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02 旅の始まり

「あー、あー。こんにちは、柳洞(りゅうどう)です。……慣れないな、この声」


 喋ると知らない少女の声が聞こえる。当然、俺の声なわけだが、凄い違和感だ。……まあ、その、可愛いと言えなくもない声なのだが、そのせいでなんだか逆に恥ずかしい。


 今は、少し離れた場所にあった川で血に濡れた服を洗っている。

 これは俺が身につけていた服ではなく、馬車の傍で事切れていた人たちから拝借してきたものだ。俺の着ていた服はドラゴンによってビリビリに破かれており、使い物にならない状態だったのである。他にも、僅かながら食料や、貨幣のようなもの、あと念の為に剣も一本もらってきた。

 おかげで荷物を入れた袋がかなり膨れている。だが手足がドラゴンに変わったことで筋力が増したのか、そこまで苦労せずに運ぶことが出来た。


 洗い終わった服を乾かす。昨夜からずっと全裸なので、流石に肌寒い。


「は――くしゅっ」


 くしゃみをすると同時に、ボッと口から炎が飛び出た。……手足だけじゃなく、身体の中身も人間ではなくなったらしい。複雑な気分だが、少し暖かくなったのでよしとしよう。


 ……しかし、本当に別人だ。

 水面に映った、見慣れない自分の顔をまじまじと眺める。

 そこまではっきりと映っているわけではないが、それでも以前と全く違う顔立ちになっているのは判別できる。耳なんかは長く尖った形へと変わっているし、髪も肩近くまで伸びている上、暗い赤色へと染まっている。


 ふと思いつき、運良く無事のまま落ちていた携帯電話を取り出す。これならはっきりと自分の顔を撮れる――と思って画面に触れると同時に、鋭く尖った俺の爪が液晶にヒビ割れを作った。


「…………」


 このドラゴンハンド、すごく不便。

 操作できそうにない携帯電話を袋にしまう。無事に元の世界に帰ったらバイトして最新機種買おう。


 ……元の世界か。


 とりあえず、ここが異世界であるということは疑うべくもない。

 そして肝心要の帰る方法だが……実をいうと既に見つかっている。


 荷物袋から丁寧に折り畳まれた紙を取り出し、広げる。

 馬車の残骸に埋もれて死んでいた、魔術師の格好をした男性が持っていた物だ。白い線で緻密な魔法陣が描かれており、片隅に異世界の文字で「送還」と書かれている。

 なぜ見たこともない文字が分かるのかは疑問だが……ドラゴンとも普通に会話が出来たし、今更だ。


 魔法陣の中心に手をかざし、力――魔力を込めた。

 なんとなく念じているだけなのだが、魔法陣はぼんやりと輝き出し、徐々にその形を歪ませ、穴のようなものへと変わる。

 そして、魔法陣は見覚えのある場所、というか俺の部屋につながっていた。まさしくこの世界に来る直前、俺がいた場所である。


 まず間違いなく、この魔法陣にできた穴をくぐれば元の世界に帰れるはずだ。確証はないが確信がある。


「(……けど、この姿のまま帰ってもなあ)」


 自分の身体を見下ろし、はあ、とため息をつく。そりゃあ俺にも生活があるし、さっさと帰りたい気持ちは山々だ。だが、これで帰ったところで、まともな日常生活が送れるとはとても思えない。

 もちろん、帰った瞬間身体が元に戻るという可能性もある。しかし、もしそうならなかった場合、あちらで元に戻る方法はまず無いだろう。


 「召喚」の魔法陣も見つけはしたが、仮にこれを誰かに使ってもらったところでまた俺が召喚されるという保証もない。

 魔法陣が書かれた紙を丁寧に畳み直し、荷物袋に仕舞う。


 さて、俺がこれからすべきことを整理しよう。

 前提となる大目標は、身体を元に戻し、元の世界に帰還すること。

 帰還方法は既にある。なので、身体を元に戻す方法を見つけなければならない。いや、そういえば――


 『もはやお前は我が眷属、龍の巫女である。戻りたければ我を超える力を手にするしかない』


 ――とかドラゴンが言っていた気がする。


 ……アレより強くなるなんて、できるのだろうか。人間では無理だとしか思えないが、今の俺は人間ではないし……。


 とりあえず、人がいるところに行かないと話にならない。

 強くなるにしても、それ以外の方法を探るにしても、まずはこの世界のことをよく知る必要がある。


 そう思いつつ、乾かした服を着た。

 拝借してきたかなり大きめのズボンの裾を何度も折り曲げ、ベルトで留める。シャツも同様に袖を折る。どちらもサイズがあっていないが、仕方がない。あそこにいた人達は全員かなり体格のいい男性だったし、俺の方も身体が変わったせいで体格も身長も縮んでしまっているのだ。

 その上から、魔術師のような格好をしていた男のローブを被り、顔を隠す。


 ……この世界で角が生えていることにどのような意味があるのかはまだわからないが、倒れていた彼らは見る限り誰も角を生やしていなかった。

 とりあえずは珍しいものと仮定して、念の為角や手足などの特徴は隠しておいた方がいいだろう。


 最後に同じく拝借してきた手甲と鉄靴を手足に嵌める。これで、パッと見は普通の人間のはずだ。……その代わり少し怪しい格好になったが。


「……よし」


 俺は袋を担ぎ――一度だけドラゴンの死体がある場所を振り返ってから、馬車が残した轍を辿りつつ、少し早足で歩き始めた。



 土が均された道を三時間は歩いただろうか。ようやく町が見えてくる。


 予想通りというべきか、コンクリートの建築物などどこにもない。石、もしくは木材で建材が統一された町並みだ。道行く人々の中にも、剣や鎧で武装している者がちらほらと見える。


 正直、行けども行けども丘と森ばかりだったので少し安心した。こんな風に人の手が入らない自然だけが広がっている土地なんて、日本だと相当な田舎にいかないと無いのではなかろうか。


 これならもう少しで着きそうだ――と一瞬思ったが、あの町、結構遠い。まだ数キロはある。なぜかこの距離でもはっきりと視認できたために、近い場所にあると感じてしまった。


「(龍の眼、だったか)」


 ドラゴンの言っていた言葉を思い出し、目に力を入れる。


柳洞(りゅうどう)龍画(りゅうが)/Lv1

種族:ドラゴンメイド 状態:眷属化

職業:サクリファイス

能力:龍眼/Lv1、眷属/Lv5


 ……職業が生贄(サクリファイス)のままなのがちょっと気になる。

 どうやらこの「龍眼」、こんな風に能力を見るだけじゃなく、視力を上げる効果もあるらしい。能力を見るのはともかく、視力上昇というのはちょっと地味すぎやしないだろうか。


 ともあれ、まだ着きそうにないので一度休憩する。ドラゴンのいた場所から離れようとずっと早足で歩いてきたせいで、かなり疲労が溜まっていた。ここまでくれば仮にドラゴンが蘇っていたとしても、そう簡単には追ってこれないだろう、多分。


 近場の木の横に腰をおろし、幹に背中を預ける。

 拝借してきた黒いパンを袋から取り出した。昨日の昼から何も食べていないので、もう空腹で仕方がない。いや、一応ドラゴンの血を飲んだが、あれを食事とはカウントしたくない。

 パンに歯を立て、一口かじる。


「(……不味い)」


 不味いというか、小麦粉の味しかしない。その上硬い。手甲を外して爪を使わないと、ろくに引きちぎれないレベルだ。

 三分の一ほど食べたところで嫌になり、パンを袋に戻した。


「はぁ……」


 ため息をつく。予想はしていたが、異世界の食糧事情にはあまり期待できそうにない。袋の底から干し肉を一切れ見つけるが、これもどうせ大したことはないのだろう。俯きながら軽く齧る。――めちゃくちゃ美味かった。


「!?」


 おかしい。塩が効きすぎててやたらしょっぱいし、香辛料がかかっているわけでもない。なのにやたら美味しい。

 もしかして、ドラゴンのせいで嗜好が変わったのだろうか。一瞬で干し肉を食べ尽くし、わずかながら腹が膨れたはずなのに、むしろ空腹を感じてしまう。


 食欲に突き動かされた俺は、荷物を手早く袋に詰め、町の方へと小走りに駆けていった。



 町に入ると同時に見つけた、良い肉の匂いを漂わせる屋台の前で串焼きを頬張る。

 町に入る前は怪しまれないかとか常識が全く違ったりしないかとか色々考えていたはずなのだが、いつの間にか俺は屋台のおじさんに金を払い、肉をこれでもかと食らうことに成功していた。恐るべきは食欲である。


 それにしても美味い。美味すぎて涙が出そうだ。そろそろ二十本目だが、手が止まらない。


「……まあいくらでも食べてくれていいんだけどよ、金は大丈夫なのか?」


 屋台のおじさんに話しかけられた。……確かに、そろそろやめておかないとまずいかもしれない。まだ余裕はありそうだが、いつ金が必要になるかわからないのだ。


「お前さん、その(なり)でも剣持ってるってことは、一応冒険者なんだろ? 今は邪竜が出たとかで近場のモンスターが荒れてるから、あんま散財しない方がいいぞ」


 こちらの世界の言語で「龍」を意味する部分が少し違う気がしたが、気のせいだろうか。言葉は何故か理解できるが、細かい単語の使い分けがよく分からない。


「ぼうけ――ん、ンンっ」


 ……この声で他人と話すの、何か恥ずかしいな。


「あー、冒険者っていうと、その、アレですよね」

「おう。今はモンスターを狩るだけみたいに思われてるが、昔はな――」


 特に聞いてないのに屋台のおじさんが朗々と語ってくれた話によると、人に害なす怪物達――モンスターを狩って生計を立てる、つまりはモンスター専門の傭兵のような職業らしい。

 かつてはモンスターを退治することで旅や冒険の資金を得る人々のことを指していたそうだが、現在は一箇所に定住してモンスターを狩る、名前だけの冒険者も多いとのことだ。


 モンスターと言われて真っ先に思い浮かぶのがあの黒紅色のドラゴン、邪龍ウィルムなわけだが、どうやらあれはモンスターの中でもかなり強い部類に入るらしい。


 屋台のおじさんは「つっても、最高位のⅤランク冒険者達が酒で邪竜をおびき出すらしいから、そろそろ討伐されてる頃だろうな」とか言っていたが、それ、どう考えてもあそこで死んでいた人たちである。しかもあのドラゴン無傷だった上にただの行商人だと思われてたっぽいし。いやまあ、討伐されていると言えば討伐されているが。


 ともあれ、一応冒険者というのがどんなものか見ておくのもいいかもしれない。元に戻るために力をつけるのにも、それ以外の方法のために色んな場所で情報を集めるのにも、ちょうど良さそうだ。


 そう思いつつ、屋台をあとにする。


 そのまま冒険者たちの互助組合、通称冒険者ギルドに向かおうと思ったのだが……。


「(……道がわからん)」


 看板でも無いかと辺りを見渡すが、見つからない。誰かに聞くか。


「どうしたの?」


 声がかけられる。振り返ると、武装した銀髪の少女が立っていた。

 革製の鎧を身に纏い、腰のベルトに一本のナイフを提げている。背中には矢がぎっしり詰まった矢筒を背負っているが、弓は持っていないようだ。

 当然ながら日本人ではないのでいまいち年齢が判然としないが、間違いなく二十歳は超えていない。華奢な体格で肌もかなり白いため、武装していることになんだか違和感がある。

 だが……オーラと言えばいいのだろうか。自信が感じられる立ち姿と、凛とした雰囲気が違和感を完全に打ち消していた。


 それも相まってか、近寄られると随分背が高く見え――いや違った、俺が小さい。

 身長が縮んだのは理解していたが、思った以上にチビになっているようだ。悲しい。


「あ……その、ギルドに行きたいんですけど……」


 別に、断じて、決して口下手とかコミュ障とかではないのだが、変化した声に慣れずついボソボソと喋ってしまう。

 だが、少女はあまり気にした様子もなく、指をさしながら答える。


「それならあっち。私も今から行くところだったから、案内するわ」

「え、ちょ……!?」


 腕を捕まれ、引っ張られる。少し抵抗するが、構わず少女は歩いていく。


「あなた、名前は?」

「え? えーっと……柳洞です」


 少し悩んだが、そのまま答えることにした。


「そう、リュードね。年はいくつ?」

「いや……えっとその、十七」

「十七……? まあいいけど、それじゃあ――」


 この子、すごい押せ押せだ。女性経験の少ない身としては対応に困る。


 他にもいくつか質問をされるが、答えづらいものや、そもそも知らないものについてなので、ほとんど口ごもってしまう。


「(……ん?)」


 いつの間にか、町の郊外らしき、あまり建物のない閑散とした場所に連れてこられていた。

 嫌な予感を感じつつ、少女に問いかける。


「あの……」


 だが、遅かった。というか、遅すぎた。

 つい昨日命の危機に瀕したばかりだと言うのに――いやだからこそ気が緩んでいたのだろうか。


 後にして思えば、俺には全くもって危機感が足りていなかった。


「へ……?」


 唐突に、掴まれていた手を一瞬で引き倒され、地面に叩きつけられた。

 あまりの早業に、一瞬、何が起こったかわからなくなる。


「それじゃ、最後の質問」


 痛みに呻く暇もなく、俺の眼前に、ナイフの刃が突きつけられる。


「――何故あなたは、他人の血が染み付いた服を着ているの?」


 ……この世界において俺の生殺与奪権は他者に握られる宿命にでもあるのだろうか、などと思いながら俺は全力で言い訳を練るのだった。

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