第9話 進み始めは戻り始め
タイムリープの最初の実験が終わってから、正也は目に見えて上機嫌であった。
確認できたことも多く、また新たな推測を立てることもできる。
それがとても嬉しかったようだ。
そんなわけで、最近の正也は雄一と一緒にいるときはずっとニコニコと笑っていた。
もちろん、友人が笑顔でいることは雄一にとっても喜ばしいことではあった。
「ねえ、見てあれ。広田くんすごい嬉しそうにしてる」
「ああ、あの二人ってやっぱりそういう・・・・・・」
何やら不穏当な会話が聞こえてくるのを除けば。
他に友達のいない雄一と正也は学校生活のほとんどを二人で過ごしている。
その為か、少し腐りかけた女子生徒たちが二人に対して良からぬ勘違いをしているようなのだ。
正也は気がついていないようなので、わざわざ言うわけにもいかず、一人悩む雄一であった。
それにしても、正也の笑顔は確かにかわいい。
そこら辺の女子には負けないだろーな。
そんなことを考える昼休みの雄一であった。
――――――
「また実験したい」
二度目に過去に戻ってからおよそ1週間が経過した今日。
6月6日の放課後である。
帰りのホームルームが終わった後、いつも通りに雄一の所へ来た正也は、口を開くなりそう言った。
「またしたい、って言われてもな。正直そこまで戻りたい理由も無いし。リスクも高いし」
前回は朱鳥の力になりたい、という雄一にとって明確な目標があったのだ。
その為にリスク覚悟で過去に戻ることを選んだが、何も無しに過去に戻るというのはやはり怖い。
「またしたい、というかむしろ何回でもしたい。だから頼むよゆーいち」
「モルモットか俺は!」
完全に雄一の事を実験動物として捉えてしまっている。
こういう時の正也はかなり危険だ。
「もちろん、ただでとは言わないよ。実は、今回いい方法を考えてきたんだ」
「いい方法? 俺を物で釣るとかか?」
「ふふん。いいかいゆーいち、世の中には物より大事なものがあるんだよ」
自慢気な顔で語る正也。
「何だよ、そんな大事なものって」
「友達さ」
・・・・・・ん? 雄一にはよく意味がわからない。
何故ここで友達が出てくるのか。
しかもさっきまでその友達をモルモットにしようとしていたやつの口から。
いや、まさか捉えようによってはこれはこ、こ、告白!?
頬を染める雄一を気にせず、正也は続ける。
「正確に言えば、信用、や人間関係、かな。つまり過去に戻れることを利用して、周りの人間を助けてあげようって話さ」
どうやら告白ではなかったようだ。誠に遺憾である。
「でも、過去に戻ってどうやって人を助けるんだよ」
「それは相手の問題にもよるだろうけど、まぁ一番簡単なの例はこないだの役所ちゃんの消しゴムの件だね」
なるほど。
無くしたものを無くす前に戻って見つける、これも1つの人助けだ。
何となく言いたいことを理解した顔をした雄一を確認し、正也は続ける。
「無くしたものだけじゃなくて忘れ物を事前に教えてあげたりだとか、やり方はいくらでもある。その辺はぼくに任せてよ」
どや顔をしながら、えっへんと胸を張る正也。
うん、かわいい。
しかし、ここで雄一は一つの問題に気がついた。
「……でも俺達、友達いねえじゃん! どうやって困ってる人を見つけんだよ!」
「安心しろゆーいち。それもすでに対処法を考えてある」
そう言うと正也は、一枚の紙を取り出した。
そこには、相変わらず汚い字でこう書いてある。
部活動許可書
部活名 後悔部
部員 小沢雄一 広田正也
顧問 原文絵
「後悔部って……随分ネガティブな名前だなおい! しかも顧問は魔女かよ!」
「ストレートな方が分かりやすいかと思って。原せんせーは近くにいたから。顧問お願いしたらあっさりおーけーしてくれた」
そう言ってサムズアップする正也。
「部活動って具体的にはさっき言ったみたいにその人の悩み聞いて解決すりゃいいんだよな?」
「その通り。雄一は友達ができるし、ぼくは実験ができるし、うぃんうぃんだろ?」
友達ができるかはわからないが。
これまで高校生活を、単に惰性で過ごしてきた雄一にとって、誰かの役に立てるかもしれないというのは悪くはないことであった。
人間誰しも、面倒に思いながらも誰かのためにはなりたいものだ。
それが自分にしかできないことなら尚更。
ヒーローだって面倒に思うこともあるだろう。
雄一だって誰かのためになりたいのだ。
「もう空いてる教室を借りて部室にしてあるから、早速そこで人が来るまで待機」
正也に引っ張られ、連れ出される雄一。
後悔部。
おかしな名前をした部活の活動が、雄一のおかしな青春が、始まる。