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女子更衣室は過去へとつながっている  作者: 浅漬け
人混みは苦手
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第21話 夏の始まり

 雨が降っている。

 それが大雨なのか、小雨なのか、豪雨で土砂降りなのか、それとも僅かな霧雨なのかはわからない。

 確かめようとすれば簡単にわかるのだろう。しかしそうしようとは思わない。

 

 傘は持っていない。

 両手はだらんと垂れていて、力が入らない。どうやら立っているようだ。視界には水溜まりがある。だが、それ以上の情報は無いし、それ以外のものを見ても何も考えられない。


 ここはどこだったか。

 何だかとても、悲しいような気がする。

 それは多分雨のせいではなくて。

 


 きっと何か大切なもののせい。


――――――

 

 珍しく、アラーム無しで目を覚ました。

 何だか変な夢を見ていた気がするが、そういう夢に限って内容はあまり覚えていないものだ。

 欠伸をしてからケータイで時刻を確認する。現在午前8時40分。

 そこで雄一は固まる。


 え、アラームかけ忘れた?

 まずい。もうホームルームは始まっている時間だ。何だってこんなときに。


 雄一の脳内に、無断欠席に不機嫌になる魔女(担任)の姿が浮かぶ。

 

 まずい。本当にまずい。

 雄一の家から学校までは歩いて30分弱だ。走っても確実に1限目には遅刻する。

 2年生になってからは上手いこと回数を減らしてきた魔女による拷問を受けることになってしまう。

 

 とりあえず着ているものを全て脱ぎ、素早く制服に着替える。

 寝癖も少し気になったが、走りながらで何とかなるだろう。いつも別にセットもしてないし。


 ローファーに乱暴に足を突っ込み、玄関のドアを勢いよく開ける。

 玄関から一歩出たところで雄一は気づいた。


 


「……夏休みじゃねえか!!」


――――――


 夏休みの後悔部の活動は、特に相談もこなさそうなのもあって基本は休みとなっていた。

 そんなわけで夏休みの初日である今日7月22日も、雄一は暇を持て余すわけである。

 それにしても突然の休日とは実に良いものだ。

 もともとは一日中何もできなかった予定が一気にフリーになるわけだ。テトリスのような爽快感を感じる。

 一方予定通りの休日であれば、じっくり予定をたてて、それを楽しみに一週間頑張ることもできる。これも良いものだ。

 結局どっちに転んでも休みって最高。


 さて、どんな風に休みを満喫しよう。


 とりあえず制服を着ているのも恥ずかしくなるので、部屋着に着替え直してゴロゴロしながらテレビを見る。

 しかし、普段見ることの無い平日の昼間のテレビ番組というのは雄一には(いささ)か退屈であった。

 録り溜めしておいたアニメでも見ようか。リモコンをぽちぽちといじっていると、ケータイが鳴る。

 

 正也からメッセージが来ている。

 もしかして、デートのお誘いかな?

 そんな期待に胸を躍らせながらメッセージを開く。

 が、そこには絵文字も句読点も無く、なんならデートのお誘いなどでもなく


「仕事だから学校来て」


 そう一言だけ綴られていた。


――――――


 7月も後半に差し掛かると、夏の暑さも本番となってくる。窓の外では蝉達が短い命を焦がして鳴いている。そして、グラウンドから響いてくる野球部の掛け声。

 きっと日本の夏の半分くらいは蝉と高校球児が担っているだろう。

 

 蝉と高校球児は良く似ている。

 日の目を見ずに、土の中で、狭いグラウンドの中で、たった数週間のためにじっと耐え続ける。

 何年間も。寒い冬も穏やかな春も。

 そして、やっと輝いたと思ったらすぐに散っていく。また、輝くことさえ出来ずに散っていくものたちもいる。

 その儚さこそが、日本の夏を彩るのだろう。


 

「……何で夏休みなのに出勤しなきゃなんねーんだよ」


 せっかく休みだったのに、と机に突っ伏して文句を垂れる雄一に、正也がアイスを食べながら答える。

 ちなみにこのアイスは先程部活の顧問でもある魔女が差し入れで持ってきてくれたものだ。あの人厳しいんだか優しいんだかよくわかんねーな。


「仕方ないじゃないか。後悔部のメールアドレス宛にメールが来たんだ」


「いつの間にそんなん作ってたんだ」


「夏休みは基本的に活動無しとは言っても、依頼を受け付けない訳にはいかないからね」


 まぁそんなわけで、後悔部は夏休み初日から休日出勤となったわけだ。

 学生のうちからこう言った形で休みを返上して部活動を優先するというのは、日本の悪しき伝統だと思う。

 後悔部のような緩めの部活ですらそれがあるし、野球部のやつなんかは試合内容が悪いと元々少ないオフがほとんど0になると嘆いていた。

 この伝統が社畜を育成していくんですね!


「たしかに夏休みだから人助けは無しって言うのも何だか都合が良い感じしますもんね」

 

 そう言ってアイスを食べ終わった朱鳥は、夏休み前に部の予算で買った冷蔵庫から次のアイスを引っ張り出す。

 ……お前何個目だよ。どんだけアイス食べるんですかねこの子は。おなかこわすよ!

 そんな朱鳥の台詞に、正也も乗っかる。


「人助けに休日はない」


「それっぽいこと言って誤魔化してんじゃねーよ。お前実験したいだけだろ」


「……まぁそれもあるね」


 正也が悪戯がバレた子供のように少し恥ずかしそうにする。

 それもある、じゃなくてそれだけ、だろ。何で頬染めてんだよ。かわいいじゃねーか。

 

「えっと、今回はどんな依頼なんですか?」


 朱鳥が話を元に戻す。

 あ、もうアイス食べ終わってる。


「メールには依頼内容は書かれていなかったな。今日部室に行かせて頂きますって。依頼主は同じ学年の女子だった」

 

 うわぁ、また女子か。

 前回の早川さんのことを思い出すと気が滅入る。

 気の強い女の子は是非とも止めていただきたい。まぁ来たら断れるほどの勇気もないけど。

 

「小澤くん、大丈夫ですか? 顔色悪いですけど」


 そんな気持ちが表情に出ていたのか朱鳥が心配そうに覗き込んでくる。

 

「あ、ああ、だいじょーぶ」


 女子と関わるとなるといつものことなので。

 てか役所さん近いです。むしろそれが原因で熱とか出そうです。


「ゆーいちの顔色が悪いのはいつものことだよ」


「うるせーや」


 いつものように笑いながら悪態を飛ばしてくる正也に、いつものように返す。

 顔色が悪くて悪かったな。

 

 そんなやり取りをしていると。

 コンコン、とドアがノックされる。

 どうぞ、と声をかけると少し間をおいてドアが開かれた。


 長い黒髪に、キリッとした目。背は小さいが、整った顔と落ち着いた雰囲気で子どもっぽさは感じさせない。

 

 雄一は、この少女を知っている。


「生徒会副会長の畔上優子(あぜがみゆうこ)です、え? 小澤くん!?」


「あ、畔上?」


「何だ、ゆーいちの知り合いなのか」


「……中学の同級生だ」


 高校の中であまり中学の同級生に会いたくは無い。

 高校生になってまで中学時代の黒い歴史を思い出したくないし、今と昔で比較されるのも何だか雄一にはむず(がゆ)い。

 

 それは畔上優子も同じだったのか、こほん、と咳払いをしてから再び始める。


「今回この部活は、生徒会の会議によって監査対象となりました。なので、そのご報告に」


「監査対象?」


 首をかしげる雄一と朱鳥に、正也がため息混じりに説明を始める。


「無駄な予算を削るために生徒会が行うものだ。要するに、まともな活動をしていない部活を潰すってことだね」


 たしかに学校側の予算も限られている。

 基本的にお菓子を食べてのんびりすることしかしていない後悔部は真っ先に対象になりそうだ。


 まぁ実際には依頼は解決しているのだが。

 解決の仕方の問題もあり、あまり実績を公にはできていない。晴斗の依頼に関しては無かったことになってるし。 

 

「一週間ほど調査し、その結果次第でこの部活は廃部、という判断をさせてもらいます」


 そう言って、監査の詳細の資料を机の上に置かれた。


「ちなみに今まで廃部になった事例は?」


 すかさず正也が質問をする。

 たしかに、どんな割合で廃部、ということになるのだろう。


「現会長が着任されてからは、監査が行われた10個の部活全てが廃部になっています」


「……なるほど。監査とは名ばかりの強引な手立てだね」


「会長のご意向なので。学校側にも話は通っています。それでは、また明日」


 ちらりと雄一の方を見てから、一礼して部室を出ていく。何だか面倒なことになった。

 ん? 明日?


「あいつさっきまた明日って」


「監査が始まると、対象の部活はそこから1週間は強制的に活動しなければならないようだね。生徒会もさっさと終わらせたいんだろう」


 資料を読みながら正也が答える。

 な、なんだと? 

 

 つまり


「明日から1週間休み無しかよ!!」


 人気の少ない校舎に雄一の悲痛な叫びが響いた。

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