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手違いで異世界、間違いで転生  作者: 神条
一章ノ前 ――異世界生活――
7/15

第一話 初日

その頃、織木一途はというと――

「いってえ、なんなんだよ急に」


 手違いで異世界転生されていた。

 無論それが手違いだと、今の一途は知る由もない。

 神界で何が起き、自分を基準とし世界が狂いかけていることも知らない。

「やべえ。マジでケツいてえ……つかなんで俺はここに……」


 どうやら一途は空から降ってきたのだろう。大空を切りながら、風の赴くまま身を流した。

 正直何がどうなって、どこがどうなったのかも理解できない。もはや気絶していたのかと思うぐらい数秒前の記憶がない。

 なので当然、自分が空から降ってきた記憶もないし感覚もない。痛みの感覚が働き、視界が開けた時にはもうここにいた。

 平坦で茫々とした草原。

 深緑と薄緑二色で形成されたこの場は、途方もないレベルに広い。

 その分視界も開けてて、遠方を見渡せばビルのような建物がいくつもある。

 恐らくそこらへんが街中か。現場からだと歩いて何時間で着くのか――想像もしたくない程の分数を要しそうだ。

「とりあえず、ここがどこなのかもわからないけど、俺は本当に異世界転生されたみたいだな……」


 未だにわかに信じがたい。これが夢だと思いたい。しかしこうも鮮明に物を認識でき、痛みもあり、環境音を聞き取れては現実逃避の余地がない。

 ではあの天神と名乗る美少女も、そしてゼロの世界とやらも現実で事実。

 ――しばらくはこの状況に順応できそうにもなかった。

 いくら非現実的なものを視認しても、脳の処理と理解が追いつかない。

 一途の想定していた「現実的な範囲での非現実的さ」をはるかに超越している。

 次から次へとんな非常事態が連発しては、飲み込もうにも喉が詰まった。

 だから考えるのを止めた。今は考よりも行だ。考えるよりも行動した方が肉体への馴染みも早い。

そうやって無理やりにでも馴染ませなきゃ、考えるだけでは埒があかない。

「とりあえず、行くしかねえか」


目指すは、遠方に見えるビルの一群だ。

 未知の世界での未知の冒険。あまりの非現実的さに眩暈すらもした。

 けれどやはり嫌気は感じなかった。

 きっと無意識の中、小さくも心躍っていた気さえする。

 何故なんだろう。答えは分からなかった。






「はぁはぁはぁ…………」


果たして何分ぐらい歩いただろうか。少なくとも、あの草原にいた頃はまだ朝だった。

いや、明確に言えば朝というより空がまだ青かった。

果てしなく続く無限の空に、不規則な千切れ雲がまばらに広がる。

そんな風に晴天だったのも今ではすっかり暗い。星すら瞬かぬ漆黒の空。

飲み込まれそうなほど暗く黒。ずっと眺めているだけで精神が不安定になりそうなレベルだった。

点々と輝ける粒子の星、そして月光の薄明りがないだけ。たったのそれだけで、地平を包む夜空の印象は不気味に変わった。

「はぁはぁはぁ……。てか……街には着いたもののここどこ……」


最も、今の一途にはまるでどうでもいい話だ。未だに息が上がっていて脇腹が痛い。

こんなに走ったりしたのは久しい。脇腹を刺すような鋭利な痛み。吸い込む酸素の量と吐き出す二酸化炭素の量が釣り合わず肺が苦しい。

しばらくは激しい運動もできなさそうだ。流石に運動不足な自分には、何時間もの歩きは厳しかったか。

現状でこれだけ反動を食らっていては、明日の筋肉痛は凄絶なことになりそうで怖い。

しかし問題は、その明日に向けて過ごす寝床がないとこ。

(と、とりあえず最低限の寝床を確保しなきゃやべえな……)


野宿だなんだ選択肢を選ばなきゃ「寝る」こと自体はどこでもできる。しかし金が一銭もない今、一途の求む快適な環境での就寝は実現し得ない。

この世界の基準や価値観、世界観がどうなのかは知らないが、少なくとも金銭的な概念は存在するだろう。

 さすれば時点で、万事の事柄に金が絡みこんでくる。

まあ最低限寝るという行為が実現するなら、なりふりは構っていられない。 

 もちろん流石にここで寝ることはできないので、場所を選ばねば、

「とりあえずどこに行きゃあいいんだ………」


完全に歩き疲れた。体力のなさに辟易する。とりあえず現場を離れようか。

割と人混みだなんだで色々うっとおしい。見渡した感じ、ちょっと大きな商店街っぽいので、当然か。

一本の大通りに沿う形で、複数の形状の建物が続々と連なっている。

大通りの右側には様々な飲食店や喫茶店。左側には小さなカラオケやファーストフード店など。多種多様なジャンルの店が大小ながら並んでいる。

一見した感じ、店の外観も看板の文字も日本のそれと酷似していた。

通行人も大概がアジア人のそれで、異世界という割に日本の世界観に統一されている。

正直ここが日本だと言われてしまえば納得しそうなぐらいだ。本当に異世界なのか疑いたいぐらいだが、真偽のほどをどうやって確かめたらいいのか。

まさか適当な通行人に聞いて正確な答えが得られると思えない。ここは異世界ですか? と尋ねたところで誰もが疑問符を浮かべるに決まっている。

だから色々と疑問は残る。不明瞭なことだらけでもやもやするし、蟠りもだまになる。

だが最優先すべき事項は、その疑問符を消すことではない。最低限の寝床、とは言っても野宿ほぼ確定な時点で、最低限にすら達していない。

が、とにかく今はこのなだれ込むような人混みがうざくてしょうがなかった。

 どこか閑静で無人的、のどかまでは行かなくとも人の気配が薄いところがいい。

そう思い及べば瞬時、一途の足はゾンビのようなフラフラで前後し始めた。



    □      □      □       □




「はぁ。……また歩き回って疲れちまった」


 軽く街中を探索して、野宿に適しそうな環境をさがしてみた。

 ひとまず色々見て回って、思ったことが一つある。

 文化というものが、本当に日本に似ている点だ。

 言語が日本語である時点でそうだし、顔ぶれも大概がアジア人。建物の外観に看板、そして電気屋のテレビに映る番組。

知っている芸能人が映っている訳でもなし、ましてや見知った建物があるわけでもない。

どれも初めて目にする物ばかりだが、いずれも酷似した日本の風潮を感じる。

 なので別段、肉体の順応や理解が追い付かないわけでもなかった。

 確かに刀や銃を持っている変な人はいっぱいいた。

 また、魔法や魔術といった不可思議な存在の確認もした。そう言った面でのファンタジーさはある種革命的だが、いってしまえばそれだけのように思える。

 普通に空もあって、普通に昼夜の概念もあって、風が吹けば雨だって降る。

 車もあるしお金の存在もある、携帯もあれば、音楽ドラマ映画だって普通にやっている。言語だって普通に日本語なのだ。

 正直、剣だ銃だの治安の悪さ、そして魔法や魔術のファンタジー性を除けばただの日本である。

 そういう方向性での拍子抜け感、言い換えれば安心感は確かにあった。

 最低言葉さえ通じれば何とかなるだろう。県民性、と言ってしまえばおかしいのか。この世界の人間の性質や特性は知らないが、まあ何とかなることを願おう。

「……ここらへんでいいかな」


 額の汗を拭い、そう思いながらも一途はふと立ち止まった。

 人気が少なく閑静、というのを前提に寝床を決めた。

 路地裏だ。

 ここなら閑静――を通り越して退廃的なレベルで静か。どうやらここらへんの路地裏は迷路のように入り組んでいて、そもそも人すら寄り付かない。

 その人すら寄り付かない、というのは現状においてメリットである。

 だが衛生的な面でそれはデメリットしかなく、ちょっと汚いのだ。

 ちょっと汚い程度で済んだから、不幸中の幸いと笑うこともできた

 この路地裏がガチレベルで汚染されていたら、笑う体力も他の場へ移動する気力もなかったところ。少し安心。と同時に、ちょっと体が軽くなる。

 骨がきしみ、重くなった腰をゆっくり下ろす。背後の建物に背を預けながら、そのままずるずると落ちて座った。

 もうくたくたである。今何時なのかも分からないし、思考能力も低下している。

 物事を考えるのも色々と面倒くさいが、明日からどうしよう。と、ただそれ一点の疑問が脳裏を占めていた。

 お金もないし、何か明確な到達点があるでもない。真っ暗闇の中の道しるべは、一体どこを指しているのだろう。答えがないのだ。

 自分の選ぶ道が正解なのか不正解なのかも分からないし、誰も教えてくれない。

 正解がない――即ちで言えば正しい間違いの区別がないに等しいのだ。

せめてこの世界について少しでも詳しくなれたら、結果は違ったのかもしれない。

あの天神――ハルワタートとやらに詳細を聞きかねたのが痛い。

状況の流されるまま勝手に異世界転生されて――ちょっと理不尽である。

またあの天神、とやらに会えたら聞きたいことだらけなのだが。まあ会えるわけもない。相手は神で、わざわざ民がいる世界に降りてくる道理もない。

(ま、考えたってしょうがねえか……)


そしてまた一考をといた。もう夜も深い、はずだ。

最低限の睡眠でもいいから寝て、少しでも多くの体力を補おう。

明日のことはまた明日考えよう。そんな楽観視をできるほどの状況下でもないが、もういいや。

くたくたになった体の、髄から髄まで力を抜く。それから数分の時間もいらなかった。

気絶したような勢いと速度で一途は急速な眠りについた。

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