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女子更衣室は過去へとつながっている  作者: 浅漬け
人混みは苦手
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第36話 髪のセットは他人にやってもらった時のほうがなんか良さげな気がする

「完全にわすれてた……」


 思わず雄一は呟いた。


「? どうしたの? ゆーいち」


「……今日、市丸と夏祭りに行く予定なんだった」


 もちろん女の子と出掛けるなんて滅多にないことだし、今朝までは完璧に覚えていた。

 一応持ってる中ではそれなりに格好良さそうな私服も用意して、監査が終わったら一度帰って着替えるつもりでいた……が。


「待ち合わせまで、時間がねえ!」


 智樹や魔女の乱入などもあり、思いの外時間を食っていた。

 京奈との待ち合わせの駅は雄一の家から学校を挟んで逆方向。一度帰ったら時間は倍以上かかってしまう。

 

 仕方ない、直接行くか。学校から待ち合わせの駅までは歩いて20分ほど。

 市丸は多分私服だろうけど、まあいつもジャージとか着てるし制服で一緒にいても何とかなるだろう。


「それじゃあ、もう行くわ!」


 部室から駆け出そうとする雄一。

 しかし、背後から腕を掴まれ、その場に留まる。


「待って!」


 朱鳥が強く腕を掴んで雄一を止めていた。

 普段と違い、強い語気に少し動揺する。


「役所?」


 雄一が振り向くと、少し目を逸らしながら


「……髪、ボサボサなんでセットしてあげます」


 何だか恥ずかしそうに、朱鳥はそう呟いた。


――――――


「いやー、役所が髪の毛セットできるなんてな」


「小澤くんが気を使わな過ぎなんですよ。せっかくのデートなのに、嫌われちゃいますよ?」


 雄一の能天気な質問に答えながら、朱鳥は部室にあった霧吹き、コンパクトサイズのドライヤーとワックスで雄一のボサボサ伸びた髪を手際よく整えていく。


「で、デートじゃねーし」


「小澤くんがそう思ってなくても、相手はどう思ってるかわかりませんよ?」


 雄一は言い返すことも出来ずに黙って自分と朱鳥を映す鏡に目を向けた。

 何だか今の朱鳥とは話しにくい。


「よし、と。はい、カッコ良くなりましたよ」


 最後は手串で少し髪を散らして、朱鳥がポン、と雄一の肩を叩く。


「……おう、ありがとう」


「全く、今度からちゃんとしなきゃダメですよ。会ってくれなくなってからお洒落になっても遅いんですからね」


「へいへい。そんなんじゃねえってのに」


 お母さんか! 同い年の癖に、たまにお姉さんみたいに説教してきやがって。

 まあ、それで助かってる部分も大きいけど。


「ゆーいち、時間へーきなの?」


 正也が時計を見ながら尋ねてくる。

 やべえ、もう待ち合わせの時間過ぎてる!


「そんじゃ、今度こそ行ってくる!」


「いってらー」


 部室を駆け出していく雄一を、正也と朱鳥は手を振って見送る。







「で、役所ちゃん。君も、なんだろ? よかったの? 敵に塩を送るようなことをして」


 廊下の隅に消えていく雄一の背中を見送ってから、正也が口を開いた。


「広田くん……敵なんかじゃ、ないです。私は小澤くんのためになれば、それが嬉しいんです」


 そう言って朱鳥は窓の外、少し遠くの山に沈んでいく夕日に目をやる。


「献身的だね。だけど、ゆーいちは君のほうを見ている気もするけど」


「どうなんでしょうね。でも私なんかより、きっとゆ……小澤くんには幸せになれる人がいるはずですから」


 少し煽るような、それでいて背中を押すような正也の言葉にも、朱鳥は目を向けなかった。


 空を朱く染めながら、段々と沈んでいく夕日を見つめたまま。

 今日も、夕日が沈んで今日が終わって。

 明日も、朝日が昇って明日が来る。


 そんな当たり前を眺めながら。


――――――


 少しずつ暗くなりかけている街の中、いつもの何倍も人がいる雑踏の中を京奈は歩いていた。


『ごめん、遅れる』


 雄一からのメッセージにはそう一文だけ綴られていた。

 

『わかった! ゆっくりで大丈夫だからね。』


 その言葉だけではなんだか怒ってるように思われてしまう気がしたので、その後にお気に入りのウサギのスタンプを押しておいた。


 ゆーくん、部活大変そうだったもんなあ。 何やら最近忙しそうにしていて連絡もいつも以上に返ってこないその男の顔を思い浮かべる。


 どうせ早く来てしまったのだから、少しお祭りを回っておこう。

 雄一が来た後では、緊張やら何やらでお祭りどころではなくなってしまいそうだ。

 きっとお腹も空かせて来るだろう。いくつか食べ物も買っといてあげよう。


 そう思って待ち合わせ場所から少し歩いて来たのだが。


「あれ?」


 いつの間にか、駅が見えなくなっていた。

 何となく通ったことがあるような道も、今日は屋台ばかりでどこがどこだかわからない。


 そう、彼女は、市丸京奈は重要なことを忘れていた。


「…………ここ、どこ?」


 自分が極度の方向音痴だということを。

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