第三話 出発
今、一途とハルワタートは洒落たカフェにいる。
この近辺がカフェ街で良かったかもしれない。そこらへんで立ち話するのもなんだ。ハルワタートも相当興奮気味だったので、冷静になるためカフェへ入った。
これだけ安らぎがあり波風の立たない場なら、嫌でも頭が冷えるだろう。
実際一途ですら、この物柔らかな空気に心情が安息化した。
程よく温かい空気に、混じる芳烈なアロマは安らぎと至福をもたらす。
小耳に挟む程度流れる小音のクラシックもまた、安らぎのアロマと自然に絡まっている。
非常に快適な空間だった。ずっとここにいたいぐらいである。
カフェだからなのか可愛い店員も多いし、愛想も良い。客も少なく非常にのんびりできて、どんと腰を下ろせる場所だった。
安らかがために生成される眠気に、異世界ということも忘れて落ちてしまいそうだ。
そう、普段の一途であればだ。
「は……俺は本来この異世界に来るべきじゃなかった……ってことか?」
確認するように一途は呟いた。事情はもう全部聞いた。
十分もあれば尺余りができる程度に短めの話だが、内容が濃すぎた。
体感的には十分以上の内容、一生分以上の出来事を凝縮したような話だった。
自分がこの世界を滅ぼす破壊者であることも、自分は手違いで異世界転生されたことも。
全部聞いたけれど、ただただ圧倒されるだけで理解は追いつかない。
目が乾くのも関係なしに、瞬きすることすら忘れていた。
「ま、そんだけ唖然とするのも無理ないよね。アンタは悪い意味で特別な存在だったんだもの」
一途とハルワタートは、テーブルを挟んだ形で対峙していた。
テーブルに肘をつき、素っ気ない態度で顎に手をつくハルワタート。足をぶんぶんさせながら、無心的表情で窓越しの外を見ている。
一方一途も無心ではあるが、こちらは唖然や呆然での意味合いが大きい。
ハルワタートのように、興味なさげな無心と打って変わって違う。
テーブルの上にぽつんと置かれた二人分のお冷が、どことない虚しさを演出していた。
「破壊者……か……」
「まあ半信半疑程度に思っとけばいいよ」
その半信ですら咀嚼が苦しいのを、この神は理解しているのか。
いや、話を聞く限りでは元神と表現したほうが厳密。
一途を誤って転生させてしまった罰に、神の座から人間へ降格をくらったらしい。
となれば当然神の力も使えない、一途にチート的な力を与えることもできない。
少し残念な気もするが、求めているものはそこまでじゃない。必要以上の生活や力を欲するより、目先の生活が優先だ。
神の力は行使できなくとも、神としての知識は健在なようなので情報源には困らない。
もっとも、その知識を引き出しにすることができればの話だが。
「あーあぁ。アンタを転生させたせいで神失格になったし、これからどうしようぅ」
「俺のせいにすんなよ。言っちゃなんだが自業自得だろ」
「はぁ!? それはそうだけど、だからって面と向かってそういうこと言うなんてデリカシー皆無!? もうちょっと気を使いなさいよ!!」
テーブルを強くバァンと叩き、その勢いに任せ立ち上がったハルワタートは怒鳴って言った。
「あぁ、でも自業自得だっていう自覚はあるのね……ならまあいいんだけど」
「むしろないほうがおかしい! あぁもう! なんでこううまくいかないかなあ!! 完璧だと思ってたのに!!」
髪をくしゃくしゃとかきむしりながら、どんと勢いよくハルワタートは座った。
色々自暴自棄になりかけているようだ。こんな状態の彼女に疑問を投げても、荒削りな答えしか期待できない。
この世界のことについて種々問いかけたいが、今はそっとしておこう。
さっき出会った時だって心慌意乱で凄かったぐらいである。
今の愁然たる面持ちは、その反動の如きだろう。
「ま、まああんま落ち込むなよ。とりあえず何とかなるって」
何故一途が慰めの言葉をかけてやらなければいけないのか。
むしろ一途がかけてもらう側である。それを何で全ての元凶である彼女に提起しなければいけないのか。
全くもって不思議。なのだが、慰めざるを得ない程彼女の顔が滅入っていた。
ある意味一途以上である。滅入っているのはこっちの方だと言うのに。
元々が神だっただけに、相当な精神力を有しているのかと思えばそうでもないのか。
「ああんもう! こうなったらアンタに寄生してやるもん養ってもらうもん! 私もうこれから先どうしたらいいか分かんないー!!」
「えぇ……アンタ一応”元”神だろ。なんか善策とかあるんだろうし、わざわざ俺に寄生しなくとも……」
「ない! ないから言ってんの! あっても、今はもう無気力で脱力しきってて思い浮かばない! とりあえず寝たいから部屋貸して!」
「いや、部屋なんてないし。つかなんで俺」
「だってこの世の破壊者らしいし放っておけないじゃん。私がちゃんと監視しなきゃ」
「破壊者とされてんなら、尚更俺に近づかない方がいいんじゃねえの」
「ややや、だからこそだってば。もしアンタが破壊者となる運命を止められたら、私神に戻れるかもしれないじゃん。神は全てを見ているんだよ。いっぱい良いことをしていっぱい良いとこを見せれば、神復帰のチャンスをくれるかもしれない!」
なんだかもう開き直っている様子だった。
自分に言い聞かせるように言って、ハルワタートは目を光らせる。
そして真っ直ぐ一途を見据えたまま、
「つまり、問題ばっか起こしそうなアンタと一緒にいれば、イコールとして私の善行に活かせるチャンスになりえる。神もアンタのことを一目置いてるみたいだし」
特別視されている、と言えば聞こえは良いか。いずれも悪い意味での特別視だが。
破壊者だとかイレギュラーな存在だとか、大分の脅威とされているらしい。
でも期待には応えられないと思う。何故なら破壊者だなんだのダークな存在になる気がさらさらないから。
というか一途は普通に暮らしたいだけであって、良い意味での特別待遇も、悪い意味での特別視もいらない。
プラスにもマイナスにも左右しない普通が良い――のに、どうやら今世”も”そうはいかないみたいだ。
「ていうかさ、アンタ初心者広場に行って初心者専用の貸出寮には入居したの? してるなら部屋はあるはずなんだけども」
「いや……してない。つか、今しがたその存在を知ったんだけども」
「本当にこの世界のことについて無知なんだね。私が知恵貸してあげてもいいけど、一つの”条件”をのんでくれるなら」
「……条件?」
お互い、色々話したいことはあるが一応の目的地は決まった。
初心者広場、だったか。このカフェで何も注文しないまま、延々駄弁っているのも申し訳ないので、早々に店を退出。
条件とやらも歩きながら聞けばいい。
店を退出するまでの間、ルワタートは出されたお冷に一口も手をつけなかった。