第17話 ここは後悔部
「……えーと。今回はどの様なご相談で?」
とりあえず来客用の椅子に座ってもらい、朱鳥が淹れたお茶を持ってきてくれたのを見てから質問する。
「大方予想はついてるだろうけど、今学校で噂になってることについて、よ」
そう言い終わってからお茶に手を伸ばし、一口啜る早川さんこと早川美幸。
熱すぎたのか、すぐにコップを机に戻す。
「と、言いますと……あの、島崎くんのことでしょうかね?」
「そうね。ていうか気になるんだけど、あんた何でさっきから敬語なのよ? 同じ二年生でしょ?」
鋭い目つきで、雄一を睨むようにする。
一見地味な雰囲気ながら、キリっとした目付きと目立たないくらいに赤くメッシュで染めた肩までの髪。そして威圧感やばい。
「あ、はい。すみませんです。気をつけまする」
「直るどころかひどくなってるじゃないの!」
初対面の、それも女子だ。雄一が普通に話せるはずがない。
それに、雄一はこうズバズバと言ってくるタイプの女子はあまり得意ではない。
嫌いな訳ではないが、自分にデリカシーの無いためかよく怒らせてしまうので、できるだけ怒らせないようにと、気をつかってしまい喋りにくくなる。
しかし、依頼に対する解決のための作戦立案をしている正也と、部室の掃除からお茶出しまでしてくれている朱鳥に対し、雄一は依頼人の話を聞くことくらいしか仕事がないのだ。
できる仕事くらいはきちんとこなさなければならない。
「まあ、いいわ。私の後悔は、島崎くんに告白したことよ。出来るなら無かったことにしたいくらいね」
「え? それってフラれたからってこと?」
「大澤くん! デリカシーが無いですよ!」
後ろで話を聞いていた朱鳥が、耳元で雄一に注意する。
たしかに、フラれたことを思い出させるような全くデリカシーの無い質問だ。
またやってしまった! 怒られる!
だが、意外にも早川さんは平然とその質問に答える。
「そうね。一番の理由はそれ」
「えっと、その、ごめんなさい。いや、ごめん」
「何? どーして謝るのよ」
「その、嫌なこと思い出させたかなって」
ばつが悪そうに反省する雄一。
だが、早川さんはそんな雄一を気にもとめない様子で
「フラれたことなら気にしてないから。別に良いわよ。単に、告白したってことを知った島崎くんを好きな女子たちからちょっかい出されるのがウザいだけ」
つまり悩みはその女子たちか。
晴斗は自分をめぐってこんな争いが起きていることを知っているのだろうか。
イケメンも大変だ。
それにしても女の子と言うのはここまで切り替えが早いものなのだろうか。
いくらなんでもあっさりとしている。
「随分切り替えが早いようだね」
いつもと違い斬り込むような話し口調で、正也が早川さんに言葉をかける。
「そうね。いちいち気にしてたらやっていけないもの」
「君は、本当に島崎晴斗が好きだったのかい?」
疑うような正也の聞き方に、雄一が割って入る。
「おい、何当たり前のこと聞いて」
だが、早川さんはそんな質問に特に傷つく様子もなく
「別にあの人自身を好きとかじゃないわね」
「……そうか」
わかっていたことだけど、と正也が頷く。
そんな二人のやり取りが、雄一には理解できない。
「何で好きでもないやつに告白なんてするんだよ」
「別に嫌いとかではないけど。そりゃ好きか嫌いかと言われれば好きでしょ。優しいしカッコいいし」
混乱する雄一を尻目に、早川さんは続ける。
「だけど、あの人の内面だとか、人としてどうこうってとこが好きなわけではないわね。そもそも話したこともあまり無いし」
「じゃあ、何で」
問う、というより少しあきれるような口調の雄一を数秒見つめる早川さん、早川美幸。
そしてゆっくりと話を始める。
「学校で一番の男だからよ」
「へ?」
雄一はおもわず聞き返す。
「島崎くんが、この学校で一番かっこよくて、何でもできて、有名だからよ。優れている人を好きになって求めるのに何か理由でもあるの?」
言っていることは理解できる。
容姿なり運動神経なりが優れている人間は、男の雄一から見ても鮮麗に映る。
だが。だが本当にそれだけで良いのだろうか。
島崎晴斗は、見た目と能力だけで評価されるような人間で終わってしまって。
「……もし晴斗が優れてない普通の人間だったらどうなんだよ」
「さあね。まあ優れてない島崎くんなんて想像できないけど」
「そんなの、本当に好きって言えるのかよ」
「容姿が優れているのだって、運動ができるのだって好きになる要因でしょう? あなたも好きになるのは身の回りのかわいい女の子でしょ? 性格なんて二の次三の次。かわいい女の子を連れてれば誇らしい。だから容姿が優れている人に他の人が集まる」
「晴斗も、そうだって言うのかよ」
「まあ、彼の場合は容姿だけじゃないけどね。運動もできるし、性格も良い。それだって十分な理由にはなるもの。今まで彼を好きだって言ってきた女の子達だって話を聞けばみんなそんなものよ」
まさに完璧。だがそれ故に、晴斗の本当の姿を見ようとする人間はあまりいないのかもしれない。
優れているから、好きになる。
優れているから、一緒にいて誇らしい。だから好きになる。
たしかにそれも間違ってはいないかもしれない。
だが、スペックだけを見て、それを肩書き代わりにするような行動を、恋愛と呼ぶのだろうか。友情と呼ぶのだろうか。
雄一にはわからない。
優れていない晴斗は晴斗ではないのか?
なら雄一はどうだろう。
何もできなかった、そんな雄一と何故正也は一緒にいてくれるのだろう。
何故京奈は頼ってくれるのだろう。
何故朱鳥は、助けてくれるのだろう。
晴斗の周りにいる友人達の中に、そういう人間はいないのだろうか。
あれだけ人に囲まれながら、孤独を感じている。
もしそうだったら。そうだとしたら。
今回の依頼である友人との仲違いの解決も、晴斗にとっては非常に大きな問題だ。
「早川さん、君の依頼受けるよ。晴斗へ告白したことを後悔しているんだよね」
目つきの変わった雄一に、早川さんは少したじろぐ。
「え、ええ。そうだけど。そんなの無かったことになんか出来るわけでもないし」
「大丈夫。ここは後悔部だ。どんな後悔でも、解決してみせる」
救う。
底辺の自分に、頭を下げた頂点を。
孤独に包まれそうなイケメン野郎を。
雄一はそう心に決めた。