第40話 時間はつくるもの
市丸京奈は、高校へはスポーツ推薦で入学した。つまり、学力はほとんど関係なしに部活の成績で合格を決めたわけである。
しかし、雄一や京奈が通う高校は一応進学校というものなので、授業であったり宿題であったりはそこそこのレベルと分量がとられている。さらに、スポーツクラスなども特に設けられていないため、推薦で入ってきた生徒はそこで苦労することになる。
そして京奈も、同様に、例外でなく、御多分に漏れずに、きっちりかっちり勉強で苦労しているのであった。
もちろん雄一も授業なんてほとんど聞いたフリか寝ているかだし、宿題も最近やっと正也のを写して出すようになったくらいではあるが、やはり学力試験を突破しているだけはあって、多少の誤魔化しは利いている。
夏休みの宿題だって、暇な時間を使って8月の中旬にはほとんど終了していた。
が、京奈には、その暇な時間も、最低限必要な学力も無い。部活動は朝から晩までほとんど毎日練習、試合。学力に関しては、一次関数でつまずいているくらいだ。
もちろん、部活動において学校への貢献はしているし、スポーツ推薦の生徒は基本的に留年することもない。
しかし、夏休みの宿題をやらなかった生徒を対象にした補習、これを逃れることはできない。
スポーツ推薦だろうと一般入学だろうと、夏休みの宿題が終わらなかった生徒は、9月に入ってからの体育祭と文化祭の準備期間中、クラスの輪に加わることなく補習が行われるのだ。
雄一も去年はこの補習に引っ掛かり、何だかクラスの一体感からは微妙に外れながら二つの行事をほとんど誰とも会話することなく過ごしたものだ。
つまり、補習になることはイコールで二学期の高校生活が失われることを意味するのである。
雄一と同じクラスになれた今年、京奈は何としてもクラスの行事に参加したかった。
しかし、部活に振り回され、夏祭りを楽しんでいると、いつの間にやら夏休みが終わりかけていた。
そして、部活が休みの今日、後悔部の部室に助けを求めてやってきた、というわけだ。
「さて、どうしたものかな」
正也がうーむと腕を組む。
「ふつーに俺と正也の宿題を写すんじゃダメなのか?」
「確かにそれでも良いんだけど……市丸ちゃん、明日以降の部活の予定は?」
雄一の提案にも、正也は苦い顔のまま京奈に問いかけた。
「えっと、新学期までは毎日練習」
「やっぱり。そうなると、写している時間もない。ぼくたちが写しても筆跡でバレてしまうだろうし」
そうだった。そもそも京奈には宿題をゆっくりとやる時間がないのだ。
夏休みはあと一週間と少しあるが、京奈にとって宿題ができるのは実質今日が最終日、ということだ。
うーむ。俺が過去に戻ったとこで手伝ってやれないしなあ。
やっぱり案としては正也任せになるかな。よし、頑張れ正也、負けるな正也、かわいいぞ正也。
うーん、と腕を組んで考えていた正也が、あっ、と何か思いついたように顔を上げる。
「うん、そうだ。そうしよう。ねえ、市丸ちゃん」
何やらひとりごとをぶつぶつと呟いてから、京奈の方に向き直る。
「過去に戻ってみる?」
そう言った正也の目は、ずいぶんと好奇心に満ちていた。