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女子更衣室は過去へとつながっている  作者: 浅漬け
人混みは苦手
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幕間 トアルコイブミ

 いつからだろう。

 気がつくと君を探してしまうようになったのは。


 最初に会ったのは、前の日までの大雨の予報が外れて、ちょっぴり雲がかった中学の入学式の日。

 硬めで大きな、初めての制服に朝から子供みたいに浮かれてた私は、あろうことか校舎でお母さんとはぐれてしまった。

 そろそろ式も始まろうかという時間帯にもかかわらず入学式はどこでやるのか、そもそも自分は今どの辺りにいるのかもわからない。


 このまま入学式に出られなかったら。

 もしかしたら中学校に入れなくなるかもしれない。そしたらこの制服ももう着られない。

 

 ――それだけじゃない。

 いつもしっかりしていて頼りになるのに、ここ数日はほんのちょっぴりだけ強張った顔つきで何やら忙しそうにしていたお母さんのことを思い出す。

 娘が中学校に入れないと知ったらお母さんはさぞやガッカリするだろう。そんなお母さんの顔を想像するだけで、背筋がゾッとした。

 時間は確実に過ぎていき、人気は段々と減っていき、私はどうしたら良いのかわからなくなる。

 壁についた大きな時計の秒針が、音をたてて私を急かしている気がして、心臓はそれよりもずっと早く動いて。


 ――――誰か、助けて。

 叫びたくても、体が震えて声が出ない。

 どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう。


 不意に前から、時計の音を遮るような、調子の外れた声が聞こえた。

 まるで人を気遣っていないような、無遠慮でぶっきらぼうなその声は、なんだかとても私を安心させてくれた。


「お前、迷子?」


「……うん、迷子」

 

 これが君との初めての会話。


 そうか、それだけ言うと君はそのまま体育館まで一緒に連れてってくれた。

 二人だけ遅れて入場したから、保護者席の間を通るときにずいぶん目立っちゃった。ごめんね。


 同じクラスになれたのはすごく嬉しかったな。出席番号は君が私の一つ後。 

 テストや、体育館での集会の時は君は私のすぐ後ろに座っていて、なんだか緊張して後ろを振り向けなかった。

 逆だったら良かったのにな。そうしたら、ずっと君を見てられるのに。

 

 初めての遠足で、君と同じ班になれた。

 くじを引い時は嬉しくて、でも誰に言えばいいのか、どうしたら良いのかわからなくなって。思わず廊下でガッツポーズしてたら「何してんの」って友達に笑われた。

 楽しい遠足になるといいなって、何日も前から天気予報を見て、晴れの予報なのにてるてる坊主をたくさん作って、お菓子もたくさん買って、前の日は全然寝れなかった。


 待ちに待った遠足。学校からのバスの中でも私はそわそわしていて、ガイドさんの話も耳に入ってこなかった。

 行き先である東京の街の中で、馴れない都会の景色とそれ以上に君と一緒の遠足に夢中になっていた私はいつの間にか一人はぐれてしまった。

 お母さんによく言われる、ほーこーおんちとかいうやつなのだろうか。私は、よく迷子になる。

 でも遠足での迷子はいつものとは訳が違う。

 行ったことも無い都会の町で、テレビでしか見たことのないようなおっきなビルに囲まれていた。歩いても、歩いても、そこから抜け出せない。

 通り過ぎる人達はこちらに目もくれず、腕時計を気にしながら足早に去っていく。無機質な建物達は、よそ者の私をただただ無言で見下ろすだけだった。

 

 周りにはには大勢の人がいるのに、まるで一人きりの世界に閉じ込められたようだ。

 もうずっとここから出られないんじゃないか。溢れそうになった涙を、お気に入りのシャツの袖で抑えた。

 そんな時に限っていつもより綺麗に輝いている夕焼けが、ちょっと嫌いになりそうだった。


 そんな気持ちで夕焼けをにらんで、涙が出るのを我慢してたら


「市丸!」


 いきなり後ろから、いつも後ろから聞こえる声がいつもの呼び方で、聞こえてきた。


「え? ……小澤、くん?」


 そこには、息を切らしてる君がいた。


 こんなに広い東京の街で、迷子になった私を君が探して見つけてくれた。きっとそれは宝くじの1等何かよりもずっとずっとラッキーなことだっただろう。

 もちろんこのときの私に、そんな余裕はなかったけど。


 息を切らして、少し安心したような顔をしてる君を見たら、我慢してた涙が湧き水みたいに溢れてきた。悲しいからだろうか? 嬉しいからだろうか?

 入学式の時以来、君に迷惑をかけないようにしなきゃって思ってたのにまた助けてもらって。そんな自分が悔しくて。


 だけど。

 その100倍くらい、安心した。

 その1000倍くらい、嬉しかった。


 君の服の裾を掴んで、私はきっとそのくらいの比率で涙を流してた。



 それから君のことをもっともっと知りたくなって、君のことを考えると何だかわた菓子みたいにふわーっとした気持ちになって、君を見ると胸の奥が少し苦しくなった。


 少しでも君に特別な事がしたくて、君の小学校からの友達が呼んでるのを真似して、あだ名で呼んでみるって決めた。

 最初に呼ぶときはすごく緊張した。

 それまで名字に「くん」をつけて呼んでただけだったから、変に思われないかな、とか反応してくれないかな、とか色々考えて。できるだけさりげなく、自然に呼べるようなタイミングを探して。

 1ヶ月くらい家で一人で練習して、だけど勇気が出なくて全然呼べなくて。

 

 文化祭のクラス合唱の練習で放課後君が一人でいたとき、合唱だと怒られちゃうくらいビブラートのかかった声で、呟くようにやっと呼べた。

 君はちょっとびっくりしながら、だけど笑ってちゃんと振り向いてくれた。

 それから、私は君をあだ名で呼ぶようになった。


 中学校ではそれから君と同じクラスにはなれなかった。クラス替えの発表の時はそれから2回ともすごく落ち込んだ。

 同じクラスでもそんなに喋れなかったのに、違うクラスになったらどうしよう、って不安になって。


 だけど、友達とおしゃべりしてる休み時間や、部活で疲れた帰り道で、君を見るとそれだけで何だかその日が良い日だった気がして、それだけで心が満たされていて。


 やっぱりちょっとだけ、胸の奥が苦しくなった。


 そうして時が過ぎていって。


 高校受験の時期がやって来た。

 君は勉強の成績も良かったから、受験する高校を知ったときも驚かなかった。

 バカな私には、どれだけ勉強しても入れないような学校。

 君が遠いとこに行ってしまう。

 

 ――――そもそも近づけたことなんてあったのだろうか。

 あきらめたほうがいいのかな、なんて考えがジリジリと頭の中に広がっていく。

 

 だけど、やっぱり。帰り道で君を見たら、廊下で友達と笑ってる君を見たら、体育祭で走る君を見たら、あきらめるなんて考えは風に混ざってどこかに飛んでいった。


 もう少しだけでも、あと三年だけでも。

 やっぱり、私は君といたい。


 地元で一番の厳しい塾にでも通う覚悟で、どうにか入学する方法を調べていると、その高校にはスポーツ推薦があることを知った。


 こんな私にもちょっと得意なことがある。

 テニスをやっていたお父さんの影響で小学校からやってきたテニス。コーチは厳しいし、日焼けで真っ黒になるし、大変なことばっかりだったけど、中学最後の大会では、全国大会でベスト8に入ることができた。

 これだけは、少しだけ胸を張っても良いよね。私は初めてテニスに感謝した。

 

 好きな人と一緒に過ごしたい。これって不純な理由かな?

 だけどそれでも、私は君と居たくて。

 だから皆が引退してからも、必死でボールを追いかけて、精一杯ラケットを振った。


 1月の下旬、一般の入試より一足先に推薦の合格発表があった。

 結果は何とか合格。実技試験の方は余裕だったけど、筆記試験もあるなんて聞いてなかった!

 それから一月すると一般入試があり、すぐに合格発表。

 君の成績なら余裕だったからか、合格してもそんなに喜んでなかった。

 でも、私は本当に嬉しかった。たぶん、県大会で優勝した時よりも。


 それからあっという間に卒業。

 君と出会えた中学にお別れをした。






 

 高校生になった。

 私はスカートの丈が短くなって、見慣れた中学のとは別の制服を着る君はなんだか大人びて見えて。

 そして、あまり笑わなくなっていた。

 

 私はバカだから、君がどうしてあまり笑わなくなったのかとか、時々悲しそうな顔をするかとか、理由はわからない。

 君もたぶん何かに悩んで、困ってるんだと思う。

 それが何かはやっぱりわからなくて。

 あっという間に1年が過ぎた。

 何も聞けないまま、何も言えないまま。

 そんな自分が嫌で、それをごまかしたくて、必死に部活に打ち込んだ。


 何てことないことなら話せるのに。

 頼るのはこんなに簡単なのに。

 君に頼られるのはとても難しいんだね。

 大事なことは何も言えない。


 だけど――――


 だけど、いつか私を頼ってね。

 あの時、私を見つけてくれたみたいに。

 きっと、私が君を見つけるから。

まだ君には渡せない

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