第18話 一人で下校も悪くない
16人。
島崎晴斗が高校に入ってから告白された女の子の人数だ。
複数回告白してきた女子もいたので回数にすると20回を越える。
そして、晴斗はそれを全て断った。
「今は部活に集中したい」
「彼女とかは、今はいらないかなって思ってるから」
「俺なんかよりもっといい人がいるよ」
そう理由をつけて、出来るだけ優しく、波風をたてないように、全て断った。
実際に、振ったことが原因で晴斗の人気が落ちることはなく、むしろ人気は高まっていった。
何人告白してきても、好になった理由を聞くと皆大体同じ。
優しいから、かっこいいから、運動ができるから。
晴斗と長く過ごした訳でもないのに、何故優しいなんてわかるのだろう。
きっと、自分と同じ条件の他の人間がいればその人間を好きになるのだろう。
虚しい。
自分の代わりなどいくらでもいて、今たまたま自分がその役に当てはまっているだけなのだろう。
晴斗はそう考えていた。
くだらないと解りながら。
考え始めたらきりがないなと、自分をバカにしながら。
虚しい。
―――――――
「それじゃあ、解散」
監督の号令で、練習後のミーティングが終わる。
これで、今日の部活は終了。
はぁ、とため息をついて、一人体育館の入り口から帰っていくバスケ部の面々を見やる。
その中には、現在仲違いをしてしまっている友人、片山智樹の姿もあった。
以前は練習が終わると、必ず晴斗の方に来て、練習の反省点から昨日見たテレビの話まで、色々な話をしながら一緒に帰っていた。
だが今は、それもない。
それを察してか、二人の事について聞いてくる友人もいなかった。
皆が帰るのを少し待ち、一人になってから身支度を整え、ノロノロと歩き出す。
7月も半ばになると、夜でもなかなかに気温が高い。
学校の最寄り駅まで10分の道も、一人で歩くと長く感じるものだ。
暗くなった校舎を横切り、正門にたどり着くと、そこには目つきの悪い男子生徒が一人立っていた。
「よー。やっぱバスケ部は練習なげーな」
「驚いた。君もこんな時間まで部活かい?」
「バカ言うな。後悔部は基本午後5時半退社だ。バスケ部みてーなブラックと一緒にすんな」
「それは随分と優良部活だね」
晴斗が笑う。
まぁ、依頼の有無によって前後するので一概には言えないんだけどね。
「それで、ここで待っててくれたのはこの前のことで、かい?」
「ああ。進展と、あと少し聞きたいことが」
「わかった。もう遅いし、歩きながら話そう」
雄一と晴斗は並んで歩き始める。
わかってはいたが、並んでみると尚更晴斗の身長の高さを実感する。
雄一も背は低くないほうだが、晴斗とは十センチ以上の差がある。歩幅も晴斗の方が大きいが、自然と雄一に合わせてくれている。
え、なにそのさりげない優しさ。なんかすげえ幸福感。
やだ、女の子ってこんな気持ちなのかしら!
「こんな時間まで残ってもらって、すまない」
晴斗が、前を見たまま呟くように言う。
雄一はそんな晴斗を表情をちらっと見てから同じように前を向いた。
「かまわねーよ。仕事の内だし」
これが、後悔部特有のサービス残業と言うやつだ。それ故にホワイトな部活とは言い切れないところがある。働きたくない。
「ありがとう。それで、俺に聞きたいことって?」
「その前に進展の方から話しとくわ。まず、早川さんが依頼をしに来た」
晴斗が目を丸くする。
雄一は尚も前を見ながら続ける。
「お前に告白したことが原因で、他の女子からちょっかいかけられてるらしい。それを相談しに来た」
「そうか……それは申し訳ないな」
以前も似たようなことがあったのだろうか。伏し目がちに晴斗は呟いた。
まぁ、あれだけキツい性格だし、雄一はあまり心配ではない。
続けて晴斗へ質問をする。
「お前は、早川さんに告白されてどう思った?」
「……気持ちは嬉しかったかな」
「そういうんじゃなくて。誤魔化さなくていい」
晴斗は少し驚いてから、雄一の顔をしばらく見つめ、ため息をつく。
「何と言うか、君はやっぱり変わってるな。他の人と違うものを見てるというか」
「褒めてんのかそれ」
はは、と愛想の良い笑みを浮かべてから、晴斗は話を始める。
「正直、困ったよ。智樹が早川さんを好きなのを知っていたし。それに」
少し迷ったように黙る晴斗。
雄一も、特に催促することもなく続きを待つ。
「それに……またか、って思った」
「また?」
また告白されてしまった、という自虐風自慢か?
晴斗はそんなことを言うような人間ではないように思うが。
「雄一、君は自分のことを本当に見てくれている人がいるかい? 肩書きや立場なんて関係なく、味方でいてくれる人がいるかい?」
周囲にいる数少ない友人を思い返して、雄一は答える。
「……わかんねーな」
本当にそんな関係なのかはわからない。
相手の考えてることも、何も。
だけど。
「ただ、一緒にいてくれる奴らはいる。そんで俺には肩書きも能力も無え。それは確かだな」
晴斗は歩きながら、何か考えるように黙り、そして突然歩みを止めた。
そして、はははっといつもの爽やかな笑顔を少し崩して笑い出した。
「君は本当にひねくれ者だね。でも、羨ましいよ。そんな仲間がいるなんて」
「お前にもいんだろ。そいつを取り戻すために俺達に依頼してきたんだし」
何だか恥ずかしくなり、雄一は晴斗の方へ話を向けた。
駅の光が、いつもの爽やかさに戻った晴斗の笑顔を照らした。
「それもそうだね。そろそろ一人で帰るのも飽きてきた。それに、君にいつも待っててもらう訳にもいかないからね」
そう言うと、晴斗は足を止める。
「ありがとう。また今度一緒に帰ろう」
「ああ。仲直りは任せろ」
正也以外のやつと帰るのは高校に入ってから初めてだったが、思ったよりも悪くない。
でもやっぱり、自分よりも親友といる方が晴斗も楽しいだろう。一緒に帰るのは親友の方が良いに決まってる。それに晴斗と一緒にいると何か色んな女の子がじろじろ見てきて歩きにくいし。
駅のホームに消えていく晴斗の背中を見送りながら、そんなことを考える雄一であった。
――――――
「んじゃ、行ってくる」
放課後の女子更衣室で、雄一は二人に向かって決心したように、しかし軽い調子でそう言った。
蝉がうるさいくらいに鳴いているのが、窓を閉めきっていても聞こえてくる。
正也はノートで今回の作戦を最終確認していた。
「今回の作戦は少し難度が高い。気をつけて」
「ああ」
雄一を見つめ、朱鳥も両手でグッとガッツポーズをつくり元気よく励ます。
「大澤くん! 頑張ってください!」
「ありがとう」
後悔部の二人に声をかけられ、応える。
そうだ。自分には仲間がいる。
同じように、晴斗にも片山がいる。いるべきだ。
だから。
だから雄一は過去へと戻る。
帰ってきたら晴斗にもラーメンでも奢ってもらおう。
そんなことを思いながら。