第38話 何か心当たりがあるでしょって言われるとまるで走馬灯みたいに今までの悪行が甦ってくる
その日、その夜見た花火は、いつか見た花火とは違って見えた。
美しく見えたのか、儚く見えたのか。
それはハッキリとはしなかった。
ただ、二人で見るのと一人で見るのでは、同じ花火もこんなに変わるものなのだと。
夜空を見上げながら、そう感じた。
――――――
電話が鳴っている。
もぞりもぞりと体勢を変え、その音に耳を傾ける。
呼び出し音からして、自分のケータイではなく家の固定電話だ。
誰も出ない、ということはおそらく今家には他に人がいないのだろう。特に物音も聞こえない。
居留守を使ってもいいのだが、後から気になって二度寝が上手くいかないのも嫌だ。
半分寝惚けながらどうにかベットからずるりと這い出し、そのままふらふらとリビングへ向かう。
「夏休みだってのに誰だよ……はい、小澤です」
そう、今日も今日とて夏休み。八月ももう二十日、休みも残すところあと一週間と少しである。
安眠を無理やりこじ開けてきた電話の相手に文句を垂れつつ、受話器を取り少し不機嫌に電話に出る。
『小澤くんね? 担任の原です。お話があるので今から学校に来てもらえないかしら』
電話口から、矢継ぎ早にそれだけ告げられると、返事をする間もなく電話は切られた。
ツー、ツー、と話中音だけが空しく流れている。
話の展開の急さに、寝ぼけた頭がついていかない。
全く、訳がわからなかった。
どうしよう。行くべきか?
そりゃ行くべきではある。でもめんどくさいなあ。
こういった状況におかれたとき、雄一がとる行動は一つだ。
怒られるのが怖いのでとりあえず行く。
何だかんださぼる意気地がない辺り、小物感が増してしまっている。
二度寝をして、ゆっくりだらだら過ごそうという雄一の一日は、どうやら訪れそうになかった。
―――――――
「ゆーいち、遅い」
「小澤くん、遅いですよ」
部室に入るなり、正也と朱鳥の声が飛んでくる。
朝からうるせーやい。
「……寝起きで無理矢理来させられたんだよこっちは」
もちろんそのまま真っ直ぐ来たわけではない。
バックレてしまおう、なんてことも考えはしたが、流石にそれをやる度胸も雄一には無い。
出来るだけだらだらと準備し、途中でコンビニによって飲み物とアイスを食べながら来る、なんていう抵抗が雄一の精一杯であった。
この上なく意味のない抵抗ではあるのだが、少しだけ自分の面倒くささは誤魔化せた気がする。
いや誤魔化せねえよ面倒くさいよ。
「魔女から何か聞いた? ぼくたちも学校に来てからまだ魔女と会ってないんだけど」
正也が冷蔵庫から出した棒アイスをほれ、と差し出してくる。
こういう細かい優しさが正也の良いところだ。かわいいんだよこいつめ。
「いや……特には」
こういった棒アイスを開けるとき、ポン、と袋を破裂させなくなったのはいつからだったろうか。
大人になってしまったなぁ……
そんなことを考えながら、アイスを頬張る。
ホワイトチョコでコーティングされたシンプルなイチゴのかき氷風のアイスだが、中から出てくる練乳が少し特別さを感じさせた。
さっきコンビニで食べたのはフルーツ味にしておいてよかった。別に同じ味でも良いんだけど。
アイスはいくつ食べてもうまいなあ。
「で、ゆーいち、魔女は大丈夫なの?」
練乳の甘味に包まれ、細やかな幸せを感じていると、正也が一つで三百円くらいする小さめのカップアイスを食べながらそう切り出す。
あ、俺にはそれを選ばせてくれないのね。
「大丈夫って?」
何の話だっけ?
「……忘れたの? ほら、この間の監査のときの」
「この間の……監査」
監査、何週間か前にあったな。
あのいけ好かない、偉そうな生徒会長。
真中碧が仕掛けてきた、部活を潰すための策略。魔女のお陰で何とか廃部にはならずに済んだのだった。
監査、魔女、監査、あ……女子更衣室。
「そうだった。しまった! ノコノコ学校まで来ちまった!」
女子更衣室から出るところを魔女に見られてから、特にお咎めはなかった。しかし、わざわざ学校に呼ばれた、ということはつまり……
「……説教、とかかな?」
「それだけで済めば御の字。下手したら停学、退学もあるかも」
た、退学!?
つまりはリストラ、晴れて雄一は中卒無職となるわけだ。
学校に行くこともなく家で毎日引きこもってダラダラとしている自分を想像する。
あれ? 悪くないかも。
むしろ何もしなくて良いなんてめちゃくちゃラッキーじゃあないの。
「小澤くん、何だかニートも悪くないなんて考えてそうですね」
「たしかに。むしろ何もしなくて良いなんてラッキーくらいに考えてそうだね」
「勝手に人の心を読むんじゃねえ!」
頷き合う朱鳥と正也。
エスパーかお前ら。雄一はおそらくあくタイプだろうから相性は良いはずなのだが……
いや、存在感の無さからして、ゴーストタイプか? 特技がないからノーマルかもしれない。はかいこうせんとか絶対ノーマルな技じゃないでしょ。
そんなやり取りが終わるか終わらないか、といったところで、部室のドアは開かれた。
ノックもなく、全開になったドア。こんな開け方をしてくるのは一人だけだ。
「お待たせしたわね」
そう言いながら、魔女は部室に入ってくる。
長い黒髪と、それに相反するかのような白い肌。キリッとした目尻に皺は一つもない。本当に何歳なんだこの人は。
「早速だけど、監査の時にあったことを聞かせてもらっても良いかしら」
間髪を入れず、長い黒髪をかきあげながら魔女が切り出す。
「うっ……」
やっぱり見られてたか。女子更衣室から出るとこだけ見れば、完全に変態だよなあ。
女子更衣室侵入罪とかで退学になったりするのだろうか。女子更衣室侵入罪ってなんだ。
ちらりと正也に目配せをする。
どうする、どこまで話す?
あっ、目逸らしやがった。おい! こっち向けよ!
「すまんゆーいち。犠牲になってくれ」
なんか不穏当な呟きが聞こえてきたんだけど!
くそう。とりあえず、なんとか言い逃れしないと。
「え、えーとですね。ちょっと教室を間違えてしまって……」
「は? あなた何の話をしているのよ」
魔女が呆れたような顔で聞き返す。
流石に苦しい言い訳だったか……
「そっちじゃないわ」
え? そっちじゃない?
他にも僕何かしましたっけ?
どっち? どれだ!? どれ? どれどれ? どれ……み? おじゃ魔女?
どっきりどっきりDON DON!! と過去の様々な悪行を回想していると。
「で、あなた達はどこまで知っているの?」
魔女が、少し声を潜める。
「どこまでっていうのは……」
どこまで? 更衣室のどこまでってこと?
「いやあ、流石にそんな隅々までは……」
そんな雄一に、魔女はため息をついてから。
「過去に戻ることについてどこまで気づいているのという話よ」
女子更衣室へ入ったことでも、階段の下から女子のスカートを覗いたことでも、数学の宿題を毎回写していることでも、国語の授業で起きていたことがないことでもなく
そう、質問をしてきたのだった。