第12話 制服泥棒
夢というのは不思議なものだ。
普段はどれだけ思い出そうとしても思い出せないような昔の記憶が、ある日の夢で急に蘇ることがある。
懐かしい思い出も。
思い出したくないような記憶も。
夢は勝手に掘り起こして、突きつける。
それは人間にとって必要な機能なのだろうか。
ただそんな夢の後には。
決まって涙が流れていた。
――――――
視界の霞がとれると、雄一はケータイを取り出す。
時刻は午後1時半過ぎ。4限の授業中だ。
相も変わらず女子更衣室である。
授業中なので利用している者はいない。体育に行った生徒達の制服だけがロッカーに置かれている。もちろん、この時間を狙って戻るという正也の指示だ。
いつもならすぐにでも外へ出てしまいたい危険な場所ではあるが、今回は違う。
今回の作戦の肝は、女子更衣室にある。
―――――――
「制服を盗む!?」
「そう、盗む」
「俺が!?」
「そう、ゆーいちが」
「なんで!?」
「怒りの矛先を他の人に向けるためだよ。人間そこまで器用じゃないから、一度に色々なものには注意が回らない。今市丸さんの友達に向かってる怒りを別の何かに向けさせることが出来れば、少しは状況がマシになるだろう。心配はしなくて良いよ。授業中に戻れば誰かに見つかる可能性も低いからね。それに――」
説明になった途端饒舌になるのはいつものことだが、それが終わった後も正也は一点を見つめながら続ける。
「いじめっこはこらしめてやらないと」
――――――
そういったやり取りの後、細かな確認をしてから雄一は今日の午後1時半過ぎに戻ってきたと言うわけだ。
正也にしては穏便でない作戦だとは思ったが、やはりきちんとした理由と裏付けがあった。
それに、いじめをしている人間を嫌う正也らしいとも思う。
雄一のやるべきことは、いじめの主犯となっている3年生、梅野希咲の制服を盗み、隠すこと。
ただでさえ女子更衣室に頻繁に出入りしているという怪しまれやすい状況で、女子生徒の制服を盗むともなるといよいよ犯罪者感が増してくるが、背に腹は代えられない。
それでも雄一は京奈を助けたい。
とりあえず近くにあるロッカーから順番に探すと、いじめの主犯となっている先輩の制服は5番目のロッカーで見つかった。
キーホルダーや鏡のついた派手目の着替え袋。事前に調べた梅野先輩のものだ。
その横に、制服はかけられていた。
見つけるまでにロッカーを漁ってしまった女子の皆様、ごめんなさい。
京奈が相談に来た今日が、偶然3年生が体育のある日で良かった。
お陰で作戦をスムーズに行うことができる。
雄一はゆっくりと制服を手に取った。
「な、なんだ……これ」
学校指定のものであるから、使っている素材は男子のものとあまり変わらないはずだ。
でも何か柔らかい!
しかも何か良い匂いする!
思わず制服を持ったまま立ち尽くしてしまう。
「……女子の制服って何か特別仕様とかなのか?」
一流のチェリーボーイである雄一には、初めて触れる女子の制服はあまりにも不可解で難解なことが多かった。
そしてとても素敵だった。
「集中。集中だ」
雄一は深呼吸をして切り替える。
ともかく今は、この制服を隠すことだ。
制服を一応丁寧に畳んでから抱える。
怪盗にでもなったような気分でそっとドアを開け、辺りを見回してから外に出た。
確かにお宝は持っているが。
幸いなことにこの女子更衣室は廊下のつきあたりにあるため、教室からの目は届かない。
そのまますぐ横にある階段を音をたてないように小走りで上がっていく。
二階の女子更衣室から三階も過ぎると、すぐに屋上への踊り場に到着した。
狭いスペースに、古びたロッカーがぽつりとあるだけ。あと堅く閉ざされた屋上への金属製の扉がどっしりと居を構えている。
人があまり立ち入らないこの場所は、ほこりっぽさと扉の小窓から射し込む日の光のせいもあり、なんだか神聖な場所のようにも感じる。
ここならあまり人は来ない。
隠し場所にはうってつけだ。
数日たてば週に何度か屋上を利用する天文部あたりが制服を見つけるだろう。
そうでなければ自分で返せば良い。
どちらにしてもアリバイはある。何せ今雄一は授業を受けているのだから。
使われていないロッカーを音が出ないようにできるだけゆっくりと開き、少しの罪悪感を感じながら制服をそっと入れる。
作戦終了。
未来へ戻れば、明日以降の嫌がらせは無くなってくれる、はずだ。
屋上への扉にある曇った小窓から外を眺める。
狭い部屋に閉じ込められている囚人は、こんな風に空を眺めるのだろうか。
そして、何を思うのだろう。
雄一の視界は光に包まれた。