第39話 わからないことばかり
「へ? なんでその事を」
どうして魔女が過去に戻れることを知っているのだ。しかも、この様子だとそれなりに詳しい知識があるようだ。
正也に目配せをすると、今度はきちんと目を合わせてくる。
一呼吸おいてから、正也が口を開いた。
「今わかっているのは、ゆーいちが女子更衣室に入ると過去に戻れることがある、というだけです」
そして正也は、現状解明できていることの半分も口にしなかった。
まだ、魔女がこのこと――過去に戻れることについて肯定的なのか否定的なのかわからない。もしかしたら、実験すら止められる可能性もある。
正也の言葉を聞いた魔女は、じろじろと正也と雄一を順に覗き込むようにしてからふーむと息を漏らすと、表情をいくらか和らげる。
「まぁあなた達に聞いても本当のとこまでは話さないのはわかっているわ。別に過去に戻るのを止めるつもりもないし。つまんなそうに学校来てたあんた達が、せっかく少しはましな顔になってきてるしね」
あれ? なんか思ってた感じと違うな。
もっとこう、止められたり、尋問されたりするのかと……
「小澤くん、何変な顔してるのよ」
「い、いえ、何でもありません」
やべ、顔に出てたか?
「なんだか、普段は厳しくて理不尽だと思ってた担任が意外な放任主義と優しさを見せたことに驚いたような顔をしてたけど、まぁ良いわ」
「心を読まないでください!」
エスパーかよほんとに。たしかに魔女だけども。
「とにかく、あなた達の活動や行動を否定する気も止める気もないわ。一応、後悔部の顧問も引き受けているし、困ったことがあったら相談に来なさい。多分あなた達の知らない部分も教えてあげられることがあると思うから」
あれ? なんかすげえ頼りになる。まるで顧問の先生みたい!
どうやら、魔女は女子更衣室から過去に戻ることについて、それなりに知識があるようだ。もしかしたら、いや、きっと今までの後悔部での実験でわかったことよりも多くの知識。
「おい、正也。どうせなら魔女の知ってることを片っ端から教えてもらおうぜ。そうすりゃわざわざ実験なんてしなくても……」
やっぱり世の中効率が大事だ。きっと正也も話にのって来てくれるだろう。
そんな考えで、正也に耳打ちをする。
が
「いや、魔女には何も聞かない。少なくとも現時点ではね」
正也は首を縦には振らなかった。
「過去に戻れるなんて非常識な現象、そんな簡単に法則がわかるとも思えない。魔女が持っている知識が正しいのかどうかもね。それに――」
「それに?」
「自分で解き明かすからこそ、面白いこともあるじゃないか」
そう言って正也は不適に笑う。
ああ、そういやこいつはそういうとこあるんだった。
周りからは遠回りに見えても、いつも正しい道を選ぶ。こいつはそんなやつだった。
「そう。それじゃあ、私からは何も言わないわ」
そんな正也の様子を見て、魔女も笑みを浮かべる。
この人、わかってて質問しやがったな。相変わらず底意地の悪い人だ。
――でも
生徒のことはちゃんと見てんだな。
魔女の不適な笑みに、どことなく生徒の成長を楽しむ教師のような側面を感じ、雄一も少し笑った。
――――――
「というわけで、早速実験に移ろう」
魔女が部室を出ていってからしばらくたつと、正也は満面の笑みを浮かべてそう始めた。
「結局被験者は俺なんだよなあ」
あくまでも聴けんな役回りは雄一の仕事。それは変わらなさそうだ。
「と、言っても依頼もないのにどうやって過去に戻るんですか?」
朱鳥がはい、と手を挙げてから質問をする。
うん、と頷いてから正也は黒板に何やら書き始めた。
「今解明できていることはこれだけ」
・過去に戻る方法。女子更衣室で過去へ戻りたいような後悔を強く思う。
・過去に戻ると、小澤雄一ではなく「大澤雄二」という別の人間として存在することになる。
・過去では雄一として認識されないが、見た目にも変化はないようだ。
・しかし、過去でも女子更衣室にいる間は「小澤雄一」として認識される。
・過去から戻ると、「大澤雄二」という人間の記憶は雄一本人以外の全ての人間から消える。しかし、「大澤雄二」の行った事は消えない。これによって過去を改変することができている。
「そして、ぼくの今の疑問点はこれ」
・過去に戻ってから、もう一度過去に戻ることは可能か。
・過去に戻り、「過去の小澤雄一」と接触するとどうなるのか。
・どれだけの過去にまで戻れるのか。
つらつらと、黒板にそう書いていく。
すげえ、ここまで考えてたのかよ。
頭の回転の速さと共に、正也のその知識欲にも驚かされる。
そして、正也はそこまで書くと少し迷ったように一度チョークの動きを止める。
しばらくの沈黙の後、最後にこう書いた。
・雄一以外でも過去に戻れるのか
はっ、として雄一は少し体が強張るのを感じた。
今まで意識することの無いようにしてきた、一番の疑問点。それが、ここで突きつけられた。
果たして、今までやってきたことは雄一にしかできないことだったのだろうか。
誰でもよかったのではないか。
誰にでもできたのではないか。
もし、そうなのだとしたら。
何故自分はここにいるんだ。
そんな不安が、疑念が、疑惧が、憂慮が、雄一の心でごちゃごちゃと混ざっていく。
そして、そんな折りに。
後悔部の扉は、ノックされた。
扉を開くと、女子生徒。
「ど、どうしよう。夏休みの宿題が終わらないよお」
市丸京奈が眼に涙を浮かべながらそう訴えてきたのだった。