第28話 惨敗
「監査の終わりまでは、まだ何時間かあるが。何か?」
「……少し、報告を」
「ほう」
表情も変えずにじっとこちらを見つめる真中に正也がいつになく真剣な表情を向け、続ける。
「後悔部は大会やコンクールに出場する訳ではなく、ボランティアに近い活動をしてるので成果も伝わりにくいのではと思いまして、今回はその報告を。畔上ちゃん、お願い」
「――はい。今回の監査に基づいての報告です」
少し躊躇いがちにそう切り出し、優子は監査の記録をした資料を広げる。
『生徒会監査報告』そんな表紙が目に留まるが、つい三十分前に正也が大幅に修正、というよりは改編、改窮したものだ。
「後悔部。主な活動は生徒による依頼を解決、これらは全てボランティアです。活動は基本的には毎日。これは、生徒による依頼がいつ来ても応えられるようにする為です。依頼を断った記録もありません」
物は言い様、か。
一つも嘘はついていないのに、まるで後悔部がまともな部活みたい! 不思議!
随分と巧妙な編集をしたものだ。
優子は表情を変えずに淡々と続ける。
「さらに、女子テニス部の部員を先輩部員の嫌がらせから助けるという依頼も、暴力や抑圧という方法を使わずに解決しています」
その解決した方法が制服を盗む、というのでなかったら誉められることだが。
バレたら停学、いや周りの視線に耐えられなくて退学まであるかもしれない。
夏休みの間もメールなどで積極的に活動を続けています、という締めくくりで優子の報告は終わった。中々にいじくりまわした報告書だが、まあ嘘は言っていない。
それにしても畔上の演技力も中々だな。あんなわけわからん報告書を何の動揺も見せずに読むなんて。
真中の前だと緊張して喋れないかと心配していたが、どうやら杞憂だったようだ。
あとは、真中がどう動くか。
報告が終わると、真中はNERVの司令官のように組んでいた手を解き、一度天井を見つめ何やら数秒考えてから、再びこちら側に鋭い視線を向ける。
鋭い、刃物のような視線。
こいつ本当に高校生かよ。
「自分が頂点だ」
そこに立っているだけでそう示してくるような、威厳のあるその雰囲気に雄一は気圧される。
「たしかにその報告書には嘘は無いだろう。しかし、例え嘘偽りが無かったとしてもその成果だけでは不十分だ」
そう言って真中は優子の持っている書類を指差す。
「か、解決した依頼が少ないからか? それなら……」
なんとか絞り出した雄一の意見を遮るように真中は続ける。
「解決した依頼の数は特段問題ではない。問題なのは君たちの仕事に対する姿勢だ」
「姿勢?」
「確かに君たちは依頼は断らずに解決しているかもしれない。もしかしたら、未然に防いでるということあったのかもしれない」
未然に……か。まさか他の誰も気づかないことを真中が見抜くなんてな。
それこそ偶然なのだろうが。
「だが、本当にそれで解決できているのか?校内には数多くの人間がいて、その分だけ人間関係がある。人間関係があればその分悩みがある。君たちは、それを解決するにはあまりに他人を知らないのではないか?」
後悔部の面々は、雄一は、言葉に詰まる。
雄一は高校に入ってから、他人と深く関わることを避け、常に一歩引いたところから周囲を見ていた。
傷つくのも傷つけるのも恐れ、距離をとる雄一に、他人は近づいては来ない。友人になるというのはそもそもある程度近い距離にいないと始まらないのだ。
だから、高校でできた友人は正也だけ。
それにも特に不満はなかった。正也は良いやつだし、距離を詰めすぎてくることもないし、かわいい。
友達は一人で良い。多くなればなるほど一人一人の関係が薄くなって、どうせその内遠ざかっていくだけ。
……それに、中学の時にしたような失敗は繰り返したくなかった。あんなことはもう起こってほしくない。
雄一は現状に満足はしていた訳ではないが、納得はしていた。仕方のないことだ、と考えていた。
だが、後悔部として他人を助けていくにはそれでは足りない。
他人を救うことは、他人を傷つけるよりも難しい。
それも、雄一はわかっている。
だから、友達を作らなかった。
きっと真中よりも、頭の良い正也よりも、優しい朱鳥よりも。
雄一はそれをわかっていた。
中学生の時
救えなかったから、知っていた。
「それが解決しない限りは、監査の結論を変えるつもりはない」
後悔部の面々は、真中に何も反論することの無いまま生徒会室を後にした。
監査終了まで、残り三時間。