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女子更衣室は過去へとつながっている  作者: 浅漬け
宿題はギリギリまでやらない下手するとやらない
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幕間 おざわゆーいち15歳

 後悔をしない人生を歩む人間はいないだろう。


 誰しも時間が経てば過去に後悔し、どれだけ恵まれていても自分の今に満足することはない。

 それが未来をより良いものにしようとする努力の理由にもなるのだろう。

 きっとそうやって人は発展を遂げてきたのだ。

 そしてこれからも。


――――――

 

 小澤雄一(おざわゆういち)所謂(いわゆる)「優等生」では無かったが、勉強もスポーツもでき、皆からは一目おかれている。

 小学生の頃から、親が勝手に申し込んでいた毎月の通信教材を、たまにサボりながらそこそこでこなしていたが、特に塾に行ったりだとか授業を真面目に聞いていたりはしていなかった。

 

 特に目標を持ったり、強制されることも無く何となく授業を聞いて、怒られない程度に宿題をやっていた。

 そんな程度で取り組んでいたにも拘らず、中学に入って2回目の定期テストで、学年で一桁の順位に入ってしまった。

 そこで何となく自分は勉強が得意だということに気がついた。それは、この社会で生きていく中で随分とラッキーなことであることもぼんやりと理解していた。

 雄一は特にスポーツ選手になりたいとか、ノーベル賞がとりたいとか、ミュージシャンになりたいとか、小説を書きたいとか、そんなに立派な夢は持っていなかった。何となく、高校へ行って大学へ行って、普通のサラリーマンになって普通に仕事をして、どこかで出会う好きな人と結婚して、それなりに幸せに生きていくのだろうと思っていた。

 そうして普通に生きていくには勉強が得意だということはこの上なく有利に働いていくのだろう。普通も案外大変なのだ。

 

 中学三年生になった今年、雄一はクラスメイト達による推薦で初めて学級委員になった。

 自分の性に合わない、と考えていたが、最高学年として体育祭や文化祭を中心で進めていくのに、雄一のリーダーシップと人徳は上手く機能していた。

 やはり、クラスメイト達の選択は概ね正しかったと言えるだろう。

 雄一のクラスを中心にした青組は、体育祭で見事優勝を飾った。


 体育祭、そして文化祭と主要の行事はあっという間に、雄一が思っていたよりも随分とあっさりと終わっていった。

 ぼんやりと、時間の流れというものを感じる。こうやって人生は過ぎていくのだろうか、なんてことを考えたりする。

 

 段々と空が高くなり、朝に家を出ると息が白く曇るようになってきた。肌が少しかさついてきて、町中には心なしか救急車の音が増えてきた気がする。

 もう12月だ。ケンタッキーのCMがそろそろ煩わしくなってきた。

 雄一の中学では3年生のほとんどの生徒が受験モードに切り替わっていた。部活も引退し、塾や家での勉強のため授業が終わると皆すぐに下校していく。

 放課後になると3年生のフロアは、お祭りが終わってしまった後の河川敷ように寂しい雰囲気に包まれる。


 

 そんなフロアの端の、ペンを走らせる音だけが響く教室で、雄一は作業に追われていた。


「……何でだよ! 俺だって受験生だぞ! 早く帰らせろよ!!」


「仕方ないでしょ、これも学級委員の仕事なんだから」


 毎月廊下に張り替えるポスターに、今月のテーマである「インフルエンザに気をつけよう!」という文句を下書きしながら文句を垂れる雄一に、同じく学級委員の畔上優子(あぜがみゆうこ)が半ば呆れたように言う。

 すでに時刻は四時半を回り、窓には教室内で机を向かい合わせにくっつけて作業をする二人の姿が写し出されている。それに気がつき、優子はすっと目を逸らす。

 

「帰りたい。帰りたいよぉ」


「ダメなものはダメ。大体あなた、そんなこと言って帰ってもどうせ勉強もせずにだらだらするでしょ」


 学級委員として半年以上雄一と過ごしてきた優子は、すでに雄一の性格や行動のパターンを掴んでいた。

 泣き落としが効かないとなると、次の作戦に移るしかない。

 

「いやー、今日の帰りたさはヤバイな。道端でかわいい女の子を見かけても、その子の格好や雰囲気から何となく性格や住んでるところを推測したりすることをしないくらい帰りたいな」


「例えが意味不明な上に気持ち悪いわね。あなたそんなことしてるの?」


「た、例えばだよ」


 必死に弁解する雄一に、優子は訝しげな視線を送る。


 本当、しょうがない人だ。


 何か仕事がある度に面倒くさがって、休み時間はバカみたいに騒いで、友達と遊んで窓ガラスを割って怒られて。

 面倒くさいと言いながら結局残って仕事をしてくれて、体育祭の時は意外と頼りになって、学校を休みがちなクラスメイトの家に、放課後こっそりとプリントを届けに行ってて。 


 こんなに帰りたいアピールをしている今日も、帰りにはあの子の家にプリントを届けに行くのだろう。


 ――本当にしょうがない人。


 

 作業も終わり、暗くなった校舎からさらに暗い外に出ると、肌をさすような風が二人の顔を打つ。


「うわ寒っ!!」


 シンプルな感想が雄一の口をついて出る。言わなくても寒いことは誰もが感じているし、当たり前に冬は寒いものだが。

 それでも言わないよりは幾分か楽になった気がするから不思議である。

 

 一方の優子は、マフラーに顔を埋めながら華奢な体をさらに小さくするように縮こまる。長い黒髪が冷たい風に吹かれ、ふわりふわりと舞っている。

 黒いコートにマフラーに手袋、デニールの高そうなタイツと、校則の範囲内で出来る最大の防寒をしているが、優子はそれでも寒そうに目を伏せていた。相当な寒がりなのだろう。

 そんな優子の様子に耐えかね、雄一は口を開く。


「先帰ってて良いぞ。俺一人で行っとくから」


「で、でも、あなたいつも一人で行ってるじゃない。委員の仕事をした日くらい……」


 言いかけていたところで強く冷たい風が吹き込んでくる。優子は思わず言葉の途中で縮こまった。 

 

 ――そう、一緒の日くらいは。


 六月頃から、雄一は週に一度くらいのペースで不登校のクラスメイト、結城(ゆうき)まひろの家に学校の配布物や授業のノート等を届けに行っている。

 優子がそれを知ったのは、今から一ヶ月前。雄一が職員室まで行って、担任の先生に一週間分のプリントを貰っているのを見たからだった。

 

 雄一のことを見直すと同時に、同じ学級委員である自分に何の相談も無しにそんなことをしていた事に少し腹が立った。

 なんだかモヤモヤしたので自分も一緒に行く、と雄一に言うと、苦い顔で一言だけ


「え、来なくていいよ別に」


 とあっさり断られさらにご立腹の優子であった。

 なんとか粘りに粘って、委員会の仕事がある日くらいはついて行く、というのをこぎ着けて今日が三回目の訪問だ。

 優子はまだ、まひろに会ったことがない。三年生になってすぐに転校してきたまひろは、まだ一度も学校へ来ていなかった。これまでの二回の訪問でも、まひろは顔を見せることはなかった。

 

 だから、まひろがどんな性格で、どんな顔で、どんなものが好きで、どうして学校へ来れないのか、優子はまだ何も知らない。

 雄一は何度か会ったこともあるような話をしていた。どうにかして自分も会いたい。会って話がしたい。学級委員として、クラスメイトとして自分が力になれていないことが、何だかとても申し訳なく感じる。


 

 冷たい風が吹いている。

 優子は、雄一の三メートルほど後ろについて、体を小さく丸めながら歩いていた。

 

「なぁ、そんなに無理についてこなくてもいいぞ。それにお前寒がりだろ」


「さ、寒くなんてないわ。が、学級委員として、ここは退くわけには……ううっ、さむ、いえ、しばれる」


「方言にしただけじゃねーか。誤魔化せてねーよ」


 頭が良いのか悪いのかわからない。成績はたしか良かった気がするが。

 雄一もかなり寒さは感じてはいるが、優子のように縮こまるほどではない。やはり女の子というのは往々にして寒がりなものなのだろうか。知らないけど。


 


「――ほら、無理して風邪引かれても困るし。俺の仕事増えるし」


 歩みを止め、優子の方に向き直って雄一は言う。こいつには、優しさよりも憎まれ口の方が効きそうだ。

 寒がりで強がりなやつめ。


「な、何よ。いつも仕事しないくせに。ちょっと増えるくらい我慢しなさい」


 憎まれ口に憎まれ口で返してくる優子。

 ソーナンスかお前は……というツッコミは心に止めて置いた。

 これ以上寒くなると、本当に風邪を引かれそうだ。


「へいへい。悪かったよ。いーから今日は帰れ。お前の家、こっからならすぐだろ?」


「え……あれ? ここ私の家の近く。あなた、わざわざ遠回りして」


 まぁ、元々連れていく気はなかったし。一応女の子だし、暗い中で一人で帰すのも危なそうだし。


「そんじゃ、またな。風邪引かないでくれよ」


「ま、待ちなさい」


「んだよ。こっからついていくとかは流石に……」


 歩みを止め、振り向こうとした雄一の手を、後ろから小走りで来た優子が掴む。


「違うわ。これ、持って行って」


 そう言って、優子は小さな封筒を雄一に渡す。

 白を基調としたシンプルなデザインながらも、花柄の封緘(ふうかん)シールが女の子の手紙らしさを感じさせる。


「結城さんに、渡しておいて」


「……わかった。任せろ」


 そうだ。優子も優子なりに、仕事としてではなくまひろのことを心配している。

 クラスメイト全員での卒業。学級委員としてクラスの代表として、雄一も優子もそれを強く願っていた。


――――――


 インターホンを押すと、少しの間をおいて玄関のドアが開く。――開く、と言ってもドアはほんの僅か、数センチだけ開かれているだけだが。

 その隙間から見える人影は、ちらちらとこちらの様子を窺っているようだ。


「今日は俺一人だよ」


 安心しろ、という含意で雄一が告げると、ドアが大きく開き、色の白い、背の小さな女の子がフードを深く被り、マスクをしてゆっくりと出てくる。

 

「……本当?」


「嘘ついてどーすんだよ。ほれ、プリント」


 そう言って雄一が差し出したプリントをまひろはおずおずと受けとり、フードとマスクを外す。

 

「……ありが、とう」


「おう」


 最初は雄一を怖がってプリントを受けとることもできなかったが、半年でお礼を言えるようにまで成長した。――まだ目を合わせては言えないのだが。

 感慨深さを感じつつ、雄一はもう一つの渡さなくてはならないものを取り出した。


「これ。もう一人の学級委員のやつがお前に渡してほしいって」


「……なーに? これ」


「手紙だってよ。もし良かったら読んでやってくれ」


 学級委員の相方がまひろを心配しているのは雄一にも何となくわかっている。だからと言って強制して読ませたりするのは余計なお世話だと思うし、このくらい言っておくのがベターだろう。


 うん、わかった、とまひろが頷いてくれたのに少し安堵する。

 

「……そういえば」


 プリントを渡し終えた後も、玄関先で少しおしゃべりをすることがなんとなく最近の決まりになっていた。

 雄一から話すことはあまり無く、いつもまひろが話し出すのを少し待つようにしていた。普段人と喋ることが少ないせいか、まひろは話したいことが溜まっているようだ。


「……今日は、夕飯がハンバーグみたい。……だから、はっぴー」


 話したいことが溜まっているからといって、その内容は必ずしも濃いわけではないのだが。


――――

 

「……ばいばい」


「おう、またな」


 ひとしきりのおしゃべりを終え、満足げに小さく手を振るまひろに見送られながら雄一は玄関先を出た。

 テンポはゆっくりだが、まひろとのおしゃべりは中々楽しいものだ。

 まひろも少しでも楽しいと感じてくれていたら、と思う。

 

 ――そして学校に来てくれたら。

 それが難しいことだと言うのはもちろんわかっている。


 まひろが転校してきた理由、そして学校に来れない理由は、学校でのイジメだ。雄一も詳しくは聞いていないが、特に女子生徒から酷く嫌がらせやイジメを受けていたらしい。

 まひろの身を案じた両親が引っ越しを決め、三年生になった今年に雄一達のいる中学校へと転校してきたのだ。


 だが、転校しただけで心の傷が簡単に癒えることはない。知らない他人と接することはまだまだ難しいだろう。

 雄一とも半年でやっと普通に話せるようになったくらいだ。学校へ来るとなると越えなければならない壁はいくつもある。


 そんな少しの不安と、頬に当たる空気の冷たさに雄一は顔をしかめる。

 さっきは、まひろと話していたときは、ほとんど寒さは感じなかった。

 だが、一人になったせいか、どうしても寒さに意識が向いてしまう。

 来たときよりもさらに暗さが増したような気のする帰路を、背中を丸めて雄一は足早に歩くのだった。

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