婚約破棄の現場で~王子は感激された~
※とある国の名誉の為に極力、個人を特定できる名称を控えました。
※とある国の人物でやむを得なく出ている個人名は仮名です。
金髪の少女を傍らに、そして信頼する重臣の令息たちを引き連れた王子は、城の廊下で見かけた婚約者に言った。
「俺はマーサ(仮名)を愛しているから、彼女と結婚するつもりだ。悪いがそなたとの婚約は破棄させてもらう」
「!」
王子の婚約者である侯爵令嬢と同様にその場にいた者は突然の出来事に驚いて声が出なかった。
王子が連れ歩いている相手は貴族といっても、名ばかりの男爵令嬢だからと大目に見ていた侯爵令嬢も声が出なかった。
だが、その代わりに声を出した者がいた。
「素晴らしい! この国の王族は他の男の子どもがいる女性と結婚する為に婚約をやめられるんですね!」
感極まったような拍手と台詞に衆目はその発生源に集まる。まっすぐな銀髪に猫のような金色の目をした男が大きな身振りをして感激していた。
言葉からわかるように男は他国の人間のようで、服の装飾もこの国とは異なるものだった。それに仕立ての良さからいっても、貴族としか思えない。だが、名が知られていてもおかしくない美貌の持ち主のことを王子たちは誰も知らなかった。
「そ、そなたは・・・?」
「これは失礼いたしました。私はカルッセルの魔法使いでウィリアムと申します。この国で奇妙な現象が起きていると聞き、解明するように招かれた者でございます」
優雅にお辞儀してみせたところを見ると、やはり上流階級の生まれのようだ。
ウィリアムの名乗りを聞いて、男爵令嬢の取り巻きをしている金髪の少年は魔法使いで、彼の素性に心当たりが付いた。カルッセルの魔法使いでウィリアムといえば、父親同様、美貌と魔法で有名な人物だ。
「それで他国の魔法使いが何故、マーサ(仮名)を中傷するのだ」
「中傷ではございません。これは事実です」
ウィリアムは王子の言葉を訂正した。
「マーサ(仮名)に俺以外の子どもなどいるはずもないというのに、それを中傷と言わず、なんと言うのだ」
言外に浮気したことを王子は認める。
男爵令嬢とのことは結婚するまでの戯れに過ぎないと見ていた侯爵令嬢は、その失態に眉を顰めて批難を表した。王子は自ら品行がないことを口にしてしまったのだ。相手が貴族の未婚令嬢で、婚約者ではないことが更に拍車をかけている。
同じ貴族の未婚令嬢でも、城に出仕している者ならまた話が別だ。彼女らは結婚相手に家同士の繋がりを求めていない。自分自身が幸せになれる結婚相手を見極める為に付き合う中に身体の関係も含まれている。
だが、城に出仕していない未婚令嬢と身体の関係があることを公表するということは、恋愛遊戯のルールも知らない相手に手を出し、紳士らしからぬことをした表明するということと同じ意味を持つ。それは逆に家の為に結婚しなければいけない未婚令嬢が結婚もしていないのに男と簡単に関係を持ったことを意味する。
「残念ですが、その女性からはいくつもの男の匂いがします。子どもの父親が誰か本人でもわからないくらいに。でも、私の魔眼によれば父親はそこの人の良さそうな金髪の少年のようですね」
ウィリアムが王子の恋人のお腹にいる子どもの父親を告げた瞬間、王子は愕然となって該当する少年を振り向いた。
「ガイ(仮名)、まさかお前、マーサ(仮名)と・・・」
「そんな、殿下?! 僕はマーサ(仮名)と浮気なんてことはしていませんよ!」
金髪の少年は首を横に振って否定した。天才魔法少年である彼は子どもが生まれてもいないのに父親が誰かわからないことを知っていた。
「そうよ! あたしはガイ(仮名)と浮気なんてしていないわ!」
男爵令嬢も金髪の少年の言葉を肯定して、浮気を否定する。
「おかしいですね~。魔法ならともかく、魔眼は失敗するはずがないんですがね~」
ウィリアムはわざとらしく首をひねった。
金髪の少年は魔眼という言葉で推測通りウィリアムが”魔眼のウィリアム”であると知り、絶望した。
「さっきから魔眼や匂いとか言っているが、それはなんなんだ?」
王子は先ほどから抱いていた疑問を口にする。誰かに招かれて来訪したという魔法使いのようだが、ウィリアムが口にする内容は教養として魔法を習った王子たちにはわからないことだらけだった。
「魔眼をご存知ない? 魔眼というのは生まれつき魔法の力を持つ目です。これは常時発動しているのが普通なので、失敗するということがありません。それに魔力は一切消費しません。そういう目なんです。私の場合、魔力の色を見る目なので、魔力の宿っているものなら魔石だろうが、姿消しの魔法を使っているものだろうが、魔力だけはなんでも見えてしまうんですよ。それがたとえ胎児でもね」
魔力が見えるウィリアムにとって、その魔力の持ち主が生物であろうが、命無きものであろうが見えることには関係ない。それだけではなく、魔法では生まれていないとできない親子鑑定すらも親子がそろっていれば胎児にもおこなえる便利な能力だった。
問題はその能力は自分が使いたくなくても、普通に使えてしまえるという点。それ故にウィリアムはこの騒ぎを見てすぐにわかってしまったのだ。
「だからと言って、どうして親子だとわかるんだ?」
「親子の魔力というのは近くにいる場合、共鳴するんですよ。色も波長もよく似たものに変化しますから、一目瞭然なんですよね~。あ。間違いだと思うなら、生まれてから親子鑑定の魔法を使えばいいですよ。間違いなくその子は金髪の少年の子どもですから」
一度は本人たちが否定したことでウィリアムの言葉を信じなかった王子だったが、ウィリアムの持つ魔眼の説明で恋人と友人を信じられなくなった。視界に入る金髪の少年の顔色は明らかに悪くなっていて、王子は彼らを信じる価値がないことに気付いたのだ。
「マーサ(仮名)!!」
愛の籠もった呼びかけは一転して憎しみの籠もったものに変わる。
「そんな、マーサ(仮名)! 俺だけじゃなかったのか?!」
「ガイ(仮名)とも浮気していたのか、この尻軽!」
「マーサ(仮名)、嘘だよね?」
王子だけではなく、別の取り巻きたちもまたウィリアムの言葉を信じた。
「違うわよ! これは何かの間違いよ!」
男爵令嬢は必死に否定する。ウィリアムが何を言おうが、彼は外国の人間に過ぎない。その素性や魔法使いではない者たちにとって、彼の言う親子鑑定のできる魔法はあまりにも荒唐無稽な話だったからだ。
言い争う男爵令嬢と金髪の少年を除く取り巻きたち。
「で、婚約破棄した人物を教えて欲しいんですが? 確か、10人以上いて、重臣たちの令息もいるという話なので、早急に原因を突き止めなくてはいけないんですよね? まずは本人たちと会ってみないことにはなんとも言えないんですが」
「・・・」
ウィリアムは途中で置いてきてしまって、ようやく追いついた案内役に問いかけた。しかし、案内役からの返事はなく、視線はウィリアムが混乱に陥れた一団を向いている。
その一団と聴衆たちも的を射た発言に押し黙ってしまった。
その沈黙の中でウィリアムも状況を察し、目を白黒させる。
「え? まさか。嘘ですよね? この色ぼけマヌケたちが?」
「・・・」
案内役は無言で頷いた。声に出してしまえば、自分が王子への不敬に問われる可能性があるからだ。
ウィリアムは額に手をあてて溜め息を吐いた。
「あ~あ。せっかく、お呼ばれして外国まで来たのに調査する間も無く解決だなんて、外国に来た意味がありませんね~。謎を解くサスペンスにちょっとしたロマンスがあると思ったのに、残念です」
「無礼な! こいつを捕まえろ! 私への不敬で罰してくれる!」
男爵令嬢を糾弾していた王子がウィリアムの独り言を耳にして食ってかかる。
「なんですか? 女遊びをしないからといって、女慣れしていなくてまんまと騙された色ぼけが偉そうなことを言わないでください。優しい女というものは嘘吐きで薄情なんですよ。どうして優しくしてくれるか考えたことはありますか? 本当にあなたのことを見ている女なら優しいだけでなく、時には耳に痛いことも口にします。それがあなたに必要だと思ってね。あなたの負担にならないように思わせぶりに言葉をとぎらせてあなたを利用しようとせず、何かあるならはっきりと言いますよ」
言いながら、ウィリアムの脳裏に浮かぶのは愛妻の姿だった。箱入り娘だった妻は教養や礼儀作法を身に付けていても、両親の夫婦仲が良かったおかげで王侯貴族の汚ない部分を知らされずに育った。魔眼のおかげで紹介された親子が親子ではないことを幼い頃から見てきたウィリアムとは正反対で、ウィリアムは汚ない世界を知らない妻をそのままにしておきたくて連れて来ていなかった。
「ああ、すみません。私、母親が猫だったおかげで、猫の言葉がわかるんですよ。いいな、と思った女性でも猫たちの会話で本性が全部わかってしまって、辛いんですよね~。まったく、夢も希望もあったものではありませんよ」
魔眼と猫並みの嗅覚、それに猫の言葉がわかるという三つのことからウィリアムは子どもの頃から女性不信に陥っていた。その例外は数少なく、その中でも恋愛対象に出来たのが妻にしたアルテイシアだけだった。
「猫が母親だと?!」
「はい」
王子もウィリアムの母親が何者か知って、彼の素性に心当たりが付いたようだ。
”魔眼のウィリアム”
それはカルッセルの美貌の宰相の息子のことだ。元々、アルバテス公爵家は高い魔法適性を持っていたが、ウィリアムの父親は猫を魔法で人間にできるほどの魔法の使い手である。そんな父親と、魔法をかけられて人間化させられた猫との間に生まれたウィリアムは魔法を常時発動する体質を有していた。魔法を発動しているのは目。それが”魔眼のウィリアム”の由来である。
ウィリアムの父親は猫に運命を感じたり、地味な容姿をした妹を溺愛しているなど他者には理解できない神経を持つ人物だ。
そんな父親のせいでウィリアムの代からアルバテス公爵家の特徴は銀髪と高い魔法適性に金色の目と時折常時発動魔法を持つ者が生まれてくるようになる。原因はどうみても、父親が人化魔法をかけられた猫を妻にしたことしか考えられない。魔法の常時発動で数奇な運命をたどる子孫も出てくるのだが、それはまた別の話。
「・・・」
金髪の少年はウィリアムに計画を暴露される覚悟をした。自分は王子の恋人と関係を持っていたのだから、ウィリアムが”魔眼のウィリアム”だと知った今、王子がウィリアムの言葉のほうを信じるのは当然だ。それの上、計画を知られては今後のことに支障が出てくる。
「大丈夫ですよ。私は何も申し上げませんから」
ウィリアムは金髪の少年に優しく言う。
その言葉に金髪の少年は目を見開いた。
話が一段落付いたと思った案内役がウィリアムに声をかける。
「ウィリアム殿。両陛下がお待ちですので、行きましょう」
「ということで、申し訳ございませんが、私は失礼させていただきます」
急かされれば、混沌とさせておいてさっさと立ち去ろうとするウィリアムを王子は呼び止める。
「ま、待て! そなたはこのままにして行くというのか?!」
「申し訳ございませんが、殿下。両陛下をお待たせするわけにはまいりませんので、御前を失礼いたします」
飄々とウィリアムはそう言うと、案内役をせっついて立ち去った。
王子はその後、以前の希望通りに男爵令嬢と結婚することができた。
婚約解消された侯爵令嬢は希望に合う相手との縁談を国王にまとめてもらい、幸せになったという。
そして、王子と結婚した男爵令嬢のお腹の子どもの父親はウィリアムに付いてカルッセルまで来て、そこで魔法の研究に一生を捧げたそうだ。
こうして、すべては丸く収まった。
何故なら、王子は国王の子どもではなかったからだ。国王の子どもは金髪の少年だった。
そして、王子が国王の子どもではないことは、王子の誕生祝いに父親と訪れた時からウィリアムは知っていた。ウィリアム自身まだ子どもだったので、それを国王に告げてしまったのだ。
国王は何の理由もなく正妃の産んだ王子を廃嫡することができず、かといって、正妃の子どもを親子鑑定したなどとは正妃の実家との関係から言えず、没落して娼婦となった貴族の令嬢に密かに子どもを産ませた。それが金髪の少年だった。
王子の妃に金髪の少年の子どもを産ませることで王家の血を引かない王が続かないように画策したものの、王子が身持ちの悪い男爵令嬢を溺愛したことでその対象が男爵令嬢に変更され、容易にことが運んだ。
ウィリアムを招聘したのも、男爵令嬢によって婚約破棄が引き起こされた原因の調査とはしているが、実際は男爵令嬢が妊娠した場合、誰の子どもなのか判定させる為のものだった。
王子という異分子が間に入ったものの、その国は無事に国王の孫が王位について国を治めたという。
※この話の続編はありません。
出てきていない設定:
金髪の少年・・・貴族たちのいる場所に行けるよう、スパルタ教育を受けた人工天才少年。国王とは親子の情はなく、上司と部下のような間柄。
金髪の少年の母親・・・金髪の少年を産む契約で娼館への借金を清算され、生活を保障される。産んだ後は未亡人とその息子として平穏に暮らしていたが、今は娼館時代の客(貴族時代の知人)と結婚している。
帰国後のウィリアムと妻の会話:
「ウィリアム、あなたって人は・・・! 外国に行って浮気する気でしたの?!」
「アルテイシア、私の子猫ちゃん! そんなことしないよ! 旅先で困っている女性を助けて、想いを寄せられているのに気付かないで去って行くというのがやってみたかっただけなんだよ。キミという人がいるのに、浮気なんかする気なんてないよ」
両手を広げて抱き締めようとするウィリアムをスルリとかわし、アルテイシアはその鼻先に指を突き付ける。
「だって、あなた、ロマンスがどうのとおっしゃったそうではありませんか!」
ウィリアムは突き付けられている指ごと両手でアルテイシアの手を包み、頬ずりした。
「謎解きには吊り橋効果のロマンスが付きものなんだよ」
「付きものって、それは浮気するということではなくて?!」
アルテイシアは手を引こうとしたがウィリアムは放さない。
それどころか、包み込んだ手を引いて、アルテイシアを引き寄せ、その腰を抱き込んでその顔を覗き込んだ。
「実際に浮気するのとしないのとでは大きな違いだよ。ちょっと仲良くなって、困難を共にして綺麗な思い出だけを残して別れる。本当に浮気なんかすれば愛憎の泥沼だよ」
ウィリアム関連のどうでもいい設定:
ウィリアムの父親の妹の夫は『婚約破棄の現場で~逆ハーメンバーの一人が連れさらわれた~』に出て来た他国の王様です。
ウィリアムの父親が原因で子孫である『婚約破棄の現場で~歌を忘れた小夜啼鳥~』の王子の婚約者は会話を禁じられています。