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女子更衣室は過去へとつながっている  作者: 浅漬け
人混みは苦手
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第37話 お祭りは苦手

 ほとんど日も落ち、暗くなりかけてきた道を雄一は走っていた。

 夏服とはいえ、やはり制服は動きにくい。それでも足に馴染んだローファーをパカパカ鳴らしながら何とか進んでいた。


 すでに集合時間は過ぎている。

 駅で人混みの中でキョロキョロと不安そうにしている京奈の姿が頭に浮かぶ。少しでも早く着かなければ。


 駅までは走ればあと5分ほど。学校からノンストップで走り続けてきたが、交差点の信号でようやく止まった。

 息が切れ、心臓の鼓動が頭まで響いてくる。

 日頃の運動不足か。走るのはそこまで苦手では無かったが、やはり体力は中学の時よりも落ちている気がする。


 ケータイを取り出し、時刻を確認する。遅れるとは連絡したが、集合時間をもう10分ほど過ぎている。

 早く行かねーと。


 と、ケータイのバイブレーションと共にメッセージが表示される。

 差出人は京奈。そのメッセージを見て雄一は目を見開く。


『ゆーくんごめん迷子になっちゃった』


 スタンプはついていなかった。


――――――


 少し悩んでから雄一へとメッセージを送ると、京奈はため息をつく。

 身長のあまり高くない京奈は、人混みで周囲も良く見えない。

 ここはどこなんだろう。考え事をしていたせいか、どっちから来たのかもわからなくなってしまった。


 私、バカだなあ。方向音痴なことなんてもうわかりきっているのに。

 すぐに周りが見えなくなって、いつも考えが足りなくて。


「どうしよう」


 せっかくのお祭りなのに、このままゆーくんと会えなかったら……落ち込んでいた気持ちが更に沈んだ気がした。

  

 最近悩んでいた様子の雄一を、少しでも元気付けてあげられたら。

 時々悲しそうにする雄一を、少しでも笑わせてあげられたら。

 

 そう思って誘った夏祭りだ。 

 無論、単純に雄一とお祭りに行きたい、という気持ちもそれと同じくらい大きいのだが。


 焦っているような、落ち込んでいるような、心臓が高鳴ってしまうような、ため息が出てしまうような。

 そんな矛盾した、しかし確実にネガティブではある感情に包まれる。

 

「ゆーくん……」


 はっとなり、思わず口をつぐむ。

 こんなときでも私はゆーくんを頼ろうとしてた。

 部活でも、きっとそれ以外でも色んな人から頼られて、それで一杯一杯になってしまってる。

 それがわかってるから、少しでも楽にしてあげたいと思っていたのに。

 自分のバカさ加減に再びため息が出た。



 ヴーン、ヴーン、とポーチの中身が震える。

 落としそうになりながら、慌ててケータイを取り出すと、着信を知らせる画面に『ゆーくん』と、大きく表示されていた。


――――――


 十数回の呼び出し音のあと、市丸

は電話に出た。


『……ゆーくん?』


「市丸、大丈夫か?」


『ゆーくん、ごめんね。私……』


「謝るのは後でいいから! いや、むしろ俺が謝んなきゃだし……今、どこかわかるか?」


『ごめん。どこだかよくわかんない』


 謝らなくていいと言ってても謝ってしまうとき、人間だいたい落ち込んでいるもの。このままほっとくのが更に心配になる。

 駅を過ぎ、雄一は祭りの会場である川沿いの歩行者天国へと向かう。


「わかった。落ち着け市丸。駅がどっちだかわかるか?」


『……わかんない。お店がいっぱいある。あとは浴衣を着た人もいっぱい』


 あまり期待せずに質問をしたが、案の定の返答だ。ヒントは期待できないか。

 歩行者天国は、かなりの人で溢れていた。

 お祭りってこんな人混みになるのかよ。そりゃ行かなくて正解だ。

 

 人混みの苦手な雄一は、毎年夏祭りのこの時期も家でのんびりと過ごしていた。家からも花火は見えるので、それは毎年少し楽しみにはしていたが。


 学校から直接走ってきたのもあり、かなり息が切れてきた。

 ゼー、ゼー、と体全体で息をしながら人混みを掻き分けていく。

 通りすぎていく人達からは随分変わった人間に見られているだろう。だがそんな場合ではない。


「ハア、ハア、市丸、その場からあんま動かなくていい。なんか、目印になるようなもん、あるか?」


『うん、わかった。たこ焼き屋さんと、チョコバナナ屋さんと……』


 たこ焼きとチョコバナナか。

 歩行者天国に入ってすぐに通ったな。あまり、近くに似たような店が並ぶこともないだろう。

 おそらく進んでいけば二軒目がある。


 周囲の店を見回していると、前から歩いてきた人とぶつかってしまう。

 

「あ、すいま――」


「あ? 何ぶつかってんだテメーは」


 ヤバい。苦手な人種ランキング上位にランクインしてるDQNにぶつかってしまった!

 おそらく海にでも行ったのだろう、かなり日焼けをしたDQNだ。しかも3人。ダグトリオかよ。

 だからお祭りは嫌なんだ。何でこいつら授業もまともに行かないくせにこういうイベントは皆勤で参加なんだよ。

 ちなみに俺はどっちも行かないんだけどね!


「すみません。今急いでまして」


「だからどーした。前くらい見て歩けねーのかよ」


 DQNその2が口を突っ込んでくる。

 お前らだって前見てたんなら避けれんだろ!

 という台詞が喉元まで出かかったが、なんとか飲み込む。


「本当すみません。そこ、通してください」


 人混みで道も狭いので避けていくこともできない。気持ちをなんとか抑えて頭を下げる。


「チッ」


 舌打ちするとDQNその1が雄一の腹を思い切り蹴飛ばした。

 雄一がその場に倒れ込むと、3人は笑いながらスタスタと歩いていった。


『ゆーくん? なんかすごい音したけど大丈夫?』


 電話口から京奈の心配そうな声が聞こえてくる。


「……あ、ああ。大丈夫大丈夫。ちょっとケータイ落としちゃって。悪いな、すぐ、行くから」


 何とか立ち上がると、再び雄一は歩き始める。


『ごめんね。ゆーくん。お祭りなんて好きじゃないのに』


「何言ってんだ。俺は、お祭り、大好きだぜ。たこ焼きも好きだし、花火だって毎年見てんだ」


『最近、ううん、高校に入ってからずっと何か悩んでるみたいだったから。少しでも元気になってもらいたくて。こんなんじゃ、逆効果になっちゃうかな……』


 ぐすん、と鼻をすするような音が電話口から聞こえる。

 え、泣いてんの?


「おい、市丸――」


「ぐすっ、私、ゆーくんに助けてもらってばっかで、ぐすっ、何もできてなくて……」


 時おり嗚咽の混じった声に何となくだが京奈の心情が伝わってくる。

 

「そんなことねえよ」


『ぐすっ……でも』


「市丸。俺だって、その、なんだ。……お前に、励まされることもあるんだぞ」


『えっ?』


「俺は友達も少ないし、周りからの信用もない。勉強だってできないし、学校もできれば行きたくない。だけどな――」


 言っていてなんだか恥ずかしくなってきたが、構わない。市丸を励ますためだ。


「――だけど、そんな俺でもこうして学校に来て、曲がりなりにも誰かを助けるなんてことができてる。それはやっぱりいつもお前が話しかけてくれたり、連絡くれたりするのが大きい……と、思う」


『……ゆーくん』


 我ながらハッキリとしない慰め方だ。


――――――


「ゆーくん」


 電話口にそれだけ呟く。

 いつもそう。ゆーくんは他人を励ますときにちょっとだけ自分を傷つけている。

 もっと自分を大切にしてほしい。

 だけど、励まされた人はきっと、皆こうやって救われてるのだろう。


『……市丸、大丈夫、か?』


 心配そうな声。

 大丈夫なんかじゃなかったけど、大丈夫になっちゃった。


「うん、へーきだよ。ありがとう」


『そ、そうか! よかった。え、えーと、近くに他に目立つようなもの、あるか?』


「うーん、なんだろう」


 ドーン。


 辺りを見回そうとしたとき、頭の上から大きな破裂音がして思わず少し縮こまる。

 すると、少しして周囲から感嘆の声が上がり始めた。


『あ、花火……』


「花火、だね」


 電話の向こうの雄一もきっと同じ花火を見ているんだろう。思わず京奈は空に舞うその光に目を奪われる。


『花火、そっからも見えてるか?』


「うん、見えてるよ。あと、綿菓子屋さんと。あ……」


 目線を戻すと、目印はすぐに見つかった。

 目立つもの、ちゃんと目立つものが近くに。


『綿菓子か。なんか綿菓子の匂いするな。もしかしたら近くに――――』


「それと、ゆーくんが見える」


 そう言って、京奈は電話を耳から離し、右手をだらんと下に下ろす。

 目の前には、息を切らしながら辺りを見回している少年の姿があった。


 少年は、こちらに気がつくと、深くため息をつく。


「市丸……」


「えへへ。ごめんね、ゆーくん。あと、部活おつかれさま!」


 自分にできるだけの精一杯の笑顔。

 うまく笑えたろうか。


「俺の方こそ、遅れてごめん。それに格好もこんな……お前、浴衣で」


 何やら言葉にならない。

 ほとんどジャージか制服姿しか記憶にない市丸の浴衣姿。

 何て、褒めたらいいんだろうか。


「似合ってる? なーんて……あ、花火! おっきいね!」


 恥ずかしいのとドキドキするのを堪えて聞いてみたけれど、やっぱり耐えきれずに目を夜空に向ける。

 何だか喋るのが難しい。


「すごーい! ハートだったよ! ゆーくん見た?」


「あ、ああ。……綺麗、だな」


 そう呟いた雄一の視線が、自分に向いていることに京奈は気づかなかった。

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