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優奈の撃退☆大作戦!  作者: 敷金
3/3

解決編

それから俺達は、どういうルートで宿まで帰還したのか、全く記憶にない。

ただ、車を追いかけてくる白い影の化け物の、あまりにも恐ろしい姿だけが、記憶にこびりついていた。


思わず逃げ帰ってしまったが、生憎、俺達の仕事はまだ終わっていない。

翌日朝、俺達は、もう一度あの廃墟の家に向かわねばならなかった。


「な、なあ、俺、留守番ってわけには……いかないよ、ね」


「あ、当たり前だ。俺だってブルってんだ。

 お前ばっかり安全圏にいさせるかよ」


「ひっでぇ! これ労災降りるのかよ?」


「ぐだぐだ言ってねぇで、とっとと行くぞ!」


午前9時、俺達はまた、夕べのように家の中に入ろうとした。

だがその時、俺は、ふとある事に気付いた。


「おい仲田、これ……どう思う?」


「ん? 何って、ドアの鍵だろ?」


「これさ、裏表逆に付いてないか?」


「はぁ? 何言って……あれぇ、本当だ」


その家の玄関の鍵は、奇妙なことに、外側にサムターンが付いているのだ。

サムターンとは、鍵をかける時に回す部分のこと。

しかも、それとは別に、更に通常の鍵まで仕込まれている。


二重ロックにしては、妙な構造だ。

これでは、外から鍵をかけられてしまったら、出ることが出来ないではないか。


俺は、夕べ感じた僅かな違和感が、一つずつ消化されていくような、独特の感覚を覚えた。


夕べ覗いた応接間も、更に調べると、奇妙な構造になっている。


「おい、ここのサッシも、鍵が外に付いてるぜ?」


「風呂場の窓もだ」


「どういうことだ? 間違えて付けたとかいうレベルじゃねぇぞ?」


一階は、残るは例のリビングと、和室だけだ。

だが、さすがにまっすぐ向かう気にはなれない。

俺達は、夕べ探れなかった二階に向かうことにした。


階段を上っている途中、一部の段が腐っている事に気付き、俺は危うく踏み抜くところだった。


「あぶねぇ! おい気をつけろよ」


「これ、すっごく上り下りし辛いな」


「まあ、端を伝えば……なんとか」


辛くも二階に辿りついた俺達は、三部屋のドアの間に立った。

ひとまず手近なドアを開けると、そこは書斎のようだった。

大きなデスクとオフィスチェアを囲むように、壁一面に設置された本棚には、びっしりと何かの専門書が詰め込まれている。

しかし、そのある一角だけ、本がバラけて床に散らばっている。


それは――「絵本」だ。

「はなさかじいさん」「桃太郎」「つるの恩返し」など、昔から良くあるなんてことのない絵本。

随分薄汚れて破損も著しいが、何故かそれだけ、頻繁に読まれた痕跡がある。


「ここ、子供が居た部屋なのかな?」


「――見ろよ、これ」


俺は、そう言うと、本棚の本の背表紙を指差した。

本棚の中身は、いずれもかなり高等な部類に入る専門書の類のようだ。

物理学、化学、天文学、人体工学、各種資格取得関係。

その他、とにかく色々なジャンルの専門書が、無造作に詰め込まれているのだ。

少なくとも、一般人が読んで楽しめそうなものは、ほぼないだろう。

あえて言うなら、先ほどの絵本くらいか――


念のため、分厚い遮光カーテンを開けてみると、窓にはガッチリと鍵がかけられている。

これはさすがに外側からではなかったが、通常の窓の鍵を覆い隠すような、ごつい機械のような錠が外付けで組み込まれていた。

当然、それを除去する何かがなければ、窓を開けることは出来ない。


俺は、その部屋の主から、異様なほどの偏執さを感じ取り、軽く身震いした。



二つ目の部屋は物置のようで、ここには古いダンボールが積み重ねられているくらいで、特にこれといった発見はなかった。

ただ、一部に片付けたような痕跡があり、何かの事情で慌しく物品を運び出した様子が窺える。


俺は、積み重ねられた古いダンボールを取り除き、奥にある窓を調べてみた。


――そこには、鉄格子が嵌められている。


「な、なんで?! 鉄格子?」


「やっぱり、この家は、根本的に何か変だな」


「あともう一部屋あるけど、そこも見るのか?」


「お、おう」


俺は、二階の三つ目の部屋のドアを開け――ようとして、止まった。

全身に、悪寒が迸る。

それは、夕べ感じたあの恐怖の感覚に、とても酷似している。


ここを開けてはならない――心の中で、何かが必死で警鐘を鳴らしていた。


「降りるぞ」


「えっ? み、見ないのか?」


「後で話す。それより、そろそろカメラの準備頼む」


「や、やっぱり、撮るの?」


「ああ。依頼人に確認を取らなきゃならないからな」


リビングを通り過ぎようとして、俺は、昨日通った庭に通じるサッシを確認したくなった。

ここだけ、外部に出られたのは、何故だろう?

だが、なんてことはない、ただ何者かに窓の鍵を破壊されていただけのようだ。


残るは例の和室だけとなったが、俺は仲田を引き止め、少々考察巡らせてみた。


「この家は、どうも、普通に家族が住むために作られたものじゃないっぽいな」


「そ、それは俺も感じてた! なんかおかしいよ、この家!」


「この家は、明らかに“中に誰かを閉じ込める”目的で作られてる」


「やっぱ、そう思うか」


「そりゃあそうだろう。

 外から掛けられる鍵といい、鉄格子付きの窓といい。

 まだ全部調べたわけじゃないが、明らかにそういう用途だろ」


「でもさ、なんか家の中を見ると、一人暮らししてたってわけでもないような」


「そうなんだよな」


俺は、ここに来る前に、物件の所有者について調べていた。

この家の持ち主は、かつては著名な科学者だった男だが、数年前から消息を絶っている。

所謂変わり者の学者で、人付きあいもなく孤独な生活を営んでいたようだが、彼が姿を見せなくなった頃とほぼ同時期に、この付近で、発見されたのだ。


――同じく、数年前から行方不明になっている少女・沖沢優奈が。


その他、様々な情報を調べ、俺はその学者が少女を囲っているのではないかと推測したのだが、その予想は半分当たりで、半分外れたようだ。

なんせ、俺の所に届いた情報には、学者の家が廃墟になっているなんて内容はなかったのだから。


普通の家が廃墟になる理由の一つに、その家人が家の管理を放棄しているというものがある。

もし、この家がそのパターンだとしたら――


「よし、床下に、潜るぞ」


「うえぇぇ……ま、マスクしてもいい?」


俺は、渋る仲田の背を押し、再び腐臭漂う床下に潜り込んだ。







「……ちょっと待ってよぉ~」


優奈は、激しく困惑していた。

目を覚まして窓から外を見ると、夕べのあの車がまた停まっているではないか。


「ま、まさか、朝から再挑戦してくるなんて、聞いてない!」


ここは二階、優奈の寝室である。

お気に入りのおっきな熊のぬいぐるみを抱き締め、優奈は、ぶるぶると震えていた。

男達の話し声と足音が、階段を越えて隣の部屋まで辿り着く。

しばらく後、とうとう、この寝室の前までやって来た。


「ちょ……! やめてよ! 冗談じゃないってば!」


優奈は、ドアノブを握り締め、開けられないようにと必死で抵抗した。

幸い、ドアの向こうの男は素直に諦めたようで、しばらくすると階段を下りていく音がする。


「ふう、なんとか持ちこたえたぁ……けど、これからどうしよう?」


優奈は、二階の廊下に人の気配がない事を確かめると、そっと寝室を抜け出した。


リビングの方から、話し声がする。

優奈は、夕べのように、なんとか彼らを脅かして追い出せないかと、策を練った。






俺は、真っ青な顔をした仲田と共に、床下から這い出た。

多分、俺自身も、酷い顔色に違いないだろう。

あまりにも予想外の状況に、俺達は、どうしたらいいのか途方に暮れていた。


「これはもう、警察に通報するしかないだろ」


「だな……さすがに、俺達の手を離れすぎている」


「また警察屋さん達に、こっぴどく追及されるんだろうなぁ」


「まあ、署には知り合いの刑事も居るし、そこはなんとかするが……」


俺は、肩越しに床の穴を振り返り、その奥に眠っている 男 の 死 体 の様子を思い返した。



床下の死体は、既に大部分が白骨化していたようだが、包んでいた毛布を開いたせいで、溜まっていた腐敗ガスが噴出したようだった。

詳しい事はわからないが、男物のスーツを着たままだったので、男性と判断出来る。

それ以上の身元は、さすがに警察でなければ特定出来ないだろうが、俺自身の勘だけで語るなら、これはこの家の主である科学者なのだろう。


では、誰が彼を殺し、こんな場所に遺棄したのか?

その答えは、おのずと判断出来はするのだが……


「殺したのは、外から入り込んだ賊か?」


「それはどうだろうな。

 賊なら、わざわざ死体を隠す必要もないだろうし」


「え、じゃあ」


「この家の、中から外に出られない構造を考えれば……」


「いやいやおかしいでしょ?

 第一さ、家の外に出られないってんなら、鍵をかける奴だって中に入ってしまえば同じ事なわけで」


「そうなんだよ、そこが引っかかってるんだ。

 俺、てっきり、この死体は沖沢優奈だと思ったんだ」


「俺も……」


俺は、ふと考えた。

もし、この家に閉じ込められていた者がいて、その者が何かしらの口実で家主の学者を家の中に招き入れたとする。

家主であれば、恐らく何かしらの脱出方法を知っているだろうから、問題なく中に入って来るかもしれない。

その時に、凶行が行われたのだとしたら――


「おい、もう一度、二階に行くぞ」


「えっ?」


「さっき開けなかった部屋、あそこがカギだ」


「そこに脱出方法があるんか?」


「とにかく行くぞ!」


俺達は、急いで階段を目指した――が。






「うわ! うわ! やばっ!!」


とうとう、侵入者の男達と、鉢合わせになってしまった。

一階の廊下、階段からリビングまでを繋ぐ道程で、三者は真正面からご対面してしまったのだ。

男達は、思っていたよりも若い者達で、なかなか精悍な顔つきだが、何故か顔色が真っ青だ。


「が、がお~!」


優奈は、両手を広げて、精一杯、情けない呻き声を上げて、男達を威嚇した。


(だ、ダメ、かな~? あたし、ここで人生終了かな~??)





俺達は、白昼夢でも見ているのか。

階段に通じる廊下の途中に、突然、何処からか白い人影が現れた。

俺達の行く手を阻むように佇むそいつは、青白いシルエットに、ぼんやりと浮かんだ顔、手足が覗いている。

かろうじて人の形を取っているというだけで、明らかに人間ではない。

その証拠に、奴の身体が透けて、玄関から差し込む日光が俺達を照らしているのだ!


さすがに、ここまで堂々と出てこられてしまうと、こちらも思考が停止してしまう。

仲田も、俺の背後で硬直しているようだ。



 ――ヒョオォォォォォォォォォォ!



白い影が、いきなり両手を広げて、気味悪い叫び声を上げた。

ようやく我に返った俺達は慌ててリビングに駆け戻った!


「出た! 今度こそ出た! やっぱマジモンの心霊スポットじゃん!!」


「いいから! 窓から逃げるぞ!」


俺達は、夕べのようにリビングのサッシをくぐり、庭に脱出する。

白い影は、どうやら俺達をとことん追い回すようだ。


「くっそ! どうしろってんだ!」


逃げ惑っているうちに、俺は、だんだん怒りを覚えて来た。

安い依頼金でやりたくもない捜索をやらされ、挙句に死体発見だ幽霊だなんて、どうしてそんなおかしな目に遭わされなきゃならんのか!


車に逃げる最中、俺は、背後に感じる冷たい気配に向かって、唐突に振り返った。


「ぶっ殺すぞ、てめぇ!!」








「ぶっ殺すぞ、てめぇ!!」


追いかけていた男の一人が、突然振り返って、ドスの効きまくった声で脅しをかけた。

そこまでノリノリで追いかけていた優奈だったが、さすがにそれにはビビった。


「ひえっ?! き、きゃああああ!!」


踵を返すと、優奈は脱兎の如き勢いで逃げ出した。


「ひぇ、ひぇ! こ、殺される! 殺される! どうしよ、どうしよ!

 調子に乗りすぎたぁ~!!」


家の中に逃げ帰り、二階に駆け上ると、寝室に飛び込んで熊のぬいぐるみに抱きつく。


「あ~、どうしよう、ドロボウサン怒らせちゃったぁ……

 このままだと、私、殺されちゃうのかなあ……」


優奈は、寝室に引き篭もり、ひたすらガタガタ震え続けた。






――それから数日後。


五代と仲田による通報を受け、警察は廃墟の家に入り込み調査を行った。

その結果、床下の死体は確かに家主の男性であり、死因は衣服や骨の一部の破損状況から、刃物による刺殺――所謂失血死と判断された。


家の構造が特殊かつ、住人を軟禁する目的で改造されていたのは、五代達の推測通りだった。

だが、実は二階のバルコニーに直接上がれる梯子があり、書斎の窓も外から開錠出来る仕掛けが施されていた。

これにより、家主は、普段は外部の住宅に住み、気が向いた時にこの家を訪れ、二階から侵入していたと判断された。


その目的は――推して知るべしである。


肝心の軟禁されていた者は、二階の寝室に居た。


1メートルくらいもある大型の熊の縫いぐるみを抱くような姿勢のまま、静かに朽ち果てていたのだ。

遺体の歯の治療痕から、五代が捜索していた対象・沖沢優奈であることが確認された。

と同時に、室内からは凶器の包丁も発見され、熊の縫いぐるみからも、家主の血痕が検出された。


寝室の状況はとても惨い有様で、彼女がどのような扱いを受けていたか、その一端を垣間見ることが出来たという。

だが、五代達は、さすがにそこまで興味は持てなかった。



数年間行方不明だった娘の消息を、最も残酷な形で依頼人に報告しなければならなかった五代は、仕事場のデスクに突っ伏し、あの家の出来事を思い返していた。


「なあ、仲田よ」


「ん? どうした相棒?」


「やっぱ、あの時出てきた化け物って……だったのかな?」


「さぁなあ。どのみち、俺達は歓迎されてなかったってこったろう」


「違いねぇなぁ。あ~、行方不明者捜索なんて、もう二度とやりたかないな!」


「ああ、俺も同じ事考えた」




優奈の撃退大作戦 完

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