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女子更衣室は過去へとつながっている  作者: 浅漬け
人混みは苦手
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第26話 影の薄い部活

 真中碧(まなかあおい)は大企業の社長の長男として生まれた。わずか一代で会社を世界的企業へと発展させた父の元で、幼い頃から次期社長としての教育を施され、また碧自身も子どもながらにその必要性と意味を何となく理解していた。


 他人の心を動かす話術、コミュニケーションとカリスマ性、部下以上に自分に厳しい、そんな父を見て育った彼もやはり自分に厳しく、父に負けず劣らずの向上心を持っている。

 有名私立高校に行く選択肢もあったが、真中は父の母校である県内の進学校へと進み、高校時代は部活に打ち込んでいた父とは違う生徒会役員という道を選んだ。


 そこで彼は、生徒会長として学校の立て直しを図る。進学校ではあるが部活動も盛んなこの学校をさらに名のあるものにしようと、監査の制度を使い、同好会やサークルのような部活を潰し、その予算を有力な部活へと回した。

 

 初めは反発もあったが、運動部を中心に実績が上がり始めると徐々にそれもなくなり、今では御膳上等などと大層な言われようだ。


 御膳上等。この上なく優秀な生徒会長。

 

 それが真中碧。

 

 後悔部を廃部にしようとしている根源。


 それが真中碧。


――――――

 

「ゆーいち、アイスとってー」


「小澤くん、私の分も」


「あ、ついでにお菓子もお願いします!」


「基本お前ら俺のことパシり程度だと考えてるよな」


 渋々と席を立ち、雄一はため息をつきながら冷蔵庫へ向かう。

 7月28日。監査6日目。

 後悔部の面々は相変わらずだった。


 机にだらーっと突っ伏している正也。

 当たり前のように冷蔵庫までパシられる雄一。

 優子は机で何やら書類を整理しており、朱鳥はそれを覗きながら部室の片付けをしている。

 この追い詰められた事態でも、後悔部の様子は何も変わらない。いや、こんなときだからこそ、いつも以上にいつも通りでいようとしているのか。


 正直、雄一自身も部活がなくなるかもしれないという実感をまだ持てていなかった。人間本当に目に見えた危機でないと動かないものだ。

 特に夏休みの宿題をギリギリまでやらない雄一のようなタイプの人間は。


「それで小澤くん、どうするつもりなの?」


 そんな状況を理解してか、はたまた後悔部の晒されている現状からか、優子が口を開いた。そしてもごもごと雪見大福をほうばる。

 

「どうするって……どうしよう」 


「このままじゃ廃部、ってことになっちゃいますよね」


「今回ばかりは何も思いつかない」


 言い淀む雄一に、朱鳥と正也も続く。

 明日の監査終了までになんとかしないと後悔部は無くなる。しかし打開策はない。

 

 相手は生徒の中では一番大きな権力を持つ生徒会、その長だ。昨日少し話しただけであの生徒会長を言いくるめるのが簡単なことでないことはわかった。


 沈黙、固まった空気。

 誰か、何か言ってくれ。

 文化祭の出し物で案が出尽くして話し合いが止まったときのような、皆が何か言いたくて、しかし誰も、何も言えないこの雰囲気。

 

 いつまで続くのかと思われたその気まずい沈黙は、案外簡単に破られた。


 部室のドアがノックされ


「すみません、活動中でしょうか?」


 廊下から太い声が聞こえてきた。


「は、はーい」


 朱鳥が返事をし、ドアを開けると太った男子生徒が随分暑そうに立っていた。

 男は大きな体を少し縮めるようにしながら


「す、すみません……その、み、皆さんにお話ししたいことがあります」


 もごもごとした口調でそう切り出したのだった。


――――――


「あ、あのう、3年生の米田(よねだ)と申します。この間までアニメ研究部の部長をしていました」


 朱鳥に案内され席につくと、男――米田は落ち着かない様子でそう切り出した。

 アニメ研究部。そんな部活があったのか。


「アニメ研究部なんてあったんだ」


 雄一が心に留めておいた感想を、正也が言葉にする。

 こらこら、先輩相手に失礼だぞ。

 基本的に礼儀というものを知らない正也に、雄一がため息をつく。そもそも、後悔部なんて部活の方がよっぽどわけわからん気がするが。

 ちらりと米田……先輩の様子を伺う。

 少し苦笑いをしながら


「いやー……もう無くなっちゃったんだけどね」


 寂しそうに、米田はそう俯いた。


「無くなったって……もしかして」


「そう。生徒会の監査で」


 ほとんど答えは解っていたが、それでも口をついて出た雄一の問いに米田は俯いたまま答えた。


「部員も5人だけしかいなくて、参加も自由。始まる時間も帰る時間も決まってないような部活だった。だけど居心地が良くて、毎日部活に行くのが楽しみで」


 思い出しながら経緯を語る米田の目には涙が浮かんでいた。


「確かに学校にとっては不要な部活だったかもしれない。それでも、あんまりにも突然で……」


 堪えきれなくなった涙が溢れてくる。

 大きな体を小さく縮めて静かに泣く米田の姿は、先輩と言えどあまりに不憫に思えた。


 なんと声をかければ良いのかわからない。

 悲痛な表情でそのやり取りを見ていた優子に、正也が問いかける。

 

「畔上ちゃん、このことは知ってた?」


 責めるような口調ではない、しかし優子は少し言葉に詰まる。


「……ごめんなさい。自分の担当した監査以外のことは会長しかわからないの。けど、その……申し訳なく思うわ。……ごめんなさい」


「いいんだ。少し思い出しちゃってね……そう、だから僕は来たんだ。そのことで君たちに依頼がある」


 制服の袖でゴシゴシと乱暴に涙を拭うと、米田は雄一たちを正面から見つめて


「僕の後悔は生徒会に負けてしまったこと。負けて、屈して、部活を廃部にされたこと。だから君たちは、後悔部は生徒会に負けないでほしい。――それが、僕の依頼だ」


 少し腫れぼったい充血した目で、はっきりとそう告げた。

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