第10話 初めてのお客さん
「始まる、つってもなぁ」
後悔部の活動が始まってから一週間が経過した。
しかしながら、依然として後悔部の元を訪れる者はいなかった。
廊下には部の活動を宣伝するポスターを貼ってはいたが、なかなか効果は出ていないようだ。
「あなたの後悔やり直せます! ご相談ください」
そう書いたポスターを眺め、雄一は椅子の背に体重を預ける。
「そりゃそうだよな。逆の立場なら俺もこんな怪しいとこに相談なんてしねーし」
現在は放課後、場所は後悔部の部室である。
6月も半ばになってくると気温も上がり、雄一たちの高校では夏服に衣替えされていた。
雄一はここ1週間は毎日同じように正也と二人で部室に来て、他愛も無い話をしたり、宿題を片付けたりしていた。
因みに宿題を片付ける、と言うのは正也の答えを写す、という作業である。
「確かにそーかもしれない。だけど、追い込まれた時って言うのは逆にあまり知らない人に相談したくなることもあるもんだよ」
「そんなもんかね」
妙に確信めいた事を言うな。
しかしこういうときの正也の言葉は大体正しいのを雄一は知っている。
そして今回もやはり、それは変わらないのだった。
トントン、とドアがノックされる。
はーい、と正也が返事をするとドアが開かれる。
そこには、日に焼けたショートカットの少女がいた。
「い、市丸?」
「ゆーくん!? 何でここに!?」
そう、雄一の中学からの同級生。市丸京奈である。
二人が驚きのキャッチボールをするのを見終えてから正也が口を開く。
「こんにちは、市丸さん。ここに来たってことは何か相談がある、ってことで良いのかな?」
「せーやくんも!? この部活って二人がやってるんだ」
もともと大きな目を更に大きくして、わかりやすくリアクションを取る京奈。
「……まぁな」
しかし意外だった。
何が、というと京奈がここに来たことが。
明るい性格で、テニス部でもエース、勉強は苦手だが友達も多く周囲にその辺りも支えられている。
可愛らしい容姿とその明るい性格で男子からの人気も高い。
いわゆるスクールカーストの上位にいるような人間である。そんな彼女にも悩みがあるのか。
「あの、実は、部活のことで相談したくて」
少し言いにくそうに京奈が切り出した。
部活のことか。テニス部で一番の実力と言っても悩みはあるものなのだろう。
「昨日、団体戦のメンバー決めの試合があって。部内で試合するんだけど、その結果が」
「もしかして、実力が発揮できなくて負けた、とかか?」
こいつにもそんなことがあるのか、と雄一は意外に思った。
過去に戻ってどうにかなるだろうか。
「ううん、試合は全勝したんだけど」
杞憂であった。相変わらず恐ろしい実力だ。
中学の体育で京奈とテニスをしたときは一度もボールを返すことすらできなかった。
因みに持久走のタイムも負けていた。
今はどうかわからないが。
「その試合の結果で、メンバーだった先輩が外れちゃって変わりに同級生の子が入ったんだけど、その子が先輩たちから何て言うか、目つけられちゃって」
なるほど。つまり、メンバーから外された腹いせに先輩にいじめられるという訳か。
一年生からレギュラーである京奈にはそれはないのだろうが、大会前にギリギリ入った後輩にはやはり厳しくなるのだろう。
女子の部活怖い。てか女子が怖え。
しかも知らない女子の問題に首を突っ込む形になる。
もはや過去に戻れてもあまり意味がないのでは、と雄一は震える。
だが。
「ごめん。こんな相談しちゃって。何か久々に部活休みだったから色々考えちゃって。でも、私バカだから何も思い付かなくて」
そう言って困ったように笑って誤魔化す京奈を放って置けるほど、雄一は腐った人間ではなかった。
「いや、市丸。その相談、受けるよ」
雄一はそう言うと立ち上がる。
みんなに優しい京奈は、いつも誰かのために困っていた。
自分のことに全力で取り組んで、さらに他人の背中を押せるようなやつだ。
だから今は、そんな京奈を助けてやりたい。
過去に戻る方法を得た。
それだけのことが雄一を、少しだけ強くしていた。
弱く無気力な少年を、ただの弱い少年にした。
「ゆーくん・・・・・・」
「やろうぜ市丸。一緒にその子を助けよう」
「うん! ありがとう、ゆーくん」
「……どうやら、後悔部としての最初の活動は決まったみたいだね」
二人の様子を静観していた正也が呟く。
「さあゆーいち、そうと決まったら作戦を立てよう」
「おう! ちゃっちゃと、片付けよーぜ!」
正也の方に向き直る雄一。
「あ、そうだゆーくん」
京奈がそんな雄一の肩を叩く。
「? なんだ?」
雄一が振り向くと顔を近くに寄せ、京奈が耳打ちをしてきた。
「こないだのこと、忘れてないんだからね。前払いした分、しっかりお願いしますよ」
そう言うと顔を赤くしながら目を反らす。
「……馴れないなら無理にすんなよ」
どうやら今回はどうにも失敗は出来そうにない。
心臓の音を京奈に聞かれないように聞かれないように気をつけながら、雄一はそう誓った。