第24話 お呼びだし
7月27日。
監査もついに5日目になる。
しかし相も変わらず依頼はなく、変わったことと言えば……
「はい、優子ちゃんどーぞ」
「あ、ありがとう」
そう。この二人、朱鳥のお茶会に優子が参加するようになったという点だけだ。
最初は何も口にしないどころか椅子にも座らなかった優子が戸惑いながらも朱鳥とお茶やらお菓子やらを楽しんでいる光景は雄一にはにわかに信じがたいものであった。
まぁ仲良きことは良いこと。
俺の知ってる畔上の友人は、幼稚園からの幼なじみだという市丸だけだ。
中学の時も畔上とは同じクラスだったが、優等生というのは周りから距離を置かれるもので、一人でいることが多かった気がする。
高校に入ってから友達といるのほとんど見ていない。
そんな畔上とあっさり打ち解けるとは。ぼっち同士何か通ずるものがあったのだろうか。
そしてぼっちの畔上にも打ち解けることなく時折冷たい目線を浴びせられる俺はぼっち以下なのだろうか。
時折向けられる冷たい視線に耐えつつ、正也の寝顔に癒されていると。
ピロン、と軽い音が鳴り正也のノートパソコンの画面にメールの通知が出る。
もしかして依頼か?
正也が寝てる間は代わりにメールを見ておくように言われているので、とりあえず見ておこう。
機械にはあまり強くない雄一ではあるが、部活動をするにあたって正也から必要最低限のレクチャーは受けている。それでも、ケータイに慣れている雄一は、最初はメールを見るのも苦労したものだ。
ワイヤレスのマウスを動かし、メールを開く。
差出人は……生徒会!?
淡々とした口調での挨拶文の後に
『監査の件について、生徒会室でお話ししたいことがありますのでお手数ですが代表者の方はお越しください』
と綴られている。
なるほど、つまり呼び出しか。
「おーい。正也、起きろ」
「ん? ……どしたの」
寝起きでしょぼしょぼとまばたきをする正也のかわいらしさに思わず気をとられる。
危ない危ない。
「何か生徒会から呼び出しかかってんぞ」
「なぬ」
正也はパソコンの画面に目を通し始めた。
雄一は優子のほうに向き直る。
「この呼び出しっていうのは?」
「監査が始まって数日後に生徒会長が直々に部活動の代表者と面談するのよ。予算のことだったり活動内容だったり、簡単に言えばダメ出しね」
「そゆことか」
てかアイスとお菓子に夢中で忘れてたでしょ畔上さん。しっかりしてよ。
「よし、ゆーいちに任せよう」
メールを読み終えた正也が椅子から立ち上がり雄一を指差す。
「え? 俺がいくの? メールには代表者だって」
「代表者とは書いてあるけど部長だとは書いてない。ゆーいちはこの部のめんどくさそうなこと代表取締役だろう?」
「そんな惨めな取締役がいてたまるか!」
己の立ち位置の低さを嘆く雄一に朱鳥がお菓子を差し出す。
「まぁまぁ小澤くん、これでも食べて頑張ってきてください」
「お前も行かせる方向なんだな」
そんなこんなで、雄一は優子とともに生徒会室へ向かうことになったのだった。
――――――
廊下に出ると、蒸し暑いと感じていた部室の中以上にむわっとした空気が身体を包むのを感じた。校舎の中だというのに、開いた窓から入ってくる外気と蝉達の鳴き声、無駄に日当たりが良いのも相まって廊下ですらかなりの暑さを感じる。
あまり性能の高くない冷房でも、無いよりはかなりましになっているのだろう。
無くならないと実感できないものもある。
「生徒会室ってどこだっけ?」
何となく黙っているのも気まずいので、とりあえず質問をしてみると、優子はそんなことも知らないの、とため息をついて
「屋上に続く4階の南階段の横よ」
とだけ答える。
雄一達の通う高校は、4階建てで屋上へ続く階段が2つある。女子更衣室のある北校舎の北階段、職員室や校長室のある南校舎の南階段だ。
後悔部の部室は北校舎の2階なので、生徒会室は渡り廊下を通ってちょうど反対側になる。
「生徒会長ってどんなやつなんだ?」
去年の生徒会役員選挙は、どの役職も対立候補が居なかったためすんなりと決まっていた気がする。もちろん演説なんて一々聞いてないし。
つまり手元には生徒会長に関する情報は何もない訳だ。
「小澤くん、本気で言ってるの!? 生徒会創設以来の御膳上等生徒会長と言われている今の会長よ?」
「なんだそのもっさりした肩書きは」
ごぜんじょーとー? 午後には弱いのか?
「1年生の時から副会長として生徒会を引っ張り、『陰キャの集まり』と言われていた生徒会を教員の次に権力のある機関に変えたのも今の会長なのよ」
「お、おお。何かすごそうだな」
そもそも生徒会って前はそんな言われ方してたのか。可哀想に。
そんなに優秀な会長なのにあんまり見たことないな。そもそも全校集会とか基本体育座りで小さくなってるか女子のパンツ見ようとしてるかで忙しいからな。
そうこうしてる間に南校舎に着いていた。
「さ、ここの階段を上って4階よ」
何だかんだ言いながらも丁寧に案内してくれる畔上。真面目で良い子なんだなあ。少しトゲがあるけど。あとおっぱい。
先導役としての責任を感じてるのか、それとも俺の横に並びたくないだけなのか、畔上は少し先に階段を上る。
そうするとあれだ。その、別に覗こうとかそういうのではないが、角度的にちょっとまずいものが見えそうになる。
いや、男としてはおいしいことこの上ないのだが。
部室でシャツが透けてたのと言い、ちょっとガード甘いんじゃないですかね?
何となく見るのも申し訳ないので、畔上と並んで歩こうとスピードを上げる。
「へっ!? な、なに?」
「そんなに驚かなくてもいいじゃねーかよ」
別に悪いことしないよ。むしろこれはお前のためでもあるんだぞ。
「私の横に急に来て……一体どーいう」
「ちげーよ。何を想像してんだかわかんないけど。その、後ろにいるとちょっとあれなんだよ」
「あれ? あれってなによ?」
うん、そうだよね。この子はちゃんと言わないと中々伝わらないんだったよ。
「それだよ」
そう言ってスカートを指差し、恥ずかしくなってきたので一段飛ばしでスピードを上げて追い越す。
優子は一瞬固まると、意味を理解したのか段々と顔が赤くなり
「へ、変態」
そう呟いてから、雄一のあとを小走りで追っていった。