幕間 冬休み前の午前授業はテンションが上がる
人にはそれぞれ毎日の習慣、ルーティンというものがある。
大抵の場合、それは何となく始まり、特にやめる理由もないので無意識に続けていくうちに生活の一部になっていることがほとんどだ。
小澤雄一にもそんなルーティンがあった。
考えが煮詰まったり集中して考え事をする時には風呂に頭まで浸かって考える、というものだ。ルーティンというよりはもう癖のようなものであるが、小学生の頃から風呂に入る度に潜って遊んでいたのがきっかけだったように思える。
温かいお湯の中は、気をとられるような音も、余計なものまで見てしまうような視界も、遮り、集中させてくれる。そこで頭もフルに使えるような気がするのだ。
もちろん、気がするだけであるが。
まひろと少しのお喋りをして帰ってきた今日も、雄一はルーティンを行っていた。
畔上は手紙に何を書いたのか。そしてまひろはそれを読んだのか。
――読んで、何を思うのだろう。
一度も会ったことのないクラスメートからの言葉に、まひろは何を思い、どうするのだろう。
もしかしたら、それがきっかけで学校に来れるなんてことも……
そんなことを考え始めたところで息が持たずに湯中から顔を出す。
少し考えすぎた為か、息が上がっていた。
火照った頬を冷たい水で冷やしてから、雄一は再び湯船へと沈んでいった。
――――――
翌朝登校し、教室のドアを開くとすぐに優子が駆け寄ってきた。
「ねえ、昨日の……どうだった?」
周囲には聞こえないような小さな声で尋ねてくる。少し俯き加減に、遠慮気味にしているのを見るとやはり不安だったのだろう。
「ああ、無事受け取ってもらったぞ」
「そ、そう。よかったわ。読んでもらえたらいいんだけど……」
こういうときに相手を少しだけでも安心させられるような一言を添えられない自分が、雄一は少し嫌いだ。
もうすぐ冬休みというところで午前授業となったこの日は、一度帰ってからまひろの家に向かうことにした。午前中に訪ねても、まひろはまだ寝ていることも多い。
普段は週に一度くらいの頻度で訪ねていたが、今日は配布物も多かったし、優子の手紙のことも気になる。
帰って昼食をとり、少し勉強をしてから3時過ぎに家を出る。
なんとなく私服姿で行くのは恥ずかしいような気がしたので、一度脱いだ制服また着直した。
この半年、毎週まひろと会っているが、いつも学校帰りのことだったので、今日は少し浮わつくような、緊張するような、変な感じがする。
スタスタと、いつもの帰り道を逆方向へと歩く。見慣れている景色も何だか逆から見ると新鮮な気もする。
いや、逆から見ているからではなく自分の心持ちが違うからだろうか。
どちらなのかは、雄一にはまだわからない。
まひろの家に着き、ひとつ深呼吸をしてからインターホンを押す。
「なんで深呼吸なんかしてんだ俺……」
いつも通り、少し間が空いてガチャリとドアが僅かに開く。
雄一が一人だということを確認するとドアがさらに開いて透き通るように色の白い背の小さな女の子が顔を出した。
「やっ……ほー」
「テンション高いな今日は」
「……うふ、ふ」
声のトーンは相変わらずだが、まひろなりにご機嫌なようだ。
半年近くもこうして会話をしていると、一見わかりにくいまひろのテンションの上がり方も何となくわかってきた雄一である。
「……二日続けて会うの、あんまり……なかったから……」
なるほど、それに喜んでくれていたのか。
「はは、それなりに楽しみにしてくれてて嬉しいよ」
いつも部屋に籠っていては話し相手もいなくて退屈なのだろう。そんなまひろの日常を少しでも彩っていられるのであれば、雄一としては万々歳だ。
「何だか、勘違い……というか、違う捉え方されてる気がする……」
まひろは小さな口を少し尖らせてむくれて見せる。
しかし、そんなまひろの抗議も、雄一にはこうかがないようだ……
ひこうにじめん、ゴーストにかくとうノーマル……そんな感じである。
「そういや、昨日の手紙読んだか?」
そう、今日来た一番の目的はそれを聞くことであった。
「…………読んだよ」
「おお、そうか」
いつもよりもさらに間が長いのが気になるが、読んではくれたようだ。
「なんか……自己紹介だけで3枚くらい使ってたから、読むの大変だったけれど」
「まじか」
優子の几帳面な性格が出てしまっていたようだ。もう几帳面という言葉だけでは適切なのかもわからないが。
自己紹介にそんだけ文字数かけられるのもすげえよ。エントリーシートか。
「だけど、冬休み終わって、頑張れそうなら、学校……行ってみようかな」
「まじか……まじか!?」
エントリーシートの効果か? 畔上さん半端ないって!!
「……もともと、今の学校では、まだ嫌なこともされてないし……気が向いたら」
「おう! よかった! あ、でも無理すんなよ。本当に気が向いたらでいいから」
「うん……わかった……ゆーいちは、やっぱり、優しいね」
そう言ってまひろは僅かに微笑む。表情の変化の少ないまひろだが、どこかいつもよりも嬉しそうであった。