第三話 ギルド
――名を霧ノ柚と言うのか。爽やかな名に恥じぬ可憐でクールな見た目。
女関係に差ほど興味を示さぬ一途でも、思わず見惚れてしまった。先刻救ってもらった感謝、つまりヒーロー的な意味での憧憬。
見た目以上に、彼女の立ち振る舞いや格好よさに見惚れている部分が大きかった。
肩先にまで切り揃えられたミディアムの髪型。毛先一本一本に明確な筋が入っていて、手入れの良さが瞬時にうかがえる。
眠いのかだるいのか、やる気のなさそうな反開きの双眸。その奥に宿る色は、呑み込まれそうにも輝くエメラルドだ。
スタイルもすらっとしていて、身長はハルワタートと似たり寄ったり。
そして文句の言いようもない整った口元と鼻。ルックスのレベルにおいてもハルワタートと似たり寄ったりである。
やはり第一に先行するのは華奢という概念と可憐という所見だ。
服装も先程の崎島やギルドの連中と似ている。一組織ということで服装も似たり寄ったりなのだろう。
ただ唯一、男とは違ってスカートを履いていた。それもかなりのミニ。
正直ちょっとでも風が吹けば見えてしまいそうである。
動きやすいという理由かは知らないが、あそこまでのミニにする必要はないと断じて言える。
肉感的な太ももが露わになっていて、むしろパンツが見ないのが奇跡的でもある。
そんなやましいところに、ほんの一瞬だけ視線が迷い込んでしまった。
けれど彼女は気付いていないらしい。腕を組んで、静かに虚空を静観していた。
その様はリーダとしての貫禄、少しでも凄んだ態度をれば、圧倒した気迫を出せそうだ。
実際一人の少女と概念的に纏めても、実情はこの連中らを従える群れの長。という大前提を忘れてしまえば、彼女はただの可憐な少女。
だからこそ控えている二面性は恐怖的である。
「ま、何を考えているのかはわからねえし無口だから、掴みどころねえんだよな。でも悪い奴じゃないのは確かなんだ、色々不器用なだけで。あんなんだけど良かったら仲良くしてあげてよ」
彼女は同情されているのだろうか。崎島の口調が、友達のいない妹に仲良くしてやってくれと中立ちしている兄的な感じであった。
立場的意味で言えば霧ノがトップだろう。しかしそういう上下関係はないのだろうか。
口調からは上下関係がうかがえない。
単純にアットホームなだけか、立場の上下関係すらいらぬ親密な仲なのか。
どちらにせよ羨ましい限りである。
「ねえ紅蓮、あっちの方から救援きた。行こ」
霧ノがこちらに向かって歩いてくる。だけでドキッと胸が跳ねた。
こちらに来た霧ノに、一途と対話していた崎島が視線を移す。
「あ、おう。とりあえず君、ここらへんくるの初めてなら忠告しとくけど、最近は物騒だから気をつけな。特に真夜中の外出は避けたほういい。人斬りなんていう物騒なもんが横行してるみてえだからな。俺達も全力で捜査を続けているが――まあ気をつけてくれ」
後半、崎島の声が入ってこなかった。一途の意識も何もかもが、すべて霧ノに集中していた。
なんせ憧れ的存在である霧ノが、じっと一途を見つめていたのだ。一足早く去っていく崎島と別に、霧ノは少し立ち止まっていた。
じっとこちらを見つめたまま、ぽつりと漏らす。小言を、
「――貴方は私と似た目をしている。イレギュラーで、不定だけれど規則外れの目つき――」
彼女はただそう言っただけだった。
一途の中で時間が止まる。目と目が数十秒あえば、彼女は見つめてるとはどこが違う感じの目つきだった。
言いなれば品定めをしているような――どこか吟味のニュアンスが半分をかじっている見方。
けれど結局、何かを聞くことはできなかった。彼女の目つきと言葉の意味、聞き返せなかった。
呆然と立ち尽くしている間に、彼女は立ち去ってしまう。
本当に謎であった。
その後、一途達はバイキングを終えると帰路についた。
正直そのまま家に帰ろうとも思った。けれど結局家には帰らなかった。
高鳴る鼓動――興奮が収まらなかったのだ。霧ノ柚に対する憧憬と感動。
颯爽と現れ、一途達を救うヒーロー的な姿。その一景に興奮を抑えられず、そして一途は思い立った。
――霧ノ柚のようになりたい。そう、純粋に憧れの存在ができたのである。
言わば子供たちが、戦隊もののヒーローに憧れているような感覚。
子供が戦隊もののヒーローに憧れ、おもちゃ屋さんで変身ベルトを買ったり――
今の一途の状況を表せば、その境界線上の一線にいる。つまり、だ。
――なあハルワタート。俺も刀がほしいんだけど、
一途は数十分前、そうハルワタートに問うた。
そして返ってきた答えが、
――じゃあ買えばいいじゃん、刀。
短文ではあるがそれだけだった。
実に率直で分かりやすい一文である。欲しければ買え、ハルワタートは端的にそう告げただけ。
まるで軽い感覚で言ってくれる、そこらの本屋でエロ雑誌を買おうか迷っている訳ではないのだ。
だけど本当に、そんな軽い次元の物言いでハルワタートは言ったのだ。心外である。
易々と買えるものならとうに買っている。それができない代物だから一途は問うたのに、意味がなかった。
ハルワタートに初めて似た質問を二回した。
――いや、買えばいいじゃんって言うけど簡単に買えんのかよんな代物
――買えるよ、基本誰でもね。お金は結構かかっちゃうけど、なんなら下見だけでも行ってみる?
やたら乗り気だった。そして意外だった。
人を易々と殺められる刀が買える。別に悪用するとかいう訳でもないが、純粋に欲しかったので嬉しい誤算。
これで買えれば、霧ノ柚と似た形になれる。
憧れの存在に近づけるかもしれないのだ。刀が欲しい動機なんて、単純にそれだけだった。
憧憬の相手に形だけでも似れるなら、動機としては十分だと思う。
もし好きな人や憧れの人が愛用している服に物があったら、同じものが欲しくなったりするはずだ。
程度の差はあれ、どこか無自覚にあるコレクター魂がうずく。
その魂の琴線に触れたのが今回、霧ノ柚の握る刀だった。
全く同じ柄が欲しいわけでもない、まがい物でもいいから欲しく形だけでも似せたい。
なので再三にも渡って思えば言うし、別段悪用の予定もなかった。
ただもし刀が手持ちにあれば、この街の悪い治安にも対策できそうだ。なんせ聞く分、魔法やら魔術やらが混合する世界。
場合によっては純粋な凶器よりも殺傷性を秘めてるとハルワタートは言う。
そういうもしもの場合に応じ、武器を所持するのも十分合理的な判断だと思う。
実際ハルワタートにもそう突っ込まれたし、正論である。なので現状、一途が刀を欲しがる理由は二つだ。
憧れの存在に対し形から似せるため。殺傷性の高い魔術や人間に対し、せめてもの防犯意識。
特にハルワタートも後者の面に関しては強く賛同した。
だから刀を下見しに行く。今すぐ買えるとは当然思わない、事前に高いと聞いているからだ。
でも大体の値段の把握と、良い代物があれば早く唾をつけておくのも悪くない。
二人の意見はそこで同意し、道筋を帰路から逸れた。
■
時刻はまだ昼を少し過ぎた程度。まだまだ天中に昇っている太陽が、世界の住民を活発にさせている。
一途達も例外ではない、時折肩と肩がぶつかるほどの人混みの中、二人は歩いていた。
「なるほど、なんかゲームみてえな概念の世界だなここは」
一途とハルワタートは話していた。
「そうだね、聞き手によっちゃあそう感じるレベルにファンタジーな世界かもね」
二人はこの世界のことについて話し合いながら、歩いていた。
話し合うとは言っても、一途が一方的に聞く側である。この世界のことについて十分と言えるほど把握していないからだ。
武器屋を目指しながら歩く二人は、ギルドについて語り合う。
「んじゃあ要は、ギルドってのは良くも悪くも組織的な団体ってことだ。そんで色々派閥が分かれていて――っていうことなんだろ」
一途自身、かなり大雑把にしか理解できていない。しかもその理解すら、前世の日本でやっていたゲームの大部分が大きく依拠している。
無理もないと思う。それを依拠して差し支えないほど、この世界のギルドとゲームのギルドに違いはなかった。
「まあそういうことになるのかな。生きていく上でギルドに所属するのは必須的だからね。ゲームみたいにギルドに属すも属さずもプレイヤーの自由! なんて風に甘くないんだ」
「そうじゃなきゃ絶対一人じゃ生きていけねえもんなのか?」
「絶対って訳でもないよ。ただ、本当に一人で生きていこうとしたら相当な実力や才能、運が必要になるかな。かなり現実的なレベルじゃないから、皆一応ギルドに属するんだよ」
「なんで一人で生きていこうとしたら実力才能、運が必要なんだ?」
どんどんどんどん、芋づる式で疑問が浮かんでくる。
対しハルワタートは、嫌な顔一つせず流れ作業的な感じで対処していく。
「なんでって、ギルドに属さなきゃ仕事が来ないからだよ。ギルドに属す最大の理由として、ギルドに入ると仕事が貰えるんだよ。魔術や魔法を活かした仕事、剣や銃といった武器を使用する仕事、種類は千差万別と言え、様々な仕事を紹介してくれる組織の総称がギルドなんだよ。だから皆、自分の才能や技術に見合うギルドを探している。ギルドにいたほうが、ギルドそのものの持つ権力や実績を盾に仕事をとりやすいからね」
なるほどと、一途は少し納得してしまった。
要はこの世界においてでも、お金を稼ぐには仕事をしなくてはいけない。でも仕事をするには、ギルドに属し仕事をとらなければいけない。
前世の日本と似たようなシステムである。いや、日本どころか前世の世界と近く似ている。
前世で言う社会を、この世界でギルドと言い直しているだけのよう感じた。
多少違う点もあるが、大雑把に言えば大差はない。仕事をもらうためにギルドへ属し、お金を稼ぐために仕事をする。
前世の世界もまた、会社に属するためハロワへ行き、お金を稼ぐために仕事をする。
要の仕事の枠とやらも、前世と一緒で千差万別あるらしい。
だから所詮は名称を置きかけた程度で、大きな違いは見つからなかった。
順応はもしかしたら容易いのかもしれない。そう不意に思った。
まあ、順応しやすいよう神がこの世界を創ったのだろう。そもそも言語が通ずる時点でそうだし、元神であるハルワタート自身が「そうだ「と肯定している。
おかげさまで、狂乱レベルの混乱は招かずこの世界へ馴染めそうだ。




