第22話 「変わったね」って言ってくるやつは大抵自分が変わってる
「めんどくせぇ……」
学校への道を、暑さと怠さに耐えながら歩く。
7月23日。夏休み二日目である今日も昨日と同様、部活動で朝から駆り出されている。おまけに今日から生徒会による監査が行われることもあり、遅刻厳禁らしい。
遅刻OKな緩さが後悔部のアピールポイントじゃないか、とも思うのだが。
いつもは遅刻しても、 役所に「もう、遅いですよ!」等と一言怒られ、その様子を正也にニヤニヤと見られるだけで済むのだが。
あ、いつも遅刻してんの俺だけだった。
部室のドアを開けると、いつものよう
に正也と朱鳥は先に来ている。
「おはようございます! 小澤くん!」
「お、おはよう」
雄一の姿を確認すると朱鳥が元気に挨拶をしてくる。
普段教室に入っても挨拶などされないので、中々スムーズに返事ができない雄一である。
「んー。ゆーいちおは……」
「途中で寝るんじゃありません」
うん、正也は朝苦手だもんね。でもいつも遅刻しないのはとても偉いぞ。
眠そうな正也を尻目に、朱鳥へ尋ねる。
「畔上は何時に来るんだっけ?」
「たしか9時には来るって」
時計を見ると丁度9時になろうかというところ、するとドアが勢いよく開かれる。
「皆さん、おはようございます。生徒会副会長の畔上優子です。9時になりましたので監査を始めさせていただきます」
入ってくるなり、仰々しい文句を並べる畔上優子。その声に役所が「は、はい!」と応える。真面目だなぁ。
正也まだ寝てるし。
それにしても畔上ってこんな感じだったっけ。高校に入ってから初めて喋ったけど。
中学の時はもう少しこう、可愛げ? みたいなのがあったような。
そんなことを考えていると
「な、何見てるのよ小澤くん」
畔上が怪しむような目でこちらを見てくる。
いや違うからね。別にジロジロ観察したりとかしてないから。中学の時より色々と育ったなとか思ってないし。
「何も見てません。すみません」
「だったら何で謝るのよ!」
あ、怒り方とかあんま変わってねーな。やっぱちょっと大人になっただけか。
身体と心が。主に身体が。
こほん、と気を取り直すように咳払いをしてから、畔上は始める。
「それでは、今日の活動に同行させていただきます。いつも通りに活動してくださってかまいませんので」
というわけで、生徒会による監査1日目が始まる。
なるほど、いつも通りか。
とりあえずいつもの席に座っていつも通りマンガでも読もう。
役所もいつものようにお茶やコーヒーを入れ始める。
正也は寝てるし。うん、ばっちりいつも通りだね!
しかしそんな様子を見ている畔上の表情は固まっていた。
「あの……活動の方は?」
「してるじゃねーか。お前がいつも通りやれって」
「一体いつもどんな活動をしてるんですか!」
「まぁまぁ優子ちゃん、落ち着いて。はい、お茶どーぞ」
「あ、ありがとうございます。まったく、想像以上ですね。いや以下と言った方が良いでしょうか。普通は監査が入った部活は、その場だけでも取り繕おうとするものですが」
何てことをぶつぶつと言いながらお茶を飲む畔上。
てか、優子ちゃんって。いきなり下の名前で呼ぶとか役所もかなりコミュ力高いんじゃ。
「まぁ取り繕ったとこで廃部を免れた部活も無いわけだしな」
「そーですね。依頼が来ないことには何もやることありませんし」
雄一の言葉に朱鳥が頷く。
「見事な開き直り方ですね。逆に凄いと思います」
苦い顔で畔上が呟いた。
――――結局この日、依頼が来ることはなかった。
「よし、と」
カチッ、と鍵かかかる音がする。
部室の戸締まりを確認し、鍵を職員室に持っていく。これはいつも雄一の役割だ。
正也は先に校門で待っているだろう。
「本当に何もしないんですね」
不意に、畔上が後ろから声をかけてくる。
「まぁな。依頼が無ければやることもねーし。ボランティア部とかそー言うのじゃないんでね」
畔上の真剣な表情に何だか居心地が悪くなり、おどけるように言う。
「どうしてこんな部活をやっているんですか」
タイムリープの実験、とは言えない。
黙る雄一に、畔上は尚も続ける。
「高校に入ってからのあなたは、別人みたいですね。中学校のときは……」
「そんなことねーよ。前から……こんな感じだ」
畔上の話を遮るように否定し、人気のない廊下を足早に歩く。
畔上は追ってくることはなかった。
外の蝉が煩い。
変化を望んで、後悔部を始めた。
何もない自分にも何か出来ることがあるのではないか、と。
職員室の前まで来て、雄一は立ち止まった。
ふと、畔上に言われた言葉を思い出す。
別人みたい、か。
中学の頃の自分はどんな人間だったろう。あまり思い出せない。
そんなに簡単に人は変わるのだろうか。
それなら今の何もない自分も変われるのか。
何もわからないまま、扉を開く。
変わりたいと望んでいるのか。
変わることを恐れているのか。
それは自分でもわからなかった。