第25話 お説教
階段を上ってすぐ横に生徒会室はあった。
普通の教室や部室の変わらない白いドア。だが、そこに「生徒会室」という看板があるだけで何か厳かな雰囲気を感じる。
生徒会長、それも生徒会始まって以来の優秀なやつだと聞くと、どうにも会うのに緊張してしまう。
教室の前でどうしようかと尻込みをしていると、畔上が先に行ってドアをノックする。
「失礼します。会長、後悔部の代表者を連れて参りました」
幾分か長く感じる間の後に
「入って」
とだけ中からぶっきらぼうな声がした。
畔上が一度こちらの様子を伺い、行くわよ、と目配せをしてからドアをゆっくりと開く。
「失礼します」
「し、失礼します」
畔上の堅苦しい動作につられて頭を下げる。3秒くらいたってから、畔上に合わせて頭を上げると、そこにはストレートの髪を下ろした中肉中背の地味な男子生徒が立っていた。
「初めまして。僕が生徒会長の真中碧です。よろしく」
そう言って真中は握手を求めてくる。
なんかイメージと違うな。そう思いながらとりあえず握手をしておく。
「君は2年6組の小澤雄一くんだね。わざわざありがとう」
そう言って生徒会長は整った笑顔を浮かべる。え、名前知られてる。
「後悔部の顔とか個人情報とかった生徒会に知られてたりすんの?」
雄一は優子に小さく尋ねる。
「会長は全校生徒の顔と名前、クラスと部活まで完璧に記憶されてるの。場合によってはそれ以上のことも」
「マジかよ……生徒会長ってそこまでする必要あるのか?」
「生徒全員を統べるものとして当然のことだよ」
小声で話していたつもりだったが、真中が割って入ってくる。こいつ地獄耳か。
「それで今回君に来てもらったのは他でもない、監査のことだ」
声の調子を変えて真中が切り出す。さっきまでとは一転、少し気圧されるような雰囲気。
その見た目からは想像のつかない凄み、圧力のようなものが真中碧にはあった。
無言の雄一に、真中は続ける。
「君達の後悔部には、これまで目立った活動の実績もない。それに加えて今後の部の発展や向上も見られないと判断された場合は、廃部という対処をさせてもらう」
「だけど、まだ部が出来て期間もたっていないし」
「期間なんて長くても無駄だよ。人間は続けていけばいく程に『惰性』というものが出てくる。何となく過ごしていくことに心地よさを感じてしまう。それは仕方のないことだが、そんな部活に予算を回すならもっと発展の見られる部活動に投資したいものだ」
確かに、後悔部なんて訳のわからない部活だ。本当に正しい方法で他人の後悔を無くせているのかもわからない。
過去に戻る実験だって部活がなくたって出来るはずだ。
だけど、それでも。
「俺には、俺達にはあの場所が必要……だと思う」
絞り出すように呟く。
真中は、そんな雄一を少し見下ろすように眺めてから
「だったら成果を出せ。実績を上げろ。廃部にした分の予算を野球部に回したら、万年3回戦止まりが一気にベスト4だ。学校の知名度も上がった。そこまでとは言わないが、後悔部がこの学校にある意味を活動で示してくれ」
表情を変えずにそう言った。
――――――
「それで、何も言い返せずに帰ってきた、と。情けない」
正也が呆れた顔でため息をつく。
「し、しょうがねえだろ! あいつ、なんか怖えーんだよ」
「そんなに強そうだったの? それとも顔が怖いとか」
「い、いや、見た目は普通なんだ。本当に地味なくらい。何て言うか、威圧感があるというか……」
雄一自身もうまく理解できていないのだ。
あの生徒会長、真中には自らが格上だと相手の本能に訴えかけるような威圧感と威厳がある。
それは世界的大企業の御曹司として彼の生まれ持ったカリスマ性であり、その大企業を1から作った父の出身校で生徒会長を務めている理由でもある。
「でもそんな生徒会長が相手だったら、監査を切り抜けるのも至難の技ですよね」
「そうだね。畔上ちゃんは誤魔化せても生徒会長となると……」
うーむと唸る朱鳥に正也も頷く。
「待ちなさいよ。どーして私はちょろい扱いになってるの」
正也の言葉に畔上は憤慨しているようだが、すでに役所に餌付けされているので説得力もない。
畔上さん、ちょろいです。
「優子ちゃんは何か解決策知らないの?」
朱鳥が問いかけるが、優子は首を横に振る。
「ごめんなさい。監査の最終決定は会長が一人で行うの。他の委員会のメンバーは経過を報告するだけ」
「そっかぁ」
「どーしたもんかね」
今回ばかりは正也もため息をつくしかないようだ。相手はあの生徒会長。かなり分が悪い。
真中の言っていたことをもう一度思い返す。
後悔部がこの学校にある意味を示せ、か。
意味。俺たちがここにいる意味。俺がここにいる意味。
それに意味なんてあるのだろうか。
だったら野球部は? 生徒会は? 学校がある意味は?
何も答えは出ないまま。
監査の5日目は終わりを迎えた。