-序章-
俺は閑散としたファミリーレストランで一人、数人掛けの椅子に座り、机に顔を伏せていた。
ふと腕時計を見ると、十二時三十分を過ぎている。
大きなため息を吐き、目を閉じた。
眉間に皺を寄せて、なぜこんなこんなことになったのだと思考を巡らせてみた。
しかし、結論の出る間もなかった。
ガラスの扉が開く音が静寂を破ったのだ。
足音がこちらに近づいてくる。
やっと来た。そう思って顔を上げた。
すると、目の前には短髪で図体の大きい男と、艶やかな黒髪を腰まで伸ばした色白の女が、両者とも申し訳なさそうな表情で突っ立っていた。
「悪いな、幸助。待ったか。」
「待ったか、じゃないぞ。何が何でも来るのが遅すぎやしないか。三十分以上は待ったんだ。」
俺はムッとして答えた。
「悪かったと思ってるさ。お詫びにコーヒーでも奢るからさ。」
倉橋は苦笑しながらメニューを指差した。
「違うよ。私が準備に手間取ったせいで遅くなっちゃったから、私が悪いの。だから、あまり倉橋君を責めないであげて、ね?」
あいりは上目遣いで言った。
「まあ、いいんだけどな。揉めても仕方がないしな。」
上目遣いはちょっとずるいじゃないか、そんなことを思いながらもつい許してしまう。
彼女の魅力の所為だろうか。
「ありがとう。じゃあ、本題にはいろう。今夜の肝試しについての話だよ。」
肝試し、と言う時にあいりの目がらんと輝いたのを、俺は見逃さなかった。
どうやら今夜の肝試しを楽しみにしているらしい。
俺は乗り気ではないのだが。
「そうだな。じゃあ、まあ、座れよ。」
俺の隣に倉橋が座り、俺たちの正面に、机を間に挟んであいりが座った。
「よし、始めるか。」
倉橋は意気揚々と話し出した。
「まず、今夜行くところにはどんな曰くがあるんだ。俺は何も聞いてないぞ。」
俺は少し不安になって尋ねた。
事実そうで、それが、俺が乗り気でない理由の一つでもあった。
他の理由としては、単純に怖いからというのもあった。
「えーっと、今夜行くところは…雛美神社というところだ。この神社では、深夜に一人で徘徊している女性の目撃情報がある。その服装は黒いレースのワンピースだそうだ。そして、声をかけると煙のようにふっと消えてしまうらしい。」
倉橋は何も知らない俺に、丁寧に説明してくれた。
その間、あいりは頬杖をつきながら、まるで野次馬のように、何も言わずに俺たちを眺めていた。
「で、肝試しはどういう風にするんだ。まさか、一人ずつ何かを取りに行く、なんてことはないだろうな。」
心底怯えながら倉橋に尋ねた。
自分でも声が少し震えているのに気がついた。
恐らく、今の俺の表情は強張っていて、口元は静かに引きつっているのだろう。
「いや、三人でだよ。」
倉橋君は怯える俺に、簡略に教えてくれた。
彼の口元が意地悪そうに曲がっていた。
しばらく話した後、「そろそろ行くぞ。」という倉橋の掛け声で俺とあいりはゆっくり立ち上がり、頷いた。
倉橋がコーヒー三杯分の代金の支払いを済ませると、俺たちはファミリーレストランを出た。
倉橋の後をついて行くと、赤い軽自動車が駐車場の白線の枠の中に、几帳面にぴったりと駐車されていた。
倉橋が意外に几帳面だということを知り、少し驚いた。
倉橋は運転席の方に回り込み、キーでドアのロックを解除した。
俺はドアを開けて助手席に乗り込んだ。
あいりは後部座席のシートの中央に、身を縮めるようにして、ちょこんと座った。
縮まった身体は怯えているように見えた。
もしや、彼女は怖がっているのだろうか。
先ほどの彼女の目の輝きは見間違いだったのだろうか。
実は楽しみなんかじゃないのかもしれない。
しかし、考えてみればそれは普通のことだ。
誰だって心霊スポットに行くのは怖いに決まっているのだ。それが当たり前なのだ。
俺は彼女を『怖がり仲間』に加えて、自分に当たり前だと言い聞かせていた。
少しでも恐怖を紛らわせたかったのだ。
「出発だ。」
急かすようにそう言うと倉橋はハンドルを握り、ぐっとアクセルを踏み込んだ。
車はぐんっと発進した。
広い国道を、三人を乗せた赤い軽自動車が静かな夜の中を走っていた。
しばらく走り続けると、すれ違う車や街灯が段々と少なくなり、俺たちは次第に深い闇の中に呑み込まれて行った。
道幅も徐々に狭まり、車窓から見える景色は、暗い夜空と同化した、黒く、鬱蒼と茂った森林だけとなった。
まるで、墨を流したような夜だった。
「流石にここまでくるといい雰囲気がでるな。」
俺はぼそりと呟いた。
「確かにな。」
倉橋は前を見ながら答えた。
あいりは依然何も言わずに縮こまっていた。
時間を確かめようと、顔の前に手首を出した。
そして、手首の腕時計は、午前二時前を示していた。
草木も眠る丑三つ時か…そんなことを考えていた。
「ほら、もう着くぞ。何だかどきどきしてきたなあ。」
倉橋は白い歯を見せて笑った。
「よし、降りるぞ。」
倉橋は車を停めて、俺たちに降りるよう促した。
ミラー越しに、あいりが小さく頷いたのが確認出来た。
暗くて、表情までは見られなかった。
覚悟を決めて、俺はふうと息を吐くと、車から降りた。
地面は湿っており、ぬちゃりと嫌な音がした。




