第六話 ”絶対”の崩壊
その頃天界では――
「さて、邪魔者も排除できたしどうしようかな」
さっきまで、セーナがここにいたはずだ。
マナフの隣で、びくびくと冷や汗をかきながら震えていたはずだ。
そのはずのセーナが、たった先刻消えた。言葉から察するに、明らかに最高神であるスプンタマンユが何かした。
その場合、消えたという表現より消されたというべきか。
いきなり青い燐光に包まれ、ほとばしる一閃の煌めきと共にセーナが消えた。
どんな手段を使ったかは不明。だが間違いなしに手を加えたのはスプンタマンユ。
第一あんな業を成し使えるのは最高神以外あり得ない。しかも同じ神に対してあんな所業ができるなら、なおさら最高神に限られる。
姿形が見えないからこそ、一体何をどうやったか分からない。何をどうやったか分からないこそ、不気味で不思議。
――これぞ正に、最高神が直々に下す審判なるものか。
噂ではままに聞く行為も、実際に生で見ると唖然とする。
何がどうなったのか一瞬も理解できなかったのだ。流石のマナフも、僅かではあるが瞳孔の色彩が変に揺らぎ一驚。そして思う。
消されたセーナの行方と結末を。
「スプンタマンユ様、もしお時間の許す限りであれば一問良いですか」
マナフが口を開く。決してセーナの行く末を問うのではない。相変わらず見えないスプンタマンユに対し、純粋な疑問があった。
「ほう、私に疑があると言いたいのか、ハルワタートに関することかね?」
「いえ、スプンタマンユ様の行う行為自体に疑を通すつもりはありません。ただ、尊貴は分かっていたんではないでしょうか。セーナが、間違って織木一途を転生させてしまうことを」
「ほう、そう思うのはなぜ?」
「織木一途が異世界にいたら、異世界は滅ぶ。その未来を透視できながら、セーナが織木一途を転生させてしまう未来を読めないと思えません。全てを分かった上で、あえて尊貴は何も手を出さなかったのかと。本当に阻止したくあらば、織木一途の転生も、セーナの過ちも容易く止められたはず」
「良い読みだな。しかし君は、何か大きな勘違いをしている」
「……?」
「神にも変えられない未来がある。俗にそれを宿命と言うのだが」
「その宿命を定めるのが神ではありませんか? むしろ言ってしまえば、神しか宿命を定めることはできない。神だけが未来を予知し把握し、未来を決めて宿命を確立する。その存在こそが神なのでは」
「やはり、勘違いをしているな。君は神を完全だと思っていないか?」
「いえ、神が完全だとは思っていません。完全こそが神だと、所感を樹立させていますが」
実際そうだと思っていた。完全で完璧こそが神である。
だから神がこの世界を創造し人間を創った。その人間を住まわすために大地を創り、土ができた。
その土を元に芽吹いたのが樹木で、森林が生い茂れば緑はでき、水が誕生すれば世界の陸を繋ぐ大海が完成した。
そうして世界の主要たる部分を、最低限に抑え神は創った。
正に神しか成しえない業で、言いなれば純粋な”神業”である。
だから神こそが完璧だし完全で、絶対な存在だと思っていた。けれど、その固定観念は呆気なく否定された。
「完全こそが神、か。大概そう思われがちだが、実情は違う。神は所詮世界を創って人類を創っただけ。では問おう。世界すらも貧相に感じさせる宇宙と、その人類を創ったであろう神は誰が創った? 無から有は生まれない。だから、無から有が生まれたのでなく、無が有と化した。少なくとも、有と化した無は神じゃない。我々よりも”上”の存在は確かにいる。宿命とは、その者達が定めた天命。所詮我らの力では、その天命に微視的な変化ももたらせない」
まるで言っていることが理解できなかった。
におわされたのは神よりも”上”の存在。それに対しての理解は追いつかず、想像すらつかない。
神すらも超えた存在。完全であると思っていたはずの神を”創った”存在。
分かるはずもなかったのだ。
「確かに君の言う通りではある。私はハルワタートが織木一途を転生させる未来は視えていた。けれど、織木一途の転生とは前述の通り”天命”である。我々では変えることのできない未来だった。そして神としてハルワタートに課せられた一番の役目こそ、織木一途を転生させること。その役目を終えた彼女に用はない、神としての役目はもう果たしてくれたよ」
ハルワタートの犯したイレギュラーな過ち。それすらもお見通しだった。
が、その点に関しての大した驚きはない。もともとそうではないかと疑惑を働かせていたんだ。
織木一途が破壊者であることを知っておきながら、ハルワタートの犯す過ちが視えなかったは通じない。
一点の疑問が解決された最中、片隅ではさらなる疑問が育んでいた。
「ではもしかして解るのですか。異世界の未来が、織木一途の存在がもたらす災厄と結末が」
「さあ、今の私では解らない。まだ視えないんだ、授けられた天命が。けれどいずれ視えるだろうね」
そう言われて何も言葉は返せなかった。僅かの沈黙と空白が生まれた。
数秒や数十秒まで進んでいく沈黙の中、マナフはまた思う。
――神より上は存在する。
最高神が直々にそうにおわせる発言をしたのだ。間違いはないはず。
その点についてはただただ理解が及ばなかった。それに勘付きまるで察したように、スプンタマンユが告げる。
最後の一言を。
「まあ、君にはまだこの真理も真意も理解できないだろう。ただ一つ言えるとすれば、この真理――そして本質を理解すれば君は神をも超えるだろう」
提言のつもりなのかもしれない。けれどなに一つに対しても、状況の理解には繋がらなかった。
故にマナフの根底にあった「至当」と「絶対」が、無自覚のうち崩れた。