第31話 野球はツーアウトから
視界が段々と晴れていく。何度やっても過去に戻るときのこの感覚は慣れない。
突然視界が光に包まれていき、その光が無くなっていくと過去に戻っている。
体が浮いたりだとか、動いているような感覚はない。
気がつくと過去にいる、そんな感覚。
それだけ聞くと、特殊能力っぽくてなんかいいな。……場所が女子更衣室限定、ということを除けば。
まあ、ともかく、そんな特別な力を使って、雄一は過去に戻ってきた。
「さて、問題は……」
そう、一番の問題は今が「いつ」なのか。
真中に勝つため、いや負けないためにどのくらいの時間戻ってきたのだろう。
恐る恐る、雄一はケータイで現在の時間を確認する。
時間は一時間だけ戻っていた。
――――――
「どーいうことだよ」
とりあえず周囲に人のいないことを確認してから女子更衣室の外に出た。
数日間どれだけ考えても何も策が浮かばなかった真中相手に、たった一時間過去に戻っただけ。
まさにロスタイム、野球で言えばワンナウトおまけしてもらっただけのようなものである。
あ、今はアディショナルタイムだったか。
違いはよくわからないけど。
「せめて時間だけでもくれればな……」
方法が無いなら無いで、時間だけでもくれれば何か思いついたかもしれない。一時間だけでは、ボーッとしてる間に時間が来て現在、おそらく監査の結果を受けている生徒会室へ戻ってしまう。
結局意味がなかったのだろうか。
友達もほとんどいない、スクールカースト下位が、生徒会長に勝つことなど無謀でしかないのか。
うろうろと、宛もなく廊下を彷徨う。
過去へ戻る、という頼みの綱でも変わらない。
肝心なところで、何もできない。
このままでは
「なんも、変わらねえ」
やはり廃部は確定的なのか。
たった一時間。一時間だけ戻されたところで、何か変わることがあるのか?
どうせ無理なら、中途半端に一時間だけ戻さないでほしい。こんな半端な時間、同じように虚無感を再び味わうだけだ。
今ごろこの時間の自分達は部室で頭を抱えているころだろう。それと比べても今の自分が何か策を得ているわけでもない。
一通り構内をうろつき終わり、行く宛もないのでとりあえず外に出る。
日は段々と沈んでいっており、セミたちの鳴き声も随分大人しくなっていた。
グラウンドでは野球部がまだ大声を出しながら練習をしている。
「はは、よくやるよな」
この暑い中、一日中練習や試合。それを休みもほとんどなく夏休み中ずっとだ。
京奈のいるテニス部もそんな予定だと聞いた。
尊敬を通り越して呆れてさえくる。
自分の大切な時間を、体を犠牲にして何を得たいのだろう。そもそも何かを得られる保障もない。
その確率を上げるために、真中はそういった部活動に力を入れるのだろう。努力した奴らが報われるように。もっともっと努力ができるように。
解ってはいたが、真中は悪というわけではないのだ。むしろ、野球部やバスケ部、テニス部など一生懸命やっている部活動からしたらあいつは良い会長なのかもしれない。
それじゃあアニ研は。
たしかに運動部に比べたら楽な部活かもしれない。実績もなく学校にとって必要な部活ではなかったかもしれない。
それを壊してしまったのは、決して正義ではなかっただろう。
解っていながらも、目の前の大きな壁に立ち向かうことさえできないでいた。
「あれ、ここ……体育館か」
いつの間にやら学校を一回りしてしまったようだ。
もう三十分が経過していた。
残り時間がなくなれば、雄一は女子更衣室にいたはずの時間に戻される。
段々と景色がオレンジ色になり始め、グラウンドに伸びる校舎や体育館の影は随分のと長くなっている。
「過去に戻ればなんかチャンスあると思ったんだけどな……」
そんな簡単ではないか、とため息をつく。
雄一は気づいていない。
野球はツーアウトから、サッカーは残り数分、スポーツは最後の最後に試合が動くことを。
そしてそれは
「あれ? 君、どっかで……」
時にスポーツ以外でも。
背中からの声に、雄一は振り向く。
そこには、以前に一度だけ過去で出会った男子生徒の姿が。
バスケ部の片山智樹の姿があった。
反撃なるか