドラゴンメイド 状態:眷属化

職業:サクリファイス、シールダー

能力:龍眼/Lv1→Lv2、咆撃/Lv1、眷属/Lv5


 名前の横のレベルは上がっていない。だが、龍眼のレベルが1から2になっていた。それによる影響か、性別の項目が追加され、職業の欄が二つに増えている。……表記が「メス」なのが嫌だが。

 そもそもこのレベルの数値はどういう基準と法則で成り立っているのだろうか。


「なあエリナ、レベルってどれぐらいが平均なんだ?」

「……レベルって何?」


 ……あまり知られていない概念なのかもしれない。そもそも、俺の目がなんとなく強さを数値として認識しているだけという可能性もある。最初に見た時の俺をLv1として、相手は何倍の強さか、みたいな。


 エリナが竜を見下ろし、矢を構えた。

 自身の竜牙兵が全滅したというのに、竜は伏せて休んだまま、目も開けていない。


「それじゃあ、試しにどれほどのものか、一発ぶち込んでみましょうか」


 言葉とともに、矢が風を纏い始めた。左手で存在しない弓を構えながら、彼女は呪文をむ。


「《天に満ちる無形の王、混沌荒ぶ牢獄に、猛り狂う魂を封じよ――嵐帝の鎧》」


 突風が渦を巻き、周囲の空気が矢の元へと引き寄せられた。

 はためく銀髪を気にも留めず、ただ竜を見据えたまま、彼女は指を離す。

 竜巻を纏い、音速を超えて飛翔した矢が竜の鱗へと突き刺さった。


 ……ように見えた。


「む、無傷……?」

「癇に障るわね……起きもしないなんて」


 風に周囲の砂が散った後こそあるが、竜の姿は矢が放たれる前と何も変わっていない。


 よし、とエリナはつぶやき、俺の方へ手招きする。


「じゃあ、来る前に言っておいたとおりに。ちょっと痛いけど、我慢してね」

「あれぐらい大丈夫だって、子供じゃあるまいし……」


 だから頭を撫でないでほしい。


 エリナは俺の頭を抱きながら、首筋へと牙を立てる。……腕から吸うのではいかんのだろうか。


「あむ」

「ぅ」


 一瞬の痛み。それから、何かが抜け落ちていく感覚と、空いた場所に何かが流れ込んでくる感覚。


「ん、ぅ……」


 背筋がぞくぞくと震える。どこからか漏れた甘い声が、自分のものだと気づいて顔が熱くなる。

 身体の内側を優しく撫でられるような感覚は数秒続き、昨日のように意識が溶け出す間際、牙が首から離された。


「っ、はぁ……ごめんね、美味しくって。家にいた時も、可愛いメイドからはつい吸い過ぎちゃって……」

「ふぁい……」


 何を言うか纏まらないままとりあえず反論をしようとするが、口が回らない。


 ふらつく俺を片手で抱きながら、彼女は矢をとり竜へと向ける。

 目を閉じてすぅっと息を吸い、開いた。碧色だった彼女の双眸が赤く染まり、瞳孔が縦に割れている。邪龍の瞳そのものだが、それよりは吸血鬼という形容こそがふさわしい。


 半目になりかける目を見開いて、エリナを注視した。


エルディアナ・アストレイ/Lv47→101 女性

種族:ダンピール 状態:血脈覚醒

職業:ゲイル・シューター、バトルメイジ

能力:吸血/Lv1→Lv3、血液感知/Lv1、血液操作/Lv0→Lv1、射撃/Lv3、魔術/Lv3、風魔法/Lv3


 レベルの部分が上昇し、能力も強化されていた。単純比例なら、元の二倍以上強いということになる。彼女がおれの血を欲しがるのも頷ける。


「《天に満ちる無形の王、混沌荒ぶ牢獄に、猛り狂う魂を封じよ――嵐帝の鎧》」


 先程と同じ呪文。だが、発動された魔法は別物に変わっていた。

 矢が纏う竜巻はその先端を穿孔機ドリルのように尖らせ、魔力を凝縮させている。まるで、「貫く」という意思が形をとっているかのようだった。


「喰らえ」


 静かな呟きとともに、矢が飛翔する。

 龍眼でも追うのがギリギリの、凄まじい速度。時間にすれば一秒を百に分けてもまだ長いほどの一瞬で、矢は今度こそ竜の鱗へ突き刺さり、爆ぜてその身体を吹き飛ばした。

 鮮やかに血を散らしながら一転、二転、三転。三度の地響きが俺たちを揺らす。


「……や、やりすぎでは?」

「ちょ、ちょっと魔力を込めすぎたかもしれないわね。まさかこんなに効果があるとは……。でも、これで確実にこの森から逃げていくはず……」


 竜がよろよろと立ち上がり、こちらに顔を向けた。エリナを見ながら、ジリジリと後ずさっていく。

 彼女が矢を手に取り、先端を向ける。それを見た竜はビクリと震え、慌てて背中を向けてどたどたと走り去っていく。

 ちらちらとこちらを振り返ってはいるが、こちらに向かってくることはないだろう。


 そう思って俺がほっと息をついた瞬間――竜と、目があった。


「ん……?」

「あの竜、どうしたのかしら。急に止まって――」


 逃げていた竜はこちらへと向き直り、奇妙な叫び声を上げながら走り寄ってきた。


「ギュリィイイイイイ!」

「なっ……嘘でしょ、好戦的な竜じゃないって聞いてたのに!」


 エリナが俺を抱え、枝を蹴って隣の木へと飛び移った。

 竜は周囲の木をなぎ倒し、一直線に俺たちへと向かってくる。


「《風の鏃》!」


 数本の矢を同時に投げ放つ。俺の血を飲んで強化されたエリナの矢が竜の傷跡に突き立った。

 だが、竜は痛みに呻きつつも、足を止めようとしない。


 燃えるように爛々と輝くその目を見て、俺はあることに思い至る。


「……まさか……!」


 ――奴は、邪龍に復讐しようとしているのではないだろうか。

 たった今自身を転がしたエリナではなく、鱗が削り飛ばされるほどの傷を与えてきた邪龍。その血を飲んだ俺に、怒りを覚えているのかもしれない。


「……!」

「ちょっ……リュード!?」


 エリナの手を振りほどき、地面へと着地する。予想通り、竜はエリナには一瞥もくれず、ただ俺の方へと突っ込んできた。


「ギュリィイイイイイ!」


 壊れた弦楽器のような声を上げ、駆ける竜に俺は盾を構える。速度はそう速くない。この龍の腕なら、タイミングさえ合わせれば一撃なら受けられるはず――!


 覚悟を決める。竜は、俺の直前で大口を開け――そのまま立ち止まって、ベロンと俺の顔を舐めた。


 …………。


「へ?」

「ギュリィイイイイ……」


 竜が近づいてくる。何かを乞うような声。爛々と輝く、燃えるような、濡れるような瞳。背中に走るぞわりとした怖気を感じて、俺は目を見開いた。


硬竜/Lv98 オス

種族:レッサードラゴン・ハード 状態:発情(・・)

職業:ガードナー、レイジィボーン

能力:硬皮/Lv4、自己再生/Lv2


 ……発、情?

 表示された情報を上から見ていく。こいつはオスで、ドラゴン。そして発情している。

 当然、発情の相手はメスのドラゴンだろう。


 だが、近くにメスのドラゴンなんていない。こいつが見ているのは俺だけだ。つまり――


「ギュリィイ」

「ひぃっ……!」


 気をとられた俺の身体を、竜が地面へと抑えつけた。俺を潰さないように加減した優しい手付きだ。それが逆に恐ろしい。


「や、やめ……」

「ギュル――」

「……に、猛り狂う魂を封じよ――嵐帝の鎧》!」


 瞬間、竜が吹っ飛んだ。


 木から飛び降りたエリナが俺を横抱きに抱え、走り出す。


「リュード、勝手なことしないで!」

「ご、ごめんなさいぃ……」

「とにかく逃げるわよ、なんとかしてあいつを撒かないと!」


 エリナの袖を掴みながら、俺は追ってくる竜を恐々と見つめていた。

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