第15話 完璧人間
スクールカースト。
学校生活を送ってきた者ならば、少なからずその存在を実感してきただろうと思う。
校風によっても違いはあるが、共通しているのは、コミュニケーション能力の高い、容姿が優れている、運動ができる、流行に詳しい、そんな人間が上位に位置することだ。
島崎晴斗は、バスケ部のエースで県の選抜チームにも選ばれている。長身、流行りの髪型、整った容姿、学業成績も正也には及ばないが常に上位をキープしている。
まあ、詰まるところ。
絵に描いたような完璧人間だ。
無論、そんな人間がスクールカーストのトップにいることに疑問を抱く者もいないだろう。
彼の噂は、スクールカーストの底辺をきっちりと守っている雄一の耳にも入ってくる。
噂といっても、あの子が島崎くんに告白した、だとかバスケの試合で活躍したとか女子生徒達が騒いでいるものがほとんどで、良くないことやネガティブな話は全く耳にしたことがなかった。
案外、女子の情報網というのは都合良くできているものなのかもしれない。
それにしても彼のような人間の悩みや後悔があるのだろうか。
学校生活を楽しんでいるリア充達を見て、「あいつら悩みなんてねーんだろーな」なんて考えている雄一には想像もつかない。
そんなわけで、現在後悔部の部室に島崎晴斗が来ているこの状況にも、何だかファミレスに貴族が来てしまったかのような違和感を覚えていた。
何だか部室の空気も綺麗になっているような気がする。
「ここに来たということは、何か依頼があるということでいいのかな?」
正也が黙っている雄一に代わって質問を投げ掛ける。
島崎晴斗は正也の目をじっと見つめてから、爽やかに微笑んで答える。
「広田正也くんだよね。同じクラスになったことないけど、一度話して見たかったんだ! よろしく!」
初対面の相手の名前を把握しつつ、さりげなく好意的に接する。
流石のコミュニケーション能力に雄一は唖然とする。
一方、初対面の相手に慣れないコミュニケーションをとられた正也はどうしていいのかわからずあわあわとこちらに助けを求める目を向けている。
なにそれめっちゃかわいいんですけど。
一瞬気の毒にも思ったが、かわいいのでそのままにしておく。
「君は小澤雄一くんだね。よろしく。二人とも晴斗って呼んでくれ」
晴斗が雄一の方へ、再び笑顔を向ける。
まさかカーストの底辺の自分まで知っているとは。
雄一の驚きが重なる。最近驚いてばかりで寿命が縮まってるんじゃないかと少し心配になる雄一である。
「あ、ども……よ、よろしくっす」
存分に持ち前のコミュ障ぶりを発揮した。
なんて明るくライトな雰囲気をかもし出してやがるんだ。
「え、っと。それで、依頼の方はどんな感じで?」
ばつが悪くなったので、スムーズに話題を変える。
全然スムーズじゃないが。
「おっと、その話だったね。ごめん。……実は、本当に恥ずかしい話なんだけど」
少し話しづらそうに、しかしいつも通りであるように流暢に、島崎晴斗は話を始める。
「昨日、友達と喧嘩してしまって。理由も何となくわかってるんだ。だけど、なかなか謝りにくいことだから、どうしたらいいかってね」
「本当に私的なことで申し訳ない。だけど、なかなか周りの人には相談しづらくて」
そう続けて、普段は見たことのない、少しだけ情けない笑顔を見せる。
本当に感情を表現するのが上手い人間のようだ。
だから、周囲に人間が集まるのかもしれない。雄一はそう感じる。
「なるほど。その理由っていうの、聞いてもいいか?」
自分の背中に隠れてしまっている正也に代わって質問をする。
どうやら自分の理解の及ばない晴斗を、恐怖の対象に指定したらしい。
友人の家のペットに嫌われてしまったように、少し困り顔をしながら晴斗は応じる。
「ああ。俺とその友達、片山智樹は買い物いったり、よく一緒に帰ったりしてる」
片山智樹。顔と名前くらいはわかる。
たしかそいつもバスケ部で、島崎と一緒にいるリア充グループの一人。
「最近、智樹が気になってる女の子がいたみたいで。話は聞いてたんだ」
晴斗はばつの悪そうな顔をしたまま続ける。
「同じクラスの早川さんっていう女の子なんだけど、智樹からよく話しかけてて、二人とも仲良さそうにしてた。だけど」
ああ、そういうパターンか。
「その子がお前のことを好きになっちゃった、と」
「その通りだ」
「なるほどな」
まあ、恋愛絡みの問題では有りがちのパターンだろう。たぶん。おそらく。
恋愛したことないけど。
晴斗はため息混じりに続ける。
「そんなに話したこともないんだけれど、いきなり告白されたんだ。女の子って言うのは本当にわからないものだよ」
女の子のことがよくわからない。
それは雄一も全くもって同意見だ。
本当に女の子と言うのは訳がわからない。
案外、晴斗とは話が合う部分もあるのかもしれない。
「たしかに、女の子なんてよくわからいよな。そもそも男もわからないわ。ってか他人がわからなかった」
だからコミュニケーションがとれない、というわけだ。
晴斗は苦笑いをして困っているようだ。
やっぱり話は合いそうにない。
「ははっ、君は面白いことを言うね」
「バカにしてんのか」
少しムッとしたように語気を強めると、晴斗はいつもの温和な表情から、少し目を鋭くする。
「そんなことないよ。君とは友達になれそうだなって」
「……いや、それはないだろ」
「そうかな?」
「ああ。ろくに話したことも無いような女の子に告白されるようなモテモテ野郎と、友達も数えるほどしかいないスーパーぼっちだぞ?」
「それはなかなか面白い組み合わせだね」
爽やかに、晴斗が笑う。
こうして会話していると、思わず晴斗のペースに巻き込まれそうになる。
やはりこの男は人を惹き付ける何かを持っているのだろう。
依頼、か。どうするべきか。
依頼だって全部受ける必要は無いのだ。
ただでさえ少ない依頼だが、こなさなければならないノルマがあるわけでもない。
そもそも今回の依頼に関しては、過去に戻る必要もないかもしれない。それでは実験もすることができない。
ない、ない、と探検隊でも組めそうな勢いで後ろ向きに考えていると、背中に引っ張られるような感触がした。
背中に隠れている正也が無理するな、と目で訴えかけてくる。心配してくれてるのか。
雄一は背中でシャツを強くつかむ正也の頭をぽんぽん、と叩いて安心させる。
自分よりも優れている人間が苦悩している姿と言うのは、人間誰しも少し安心感や、普段感じている劣等感の分優越感を感じるものだ。
しかし、不思議と雄一は晴斗に対してそう言った感情は湧かない。
晴斗の性格や雰囲気がそう思わせているのか、雄一自身がそう考えているのかはわからない。もしかしたら、その両方なのかもしれない。
後悔部として活動を始めた理由を思い返す。
自分にしか出来ないこと。
白紙だった自分に、色を、文字を。
誰かのために。自分のために。
そう決意したのだ。
雄一はそれと同時に不安でもある。
自分に助けられるのだろうか。
自分よりも圧倒的に優れているこの人間を。
助けることは、倒すことよりも難しい。
倒すこともイメージ出来ないこの完璧人間をどう助けるか。
考えろ。そう自分に言い聞かせる。
正也はまだ背中に隠れて制服の袖を掴んでいる。
今のところは正也も役立ちそうにない。
どうする。
受けるべきか。
だめだ。
全く考えが進まない。
時計の秒針だけが音をたてる。
すると
「二人とも! 男の子同士で話しててもなかなか解決しないことだってありますよ!」
沈んだ空気に包まれていた部室に不意に元気な声があがった。
そうだ。
後悔部にはもう一人いる。
「恋の悩みは女の子の専門分野です!」
そう言って、気合い充分と言った表情で、役所朱鳥は長い髪をふわりとなびかせた。