第3話 過去の自分と
一人きりで取り残された世界から雄一を救ったのは意外な人物であった。
「げ、魔女……」
「何をしてるの? もう授業は始まってるわよ。早く教室に入りなさい」
「教室って言われても……俺の教室はどこにも」
「? 何を言っているの? とにかくあなたがいないと全員揃わないの。さっさとしてちょうだい」
「え、全員? 全員って」
「2年6組41人全員が揃わないって言っているの」
41人? 雄一の所属している2年6組は40人のクラスだったはず。
だが雄一がそんな疑問の答えをを考える間もなく。
「ほら、行くわよ」
そういって魔女は教室へと向かっていく。つられて教室に入ると、クラス全員が着席している中に、雄一の席と思われる空席が確かにあった。
「こんなタイプのタイムリープ俺の記憶には無えぞ……」
過去に戻っただけでなく、別の誰かとして新たにこの世界に加わった。そんな結論が、今おかれている状況から考えられることだった。
40人だったクラスの41人目として新たに加わったのだ。
だが、遅れて教室に入ったにも関わらずクラスにいる者はほとんどこちらを見ずに友達と話したり終わってない宿題を片付けたりしている。まるで雄一の存在がほとんどそこに無いかのように。
別人となっただけでない。存在感まで無くなっている。魔女が雄一に気がついたのも、生徒が一人足りないことと廊下にいる自分を偶然発見したことが重なったから。
つまり、今の雄一は教室に確かに存在はしているが、他人からほとんど関心を持たれていない存在。
とてつもなく影の薄い人間。
「今までとあんま変わらねーなそれ」
友達も正也だけ。知り合いも数人。一年と少し経過した高校生活で、雄一は全くと言っていいほど存在感が無かったと自覚している。
結局その日の授業では一度も当てられることもなく、だれかと話すこともなく終えた。
「どーしたもんかな」
5限目の授業を終え、ホームルームの開始を待ちながら雄一はそう呟く。
辺りを見渡す。過去の自分は窓際の席でぼーっと外を眺めている。正也は机に突っ伏して寝ていた。京奈はむすっとした顔で過去の雄一を少し恥ずかしそうにちらちらと見ている。
そうだ。更衣室で会ったとき、京奈は自分を「雄一」として認識していた。
だから、着替えを覗いたのも「小澤雄一」だということになっているのか。
間違ってはいないが過去の自分に悪いことをしたな、なんて事を考える。今の自分は小澤雄一ではないのだから京奈に恨みをかうこともないだろう。
――不意に雄一は漠然とした疑問を持った。
それなら自分はいったい誰なのだろう。
小澤雄一ではないのなら、どんな存在として自分は今ここにいるのか。
もう一人の小澤雄一なのか、完全に別の誰かなのか。名前があるのか、名無しの誰かなのか。
とりあえず、人と会話できること、目の前に近づいていれば存在を認識されることはわかっている。
席を立ち、机の間をすり抜けて教壇の上に画鋲で止めてある座席表を見る。
過去の自分が座っている廊下側の一番後ろの席、二年生になってからずっと座っていたその席には、確かに「小澤雄一」の名前があった。
そして自分が今座っていた席を見ると。
そこには「大澤雄二」と名前があった。
「なるほど……いや、なるほどではないが」
「なんか惜しいなおい」
たしかに微妙に惜しい感じのする名前だ。それ故にパチモン感も増してしまっているが。
まさかこんなもじったような名前になっているとは。
大澤雄二、これが過去に戻ってきたの自分の名前なのか。
急な出来事の連続に頭を痛めていると、ちょうど過去の自分と正也が教室に入ってきた。
「紙一枚くらい出しちゃえばいいじゃん。その方が効率いい」
「わかってる。わかってるけど……」
「出さなかったらまたあの人に説教されるよ」
「そうだけど、でも紙一枚でも、今日を乗りきるだけだとしても嘘は書いちゃいけない気がするんだ」
「……よくわからん」
ああ、そういえばそんなやり取りもしたな。自分にとってはほんの数時間前の記憶だ。
ただの紙一枚でも、自分の未来に嘘はつけない。そんなことを言っていた。
でも結局、それも逃げてるだけだったのかもしれない。
あの時教室で少女に言われた言葉を思い出す。
嘘をつけない、という建前で何となく目的もなく生きている自分を隠そうとしていた。
そんな自分を他人に見せることを恐れた。
過去の自分を見ながら、今の自分を省みながら、雄一は己の愚かさを改めて実感する。
「過去に戻ってきても、やっぱり変わんねーのか」
雄一はどこか他人事のように呟いた。
確かに今の自分と小澤雄一は他人のようなものでもあるが。
そう、他人だ。未来から戻ってきたということは自分しか知らないだろう。
そうか。
変えられる。
今なら、そんな自分も。そうだった自分も。
もしかしたら、そのために自分は過去に戻ったのかもしれない。
そう思い立った雄一は過去の自分の元へと向かった。