第33話 遭遇
「それでは、監査の結果を――」
部屋に入ってすぐ、簡単な挨拶のあとにいきなり真中はそう告げた。
正也は焦りを表情に出さないように、息を飲み込む。雄一は今ごろ過去に戻ろうとしているのだろうか。
いや、過去に戻ろうとしていることを確認できている時点で、過去は変わっていないだろう。
過去がどう変わるかはわからないが、雄一が過去で監査の結果を変えるような行動ができていれば、そもそも過去に戻る必要がなくなる。
つまり、そうなっていない時点で過去は変わっていないことになる。
どうしたんだ、雄一。まさか過去に戻っても解決策が無かった? それとも何か不手際があったのか?
密かに一番の信用をおいている親友の失敗はあまり考えられない。あいつはやるときはやる奴だ。
何かおかしなことが起こってなければいいが。
「君たち後悔部は、本日をもって廃――」
何も、できなかったのか?
ぼくらの負け……?
――ドカン、とノックにしては幾分か荒っぽい音がして、ドアが開かれる。
「おい、会長はどこだ」
なんだ? さっきまでの思考が止まる。
ドアを蹴破り入ってきたのは、見覚えのない大柄な男子生徒。
「僕が生徒会長の真中碧だ」
眉をピクリとも動かさず、突然の訪問者を真中は見つめる。
「お前が会長か。その監査? とかいうの、今すぐ無しにしろ」
誰だ? 雄一が過去で何かをしたのだろうか。随分と迫力のある怒った様子のこの男、味方なのか?
「バスケ部の片山智樹くんだね。いきなりどうしたんだい?」
「どうしたもこうしたも、雄一くんの部活を廃部にしようとしてんだろ? それを止めろって言ってんだよ」
どうやら雄一の味方で間違いはないらしい。随分と変わった人間を味方につけたものだ。
「なるほど、小澤くんの友達だったのか。しかし、友人だからと言って君の意見が通る訳ではない」
「たしかに雄一くんは友達だ! だけどそれだけじゃない。俺は雄一くんに助けてもらったんだ」
「……ほう?」
予想外の返答だったのか、真中の表情がわずかに変わる。
「雄一くんはビビってた俺の背中を押してくれたんだ。そのおかげで後悔しないで済んだ。きっと他にも、そういう奴らがいるはずだ」
静かながらも強い智樹の訴えを、その場の面々は黙って聞いていた。
雄一、いつの間にそんなことをしてたんだ。やはりあいつはよくわからない。
だからこそ、一緒にいて楽しいのだ。
キッと鋭い目線を向ける智樹をしばらく見つめてから、ゆっくりと真中が開口する。
「そうか。君の言い分はわかった……たしかに、後悔部の成果には誤りがあったようだ」
「じゃ、じゃあ」
「――しかし、それだけでは実績としては不十分だ。決定通り、後悔部は廃部とする」
真中は、淡々と、冷たく、無機質にそう言い放った。
――――――
だんだんと視界が晴れていく。
いや、見えなくてもわかるようになってきてしまっていた。
そう、ここは女子更衣室だ。
過去から戻っても女子更衣室、ということはつまり――――
「過去が、変わってない?」
いや、違う。そうだそうだ、だんだん思い出してきたぞ。
過去に戻ったらたったの一時間しか戻ってなくて、あきらめかけてたらそこで片山に会って……
「てことは、今片山は生徒会室にいんのか?」
そう、先程までいたのは過去、というよりは今、ほんの数秒前だ。
過去に戻ってから、女子更衣室に入り過去に戻ろうとしたタイミングまで過去にいる。
つまり今回のように、一時間前に戻った先の過去で一時間過ごすと、強制的に現在に戻ってきてしまうようだ。
「それとも、過去に戻った目的が達成されたから戻ってきたのか?」
本来のパターンで現在に戻ってきた可能性もあるが。その辺りはなんともわからない。
とりあえず、監査がどうなっているかが気になる。
「早く行かねーと」
更衣室のドアを勢いよく開ける。
周囲を確認せずに、勢いよく。
「あ……魔女」
「小澤くん、そこで何をしていたのかしら?」
ドアを開けると、そこには雄一の担任の魔女の姿があった。