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03 吸血の少女

「いやその、気のせいじゃないですか? パッと見どこにも血なんてついてないし、そもそもついてたとしても別に人間の血とは限らないですし言いがかりっていうか――」

「随分饒舌ね。さっきまでとは大違い」

「そ、そりゃまあ今結構やばい状況ですし? 口が回るのも当然ですよ、うん」

「それと、血がついてないなんて嘘をついても無駄よ。一応洗いはしたんだろうけど、私にははっきりわかる。最低でも成人男性三人の血液がべっとり」

「っ……!?」


 思わず反応してしまう。確かに、シャツ、ズボン、ローブはそれぞれ違う男性から貰ってきたものだ。もしかすると今の俺みたいに相手のことがわかる能力を持っているのかもしれない。


 目に力を入れ、少女を注視する。


エルディアナ・アストレイ/Lv47

種族:ダンピール 状態:---

職業:ゲイル・シューター

能力:吸血(・・)/Lv1、血液感知(・・・・)/Lv1、射撃/Lv3、魔術/Lv3、風魔法/Lv3


 ……吸血鬼、だろうか。

 何故血液感知なんていうピンポイントな能力を持った人に出くわすのかと嘆きたくなるが、今はそれどころではない。


「その、本当に違うんですよ、ドラゴンに襲われた時に服を破かれて、仕方なく周りの死体から貰ってきただけで……」

「ああ、そういえば邪竜が出たみたいな話があったわね。けど、それならなんで顔を隠しているの?」

「それは……」


 角とか生えてるからなのだが、言っても大丈夫なのだろうか。けど、この子も吸血鬼っぽい感じだし……。

 押し黙っていると、少女、エルディアナが口を開く。


「何か(やま)しいことでも――」

「あ、そっちは吸血鬼なのに牙とかないんですね」


 そう言った瞬間、顔の横にナイフが振り落とされた。一瞬遅れて頬に痛みが走り、血が垂れる。

 血の気が引く俺を、エルディアナは険しい表情でにらみつける。


「――どこで知ったの」

「え、いや、見ればわかるといいますか」

「隠蔽の魔道具をつけてるのよ、見ただけじゃ絶対にわかるわけない」

「えーと……」


 そんなこと言われてもわかっちゃったんだから仕方ない。言わなきゃよかった。


「答えなさい。下手なことを言えば、このままナイフを横に引く」


 顔の横でナイフの刃が揺れる。怖すぎる。

 というか、下手なことというのがまずわからない。昨日みたいに適当なギャグを言うのはダメってことはわかるのだが。

 素直に顔を見せて、龍の目を持っていることを言えばいいのだろうか。いや、彼女の反応からして、人間でないことがバレるのはかなりまずい気もする。


 ……これはもう、逃げた方がいいかもしれない。


「わかりました。……少し長い話になるので、心して聞いてください」

「構わないわ、早く答えて」

「では――」


 一拍置くように、すぅっと息を吸う。そして、エルディアナの少し横を向き――吐く息の代わりに、火を噴いた。


 意識して火を噴くのは初めて、というか火を噴くこと自体二回目なのだが、なんとか成功した。小さな焚き火程度の炎が、彼女のすぐそばを通り抜ける。


「炎魔法……!?」


 エルディアナが飛び退いた。その隙を突いて、町の方へと駆け出す。彼女は慌てて追いかけてくるが、幸いそこまで足は速くなかった。俺の脚がドラゴンになって、脚力が増しているというのもあるのかもしれない。


「ッ、待ちなさい!」


 彼女の能力に「射撃/Lv3」とあったが、矢だけで弓を持っていない。これなら逃げ切れる――そう思った瞬間、足に衝撃を受けた。

 走りながら足元を見ると、ズボンに矢が刺さっていた。


「なっ……」


 幸い、鱗で弾かれたのか、ズボンに刺さっただけで怪我はない。


 思わず振り返ると、ダーツを投げるようにして矢を持って振りかぶるエルディアナの姿があった。


「《風の鏃》」


 彼女の呟きと同時に、矢に緑の燐光が宿った。矢柄を中心に風が逆巻く。

 投じられた矢は凄まじいスピードで飛翔する。咄嗟に手で防ぐことに成功したが、衝撃でビリビリと腕が震える。見れば、矢が金属でできた手甲をいとも容易く貫通していた。


 そんな矢を受けても傷一つつかない俺の鱗も凄まじいが、それに感嘆する暇もなく、エルディアナは次の矢を構える。


 指の間に矢が挟まれ、両手にそれぞれ三本。合計六本の矢が、俺に向かって投じられた。

 矢はカーブボールのように軌道を変えて迫る。右肩に一、脚に三、脇腹に二――


「あっ、ぶなぁ!」


 ギリギリで回避する。いや、脚に一本命中するが、やはり鱗が防ぎ、無傷だ。「龍眼」がなければ矢を見切ることはできなかっただろう。地味な効果とか思ってすまんかった。

 しかし、見えてもそれに体がついてこない。今無傷だったのはただの幸運だ。急所は外してくれているようだが、それで安心できるわけもない。


 俺は踵を返す。このまま逃げても、背中から撃ち抜かれる。ならば、素直に顔を見せて説明すべきだ――と思ったのだが、エルディアナは何を考えたのか、「へえ」と呟きながら笑う。


「向かってくるなら、容赦はしないわ」

「いや、そうじゃなくて」


 なんとなくわかっていたが、この子話を聞いてくれない。


 彼女は右手に一本の矢を指に挟み、そのまま手を握り込む。

 存在しない弓を引き絞るように構えながら、エルディアナは周囲に風を巻き起こし、呪文をんだ。


「《そらに満ちる無形の王、混沌(すさ)ぶ牢獄に、猛り狂う魂を封じよ――嵐帝の鎧》」


 緑の輝きと同時に矢の周囲に突風が渦巻いた。彼女の手の先にあるのはもはや風でも矢でもない。横倒しになった竜巻だ。


「あの、だからですね! 俺は別に秘密を知ってるとか戦おうとかじゃなくて――」

「――――――」

「風がうるさくて聞こえねえ!」


 この分だと相手にも俺の声は聞こえていないだろう。


「ああもう……!」


 なんだかイライラしてきた。なぜ俺がこんな目に合わねばならないのか。

 怒りがジリジリと身を焦がす。こっちはつい昨日命の危機に瀕したばかりだというのに。

 腹の底が煮えたぎる。ただでさえ異世界に連れてこられて大変なのに、息つく暇もなくトラブルだ。

 喉の奥が熱くなる。その上身体まで変えられて、こんな理不尽なこともそうそうないだろう。――――口から赤い炎が漏れた。


 引き絞られた竜巻がこちらに放たれると同時、俺は渾身の叫びを上げる。


「ガ――ァアアアアアッ!!」


 咆哮とともに、業火が放たれた。

 先程の焚き火程度の炎なんて比べ物にもならない。余波で羽織っていたローブが激しくはためき、ジェット噴流のような龍の咆撃ブレスが、竜巻と衝突する。


 一瞬のせめぎあいの後、竜巻が消し飛び、炎が地面を削って彼方へと消えていった。


 荒く呼吸を繰り返す。口の中が爛れるように痛い。

 大量の炎を吐き出したためか、思考がすぐに冷静になっていく。


「……あ」


 少女――エルディアナの姿がどこにもない。

 まさか消し飛ばしてしまったのかと辺りを見渡した瞬間、背後から腕を首に回された。顎を掴まれ、顔を固定される。


「……元から直撃させるつもりはなかったけど、まさか打ち消されるとは思わなかったわ」


 呆れたような呟きが耳元で聞こえる。頭が動かせないので目で横を向くと、無傷のエルディアナの姿があった。

 一瞬で後ろに回られたことに驚くより、まずホッとした。流石に人殺しはしたくない。


 ふと、彼女の顔が怪訝そうなことに気づく。


「あなた……その角、何?」

「……!」


 とっさに頭に手をやる。先程のブレスの余波で、フードがめくれ、頭部があらわになっていた。


大鬼人オーガとのハーフ……にしては背が低すぎるし、獣人種セリアンスロープ? けど、二本角の獣人なんていたかしら? 耳が長いのも妙ね、エルフみたい」

「う……」


 何か言い訳をしようと口を開くものの、先程のブレスで喉を痛めたのか、声が全く出ない。


「……まあいいか、何故かはわからないけど、あなたには知られてるみたいだし――それに、顔立ちも意外と綺麗だから、ちょうどいいわね」


 耳元で囁かれた言葉に、何をするつもりかと身構える。そして――首元に噛みつかれた。


「あ、ぐ……!?」


 鋭い痛み。だが、それは一瞬で消える。皮膚を小さな何かが貫き、肉に刺さっている感覚があるのに、まるで痛くない。

 同時に、生気が流れ落ちていくような虚脱感と、空いた場所に流れ込んでくる、熱い何か。それは甘い毒のように首筋から広がり、俺の身体を痺れさせながら満たしていく。

 脳までもがそれに満たされ、意識が溶けていく中、少女の笑い声が聞こえた気がした。



 目が覚める。俺はベッドで横になっていた。


 知らない天井だ――などとつぶやこうとするが、まだ喉が痛み、声が出ない。


「……!?」


 いつの間にか、というか気を失っている間にだろうが、服が脱がされていた。

 何度見ても自分のものとは思えない、しなやかな少女の肢体が何にも覆われることなく露出している。

 ベッドに敷かれていた毛布で身体を隠しつつ、室内を見渡す。持ち物を入れた袋はあったが、服が見つからない。


 慌てていると、部屋の扉から鍵を開ける音が聞こえた。咄嗟に隠れる場所を探すが、それより早く扉が開く。


 入ってきたのは、吸血鬼の少女、エルディアナだった。羞恥を覚えるが、彼女にとっては女性同士だからか、特に気にした様子はない。


 手に持った袋を床に起きながら、彼女が扉を閉める。


「待たせたわね。痛むところはない?」


 つい先程とはうって変わって、優しい声で問いかけられる。

 思わず警戒しそうになるが、俺の見ている前で、彼女はナイフや矢筒を外し、部屋の隅に置いた。


「大丈夫よ。……さっき、ギルドに行ってきたの。邪龍の死体と、それに殺された冒険者パーティ、そして彼らの装備が一部無くなっていたって情報が入っていたわ」


 彼女は丁寧に頭を下げる。


「疑ってごめんなさい。……昔から言われるの、思い込みが激しいって」

「…………」

「その……あなた、ドラゴンメイドなんでしょう?」

「っ……!」


 思わず瞠目する俺の横に、エルディアナが座る。


「本で読んだだけだけど……龍に見初められ、眷属となり身体を変えられた乙女、呪われた龍の巫女(ドラゴンメイド)。……多分、私を吸血鬼だって見抜いたのも、龍の眼力なのよね?」


 別に乙女ではないが、見抜いた理由はその通りなので首肯する。


「確信したのは血を飲んだ時だけど……とにかく、あなたがよければ、お詫びにしばらく面倒をみるわ」

「……」


 少し、考える。

 最初がアレだったのでどうしても疑いたくなるが、そもそも俺が怪しかったのは確かだ。彼女はきっと正義感で俺のことを探りにきたのだろうし、吸血鬼だと見抜いたあとも、出来うる限り手加減していた。


 もちろん穿って見ることもできるが、未知しかないこの異世界で、協力してくれる人間がいるというのはかなり大きい。

 覚悟を決め、承諾する――が、まだ声が出ない。


「……嫌、かしら」

「…………!」

「え? あ、喉が痛いの?」


 必死に口と喉を指し、アピールしたのが伝わった。


「《輝きの下、ここに命の安らぎを――癒の光》」


 エルディアナは指を一本立て、その先に白い光を浮かべる。

 思わず身構えた俺に、彼女は少し慌てながら弁明した。


「ち、違うわ、これは回復魔術! ほら、治すから、口を開いて」


 ……口を開け、顔を向ける。そして、彼女は躊躇なく俺の口内に指を突っ込んだ。


「んっ……!?」

「少し我慢してね、すぐに治すから。もっと大きく口を開けて」

「…………!」


 そんなことを言われても、これ以上口が開かない。それに、裸の自分に、同年代と思しき少女が、口の中に指を突っ込んでくるというこの状況に動揺してしまう。


 一分ほど経ち、指が引き抜かれた。痛みは完全に消えたが、顔が熱くなっているのが自覚できる。

 エルディアナが指を拭きながら、再度俺に問いかけた。


「それで……どう?」

「え、あ……だ、大丈夫です。その、面倒見てくれるっていうの、お願いします」


 少し顔を背けつつ頷く。彼女がぱぁっと顔を輝かせるが、今は気が回らない。


「あの、そろそろ服を着たいんですけど……」

「ああ、ごめんなさい。さっき出かけた時にちゃんと買ってきたわ」


 そう言って、エルディアナが床に置いた袋から取り出したのは――女性用の、衣服だった。


「――――」

「下着なんかもちゃんと用意したし、安心して。それにほら、このスカートとかも、えっと……リュードちゃんだっけ? 絶対似合うはずだから」

「あの、さっきまで着てた服は……」

「ギルドに返しておいたわ。できる限り遺族の元に渡してくれるって」

「う……」


 ……どうやら、命の危機でなくとも、俺の苦難は続くらしい。

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