第16話 みんなにさん付けで呼ばれててもうそれがあだ名みたいになってる人いるよね
ふふん、と自慢気に鼻を鳴らす役所朱鳥。
「気づかなかったよ。ごめんね。まさかもう一人いたなんて」
島崎晴斗が頭を下げる。
気づいてなかったのね。
役所さん流石の地味オーラ。
いや、オーラが無いから気づかれないのか。
「てか役所、お前その……つ、付き合ったりとか結構あんのか?」
根拠の無い自信にしては見事なドヤ顔である。
地味なオーラに似合わず意外と経験豊富なのか?
「ありませんよ?」
「え? 無いのにあんなに自信あり気だったの?」
「はい!」
びっくりだよ! 根拠の無い自信だったよ!
「で、でも! 男の子よりは女の子のことわかると思いますよ!」
まあそれもそうかもしれない。
このままでは話が進まないのも事実だ。
それに、と朱鳥は雄一の耳元に顔を近づけ
「これだけ有明な人に恩を売っとけば、後で何か役に立つかもしれませんし」
そう耳打ちして、いたずらを思いついた子どものように「にひひ」と笑った。
「お、おう……」
たまに出てくる、朱鳥のこういう表情に雄一はめっぽう弱い。
明らかにリズムを変えている心臓を少し気にしながら口の中でそう呟く。
本当に女の子と言うのはよくわからない。
そして、心臓に悪い。
―――――――
「任せてしまって申し訳ない。本当にありがとう」
とりあえず、後悔部として必要な情報を集め、準備をしてからまた連絡することを決めると、晴斗はそう頭を下げて部室を出ていった。
どこまでも低姿勢な完璧人間だ。
そして、雄一のケータイに家族と後悔部の二人以外の連絡先がようやく追加されたのだった。
以前より一人分だけ連絡先の増えたケータイは何だかいつもよりも重く感じる。
落ち着きのない雄一に、朱鳥が尋ねる。
「大澤くん? 何ニヤニヤしてるんですか?」
晴斗がいなくなって、やっといつもの調子を取り戻した正也もそれに続く。
「ゆーいち、なんかへんだよ?」
「な、なんでもないやい!」
思わず江戸っ子のような口調になりつつ、慌ててケータイをポケットにしまう。
べ、別に友達が増えそうだからって、嬉しくないんだからね!
心の中でそう誤魔化す雄一のツンデレっぷりを知るものは、ここにはいなかった。
――――――
翌日から、後悔部の調査はスタートした。
と言っても、三人とも友達が少ないので授業の合間に、友達かは話を聞くなどということはあまりできない。
放課後まではできること一つもは無かった。
やっとこさ放課後。
聞き込みがほとんど出来ない状態で得られた情報はほぼ無かったが、晴斗に告白した早川さんという女の子のことは女子達の噂になっていたこともあり、少しだけ知ることができた。
早川さん。早川美幸は、晴斗やその友人の智樹と同じクラスの女の子で、ダンス部に所属している。
そこまで目立った女の子ではないが、ダンス部というのは校内でも男子に人気の、ちょっとしたアイドルグループのような立場の部活であるので早川さんの存在は男子の間では意外と知られている。らしい。
雄一はこの手の話題にはからっきしだが、朱鳥がどこからか情報を持ってきてくれた。
「それにしても、女子達のこの手の話題の広まるスピードって滅茶苦茶はえーよな」
「全くだよ。女子専用の匿名掲示板でもあるんじゃないかと疑いたくなるくらいだ」
雄一の声に、正也も頷きながら応える。
夜な夜な画面に向かって草を生やす女の子達を想像し、雄一は少し怖くなる。
「ま、まあ、女の子は色恋沙汰には敏感ですからね。掲示板は無いと思いますが」
朱鳥も少し困ったように苦笑いし、それに、と続ける。
「男子に人気のダンス部と、女子に人気のバスケ部の話ですからね。やっぱり皆注目しますよ」
言われてみれば確かにその通りだ。
世間でも、芸能人の色恋沙汰をわざわざワイドショーで尺をとって放送したりする。雄一には時間の無駄にしか感じられないが。
やはり人間、人気者同士の恋愛や関係性が気になるものなのだろう。
「バスケ部が人気あるのは何となくわかるけど、何でダンス部が人気あんだろーな。あいつらビッチ感半端ねーじゃん」
実際にダンス部は彼氏のいる人間の割合が高いそうだ。それだけでビッチ感などと言ってしまうのは雄一の童貞力の高さ故でもあるが。
「やっぱり日焼けしながらボール追っかけてるテニス部とかより、華やかなダンス部の方が女の子っぽくてかわいいんじゃないですかね?」
ところでビッチってなんですか? 続けて聞いた朱鳥の質問には雄一は答えられなかった。そんなピュアな目を向けないでくれ。
たしかにうちの高校で一番強豪のテニス部と、朝練もなく土日は片方しか練習の無いダンス部は、対照的とも言える。
「でも、俺はテニス部とか運動部で頑張ってる女の子もすげえ良いと思うけどなー」
実際、京奈はテニス部だが男子にも人気だ。他にもテニス部でモテている女の子もいたような話は聞く。
たしか、雄一が制服を盗んだ梅田先輩も。
まあ、テニス部に限った話でもないかもしれないが。
やっぱり頑張る女の子はかわいいのである。
心でそう付け足す。
「……そ、そうなんですか。意外です」
男の子ってよくわからないです、と顔を伏せながらぽつりと呟く朱鳥。
それはお互い様である。
――――――
「ただいまー」
正也がいつも通り少し気だるげに声をあげ、部室に戻ってくる。
女の子よりも女の子らしいその容姿もあってか、正也は女子の知り合いが多い。
普段は女子に囲まれ
「コンディショナーはどこのを使ってる?」
「どこの美容院に行っているの?」
「何でそんなにかわいいの?
「食べちゃいたい」
「小澤くんとは付き合ってるの?」
などと質問攻めされ、困り顔であわあわとしているだけだが、こう言ったときは案外その知り合いが役に立つものだ。
ダンス部を含めた同じクラスの数人の女子に聞き込みができた。
「おけーり。どーだった?」
「うむ。なかなか成果ありといった所だね」
サムズアップしながら正也が答える。
「早川さんは友達にあまり恋愛相談とかはするタイプではなかったみたい。みんな今回のことも突然でびっくりしてた。むしろ、片山くんと仲が良いってことはみんなが知ってたようだね」
「晴斗とかの話に聞く分には片山は結構アタックしてたみたいだもんな」
何故、話したこともない晴斗に告白したのか。
「もぐもぐ。うーん。同じ女の子でもなかなかわからないものですね」
お菓子を食べながら朱鳥も首を捻る。
食いしん坊め。
恋愛絡みの問題ともなると、経験の無い後悔部の面々にとってはなかなかの難関である。
その時だ。
朱鳥がクッキーに手を伸ばした瞬間であり、雄一がまた少し曇っている窓の外の景色を見てため息をついた瞬間であり、正也が何か食べたそうにお菓子BOXをガサガサとしている瞬間であるその時。
コンコン、と部室のドアが叩かれる。
「? 晴斗かな? はーい、どーぞー」
雄一がドアに向かって声をかける。
スーっと空いたドアの向こうには、見慣れない女子生徒が立っていた。
「後悔部ってここで良いのよね?」
「あ、はい。そうですけど」
「何か、後悔してることあったら解決してくれるって聞いたんだけど」
「あー、まぁ、はい。そうですね」
大体間違っていない。
どうやら依頼をしに来たようだ。
全く依頼の無かった後悔部に、同時期に依頼人が二人も来た。
なんともめでたいことだ。
だが。その二人目の依頼人は。
「私、二年生の早川美幸。相談があるんだけど。聞いてもらっていい?」
渦中の早川さん、その人であった。