第5話 恥ずかしさは後から込み上げてくるパターンの方がたち悪い
過去から戻ってきた雄一を待ち受けていたのは
雄一は魔女に説教を受けていた。
過去の世界で視界が光に包まれ、気づいたら魔女の説教を受けていたのだ。
「提出物は期限を守って出すように」
それだけ言って魔女は説教を終えた。
説教を受け終わると雄一は即座にケータイを取りだし、現在の時間を確認する。
「……やっぱりか」
時計はあの更衣室に入った直後の時間を指していた。
どうやら過去から戻って来られたようだ。
「そんでもって未来は、というより今は変わってるってことか?」
更衣室にいたはずの時間に説教を受けている、というのは天国から無間地獄もいいとこだが、それが「今」が変わった一番の証拠だ。
過去に戻って、未来を変えたことで、今の状況が変わった、そういうことなのだろう。
先程の魔女の言葉からもわかるように、遅れはしたがきちんと進路調査を提出することはできたようだ。
そして、雄一自身も今に戻ってくることができた。最悪戻れないことも考えていただけに、拷問を受けたことすら安心できる材料となった。
もしかしたら、先程のは夢だったのではないか、自分は過去になんて戻っていないのではないか。
そんな自問もしたが、京奈に殴られた痣がそれは杞憂だと教えてくれた。
「案外、女の子にも殴られておくもんだな」
聞く人が聞いたら、変態の烙印を押され高校生活が終わってしまうような台詞を呟く。
放課後で、文化部もいないようなこの辺りではそれを聞いてる者もいないはずだが。
人気の無いことを確認し、安心しながら廊下を進むと
「うわっ」
ラブコメの第1話宜しく雄一は、角を曲がるところで人とぶつかりそうになる。
それも見知った相手であった。
この学校ではほとんど知り合いのいない雄一の、数少ない話したことのある相手。
雄一に声をかけてくる。
「あ、す、すみません! 大丈夫ですか?」
突然出てきた少女に驚いた雄一は、持ち前の反射神経を最大限に発揮した回避行動に出ていた。簡単に言うと、反対側の壁に突っ込んだだけだが。
頭から壁に突っ込んで起き上がらない雄一を心配する少女は、先程雄一が更衣室に入る前に、教室で出会った少女だ。
「お、おお、大丈夫。何とか致命傷で済んだ」
突然の再会に動揺しつつ、意識を朦朧とさせながら雄一は何とか顔を上げサムズアップをする。
それを見た少女は、先程教室で出会ったときと同じように目を丸くした。
「そ、そうですか……あ、保健室、行かれます?」
「へーきっす! それよりも何度も驚かせちゃってすいません!」
「え? 何度もって」
そうだ、先程この少女に会ったのは過去に戻る前。恐らく過去が変わったことでこれは雄一とは初対面なのだ。
それを雄一は失念していた。
雄一が厳しい現実を見れるように、優しい言葉をかけてくれた少女。
初めて会ったあの少女に雄一は大きな転機を作ってもらった。
だが、その記憶も、少女にはない。
話している途中に魔女が来て、その後にすぐ過去に戻ってしまったせいで満足に感謝もできなかった。
恩を貰いっぱなしで、しかもそれを相手が覚えていない。でも今いきなり少女にしてあげられることも雄一には思いつかなかった。
だから、雄一はそんな寂しさを飲み込んで、一つだけ。
「あの、俺、小澤雄一って言います。何か困ったことあったらいつでも言ってください。――きっと、きっと助けになります」
自分を見つめる少女に、それだけ告げた。
――――
広田正也。
そう、彼のことについてはまだあまり触れていなかった。
高校2年生。雄一のクラスメイトである。
中性的な容姿で、とても綺麗な髪をしている。その為か、かわいい物好きな女子からも影で人気があるらしい。
天然、と言う言葉では済まないほどに抜けている。いや、そもそも細かいことを考慮することを必要だと思っていないのかもしれない。
ずば抜けた学力を持ち、成績は学年でもトップ。
得意科目は数学。
好きな食べものは甘いもの。
苦手な食べものは辛いもの。
年の離れた姉が二人いて、とても可愛がられているが、それを人に見られるのが恥ずかしい。
あまり自分からは人に話しかけない。
かわいい、と言われるとどうしたら良いか分からなくなってしまう。
そして、雄一の高校での唯一の友達である。
よく晴れた日である。
まだ5月の終わりだと言うのに、正午過ぎの現在の気温は30度近くまで上がっている。
小澤雄一は、机に突っ伏していた。
昼休みを共に過ごす唯一の友人である正也がいない時、雄一は大体こんな感じなのだが。
その正也はと言うと、何やら職員室に呼び出しをされたとかで昼食も取らずに行ってしまった。
暇である。
とても暇である。
友人のいない昼休みというのは、やることもなく、かといって勉強などする気にもなれない。
雄一は、完全無欠に、完膚無きまでに、からっきしに、ものの見事に、暇をもて余していた。
雄一がタイムリープを経験してから一週間が経っていた。
あれから、過去で関わった人物全員に話を聞いたが誰も「大澤雄二」という人物のことも、その行動も覚えていなかった。
正也に聞いてみても、名前はおろかクラスの人数が増えていたことも、会話した記憶も無くなっていた。
つまり「大澤雄二」という存在は、突然過去の世界に現れ、消えた。
居なかったはずのものが現れそれが元に戻っただけ、というのが雄一の、いや、相談をした正也の出した結論だった。
いつもはどこか抜けている正也だが、困ったときの相談には大きな助けとなってくれる。
もともと頭の回転も速く、不思議なことや不可解なことに興味を持つ正也にタイムリープの話をしたのは正解だった。
だが、未だに解らないことが多すぎる。
再現が可能かを調べるためにも、今日の放課後に正也と実験をすることになっている。
また、女子更衣室に入るのは少し忍ばれるが、致し方無いだろう。
別にやましい気持ちがあるわけではないけど。いや、本当に。20割くらいしかない。
突っ伏していた机から顔を上げると、少し離れた席で友達とご飯を食べる京奈と目があった。
すると慌てたように目を逸らされてしまった。先週からずっとこんな様子だ。
まだ、あの時のことを怒っているのだろうか。
過去から戻ってきた後で、京奈の着替えを見ていたのはやはり雄一自身ということになってしまっているようだ。
散々怒ってすっきりしていたかのように見えたが、後になってまた恥ずかしくなってきちゃったパターンなのかもしれない。
まぁ元々見たのは自分な訳だ。そこは否定する気もないし、意外と女の子らしいピンクの下着を忘れる気も全くない。
職員室の正也の様子でも見に行こう。
席を立つと、雄一は廊下へ出て、職員室へ向かって歩き出した。
窓の外に目を移す。
今日は晴天だ。
晴れた日も嫌いじゃなかった。
―――気がする。
窓越しの青空から目を逸らす。
すると目の前には、あの少女がいた。
過去で雄一に言葉を投げ掛けてくれた少女だ。
まだ名前も知らない少女。
「えっと、どしたの?」
そして少女は、少し申し訳無さそうにしながら雄一を見上げ、ゆっくりと口を開いた。
「あの……困ったこと、あります」