第6話 消しゴムは落とすとよく転がる
「困ったことって、どうした?」
昨日の今日で急な依頼だ。
いつもこの子と関わるの急だな。
少し深刻そうにも見える
「あの、消しゴムを無くしてしまって……貸していただけないでしょうか?」
「へ? 消しゴム? あ、あぁいいですよ。俺、何個か持ってるんで」
消しゴムかよ。
想像していたような深刻な事態ではなく、安心半分拍子抜け半分といったところか。
消しゴムくらい同じクラスの友達に借りればいいのに。まぁ、俺も友達全然いないけど。
困ったことがあったら言えなんて言ったせいで無理に頼みに来たのか? などと深読みしていたが
「ありがとうございます! 助かります。私、友達いなくって」
あ、同類か。
ぼっちの中のぼっち、スーパーぼっちの雄一にも正也や京奈がいるので消しゴムくらいはなんとかなる。
そうなるとこの少女は雄一よりも重症のぼっち、ハイパーぼっちとかなのだろうか。
さらにその上にはマスターぼっちとかいそうだ。なんかすごくダークサイドに落ちそう。
確かに落ち着いた雰囲気で、あまり目立つタイプといった感じもしないこの少女。
だが雄一を越えるほどに友達がいないとなると、流石に少し心配になる。
そんな心配を引きずりつつ、雄一は筆箱から消しゴムを取ってきて廊下で待っていた少女に渡す。
「ありがとうございます。放課後になったら返しますね」
そう言って少し困ったように微笑んだ少女を見て、雄一は思わず時間が止まったように固まった。
――――この子、こんな風に笑うんだ。
少女自身の大人びた雰囲気からは想像してなかった無邪気な笑顔に、雄一の心臓はリズムを速めた。
「? どうかしましたか?」
「い、いや、何でもない。えっと……また後で」
「はい。ありがとうございます」
少し恥ずかしそうに教室へ小走りで戻る少女の後ろ姿を見送りながら、雄一はため息をついた。
まだ心臓の鼓動をはっきりと感じる。
あの笑顔は反則だ。サッカーなら一発レッドというくらいに。
――――――
放課後の始まりを告げるチャイムが鳴る。
教室からは部活動へ行く生徒、帰宅する生徒がぞろぞろと出ていき、あっという間に雄一と正也の二人だけになる。
雄一は思い出したように口を開く。
「そういや何の呼び出しだったの?」
「なんか表彰状みたいなのもらった」
そう言って正也が取り出した賞状には、先月学校で行われた模擬試験の数学満点という文字が太い文字で印刷されていた。
「あーまたそれか」
今まで学校で行われた全国模試で、正也は数学は全て満点をとっていた。満点をとった者に賞状が送られてくることも、最初現物を見て知ったときは驚いたが、回数を重ねるとそれもなくなった。
「それでは早速女子更衣室へごー!」
正也が右腕を握って突き上げる。
「教室に誰もいないとは言え、少し言葉は選んでほしいな俺は。滅茶苦茶気合い入れて良からぬことしに行くみたいじゃねーか」
何も知らない他人からしたら、危ないことこの上ない台詞である。
そんなやり取りをしつつ廊下へ出る。
ドアを開けると、すぐそこには雄一が消しゴムを貸したあの少女が佇んでいた。
少女は慌てたように話し始める。
「あの、すみませんっ! 消しゴムを返しに来て、それでお取り込み中だったようなので……決して何も聞いてませんから! 誰にも言いませんから!」
何か壮大に勘違いされている気がする。
「? だれ?」
正也が尋ねてくる。そういえばまだ話していなかった。
雄一が消しゴムを貸したことをかいつまんで説明すると、正也は何かを思い付いたように軽く上を見上げ
「ゆーいち。良いこと思い付いた」
そう言って子供のように笑うのだった。
―――――――
「それじゃあ、いくぞー」
人のいない女子更衣室に、正也の気の抜けた声が響く。
「お、おう!」
雄一は体を少し強張らせて身構えた。
正也の予想は、雄一のタイムリープは過去に戻りたいと強く思ったことが原因で起こったのでは、というものだ。
たしかに今、更衣室に入っただけではタイムリープは起きていない。
女子更衣室にいるだけでなく、過去に戻るための思いがトリガーになるのか。
雄一は強く思う。
過去に戻りたい。
それと同時に、さっきのやり取りを思い出した。
―――――
「いいことって、一体何を思い付いたんだよ」
雄一が笑顔を見せる正也に尋ねると、顔を近づけてきて耳打ちを始める。
「簡単なこと。ただ漠然と過去に戻るだけじゃなんもない。どーせなら、この子の消しゴムを見つけてあげよう」
「??」
悪戯のネタを話す子どものように笑顔を浮かべながら囁く正也と、首を捻る少女。
正也は真剣な表情を作ってから少女の方を振り向く。
「君、消しゴム無くしたのはいつ?」
「? えっと、今日の1限目が終わるまではありました」
「わかった。君の消しゴム、こいつが見つけてくれるかもしれない」
正也は再びこちらを振り向く。
「と、言うことだゆーいち。よろしく頼むよ」
そう言って正也は、雄一の肩にポンと手を置いた。
――――――――
雄一は思う。強く思う。
過去に戻って、少女を助けたい。
小さなことだが、少しでも自分を助けてくれた恩返しをしたい。
すると、雄一の視界を光が包み始める。
――――――――
「見つけて、くれるんですか?」
少女が雄一を見上げる。
「あ、ああ。見つけるよ。きっと」
期待の目を向けられることに慣れていないので、少したじろいでしまう。
「――助けてもらってばっかでごめん、なさい」
少女は少し俯いた。
たかが消しゴムを探すだけだ。そんなに大したことではない。
まあ、その方法はたしかに大それてはいるが。実験も兼ねて、もともとする予定だったことのついでだ。
いずれにしても、そんなに気にするような事ではないのだが。
「……あ、そうだ。名前! 聞いてなかったから教えてよ。俺、小澤雄一」
その雰囲気を変えたかったから、いや、ずっと知りたかったことを少女に尋ねる。
それを察してか察せずか、少女は少しはっとしたような顔をして。
そうしてさっきとは少し違った笑顔で。
雄一に告げる。
「……あすか、です。役所朱鳥」
――――――
そして雄一は再び過去に戻った。