第一話 蒼の眼光
一途はまだ、この異世界について多く疑問を抱えていた。
魔法や魔術の仕組み、魔導士や魔術者、ギルドの存在に対しての疑問。
それらは当然解消されていなく、片隅以上の場所を占め重くのしかかっている。
だが正直、今の一途にはまだ理解する必要のないことである。何故なら、魔法だ魔術の存在より、この世界の根底について知らなければいけないことがあるから。
いや、言ってしまえば魔法魔術の存在もこの世界の根底に大きく絡んでいると思う。
視点を変えれば一番大事な存在かもしれないが、今の一途にとってほぼ無関係。
そんなファンタジーなものより、もっと気になっていることが一途にはある。
世界観についてだ。街に到着した時から主脳を塞いでいた疑問である。
――――何故、この異世界では日本語が通用するのか。
たったシンプルな疑問一点だが、そのシンプルさこそ相当な要を担っている。
なんせもしこの世界の言語が日本語でなかったら、当然ながらコミュニケーションも成り立たない。
極端ではあるが、その結果は最悪的に死を招く。
いきなり転生された場所で母国の言葉が通じなかったらどうだろう。誰がどう見ても絶望的である。
例えジェスチャーが多少通じても、まともなコミュニケーションが取れないようでは兎の毛。
よって一途は、日本語が通じるという世界観に大きく救われながら、疑問にも思っていた。
そのことについてハルワタートに尋ねれば、やはり即答。
究極にまでしぼられた言葉の槍が、一途の疑問を突き破ったのだ。
――要はまあ、唐突に異世界に転生された人達が混乱しないようにだよ。
その疑問を一途が尋ねた時、ハルワタートはそう答えた。
どうやら異世界に転生できる人間の年齢は千差万別であるとのこと。
一途のような高校生も転生されるし、小中学生から大の大人まで。転生されるであろう「選ばれた人間」の枠組みに年齢制限はない。
同時に、「選ばれた人間」とは国境をも超え選定される。
日本人に限られることもなければ、アメリカや中国、フランスイタリアなど様々な人種が対象となる。
そこで生じるのが一つの疑問だ。
要は、様々な国や地域で何十年過ごしてきた人間が、突如異世界転生したらどうなるだろう。
その異世界が自分の言語や知識がまるで役に立たない未開のエリアだったら?
間違いなく生きていくことは困難的になる。言葉すら通じない時点、圧倒なストレスが身体を蝕む。
それが場合によっては、死すら生みかねない程のストレスになりえり恐怖となる。
異世界転生とはそんな欠陥のあるもので、だからこその改善策が施されていた。
そう、異世界においてでも地球と同じく国籍を設定すること。即ち、この異世界上においても日本やアメリカと言った国の概念が存在すること。
なので今一途の在籍している場も当然日本なのだ。
だから人間の顔立ちや建物の外観、全てが日本に通ずる部分がある。そして上記の理屈を当てはめれば、この世界の食事も当然のよう日本を背景としているのだ。
「ほう。これが俗に言う魚ってやつだね。知ってはいたけど初めて見たよ」
今一途達は、初心者専用寮の住居者のみが参加権を持つバイキングに来ていた。
主催者は当然役場で、時間の許す限り食べ放題。ネックなのはバイキングの時間が三十分だけなのと、その時間帯を逃してしまえば特例を除いて食事ができない。
一日においてもっとも重要なこの時間帯、参加権を持つ者達はこぞって大広間に集中する。
一途達もうちの二人である。既におぼんとトングを装備した二人は、ただっぴろい大広間を順番に回り
吟味していく。
もはや何を食べようか選定しているうちに、三十分が過ぎそうなぐらいだ。
この大広間の約半分を埋め尽くす料理数は計り知れない。
「ぬお、こっちは和食ってやつだね。中々美味しそうだなあ」
今にもよだれを垂らしそうな勢いのハルワタート。目も潤んでおり食欲に溺れているのが見てわかる。
どうやら本当に食べ物を生で見るのが初めてらしい。
食指が動きまくっているのが分かぅた。わかりやすすぎた。
ハルワタートのおぼんに着々と集っていく料理の山は、悪い意味で飾り気がない。
おぼんにお洒落に料理を盛ったり、そういうのがまるで皆無。
可憐な見た目とは反して、恐らく食べれれば何でもいいタイプである。
どれだけお洒落に料理を飾って盛っても、「胃袋に入っちゃえば料理なんて全部一緒じゃない?」と、元も子もないことを言うタイプである。
しかし、ハルワタートの食指がそれだけ動くのも無理はない気がした。
食に対した興味のない一途でも、目を見張る料理は数々あったからだ。
(へえ、無料っつうぐらいだから大したのは期待してなかったけど、かなり美味そうなのが多いんだなあ)
流石にこれら全て無料というのは太っ腹である。
しかも無料とするには見合わない程豪華なものが多い。
船湯汁、信州蒸し、火薬めしから角煮に、けんちんと竜田揚げ。
幅広い方面での料理を取り揃えていて、どれもこれもかつて日本で見たものばかり。
味も日本人の舌に合ったつくりであれば文句なし。いくつかはまんま料亭で出てきてもおかしくない出来。見栄えも相当だ。
確かに食欲もそそる。一途も適当ではあるが、ちょこちょこ数品程度料理をおぼんにのせる。
正直言ってしまえば一途も食べれれば何でもいいタイプなのだ。無論、だからといってハルワタートのような盛り付け方はしない。
これだけの見栄えの料理だ。
山盛りに付け合わせしたら、各々の品が醸し出している気味や趣が台無し。
最低限そういう面での考慮、作り手側の意をくみ取る必要はあるだろう。
そうハルワタートにも言ってやりたいぐらいだが、恐らく聞く耳も持たない。
目が完全に何かに侵されている。
そしてそんな欲に塗れているが故の反動が、おもむろに出た。
「いでっ」
反射的に聞こえたハルワタートの声に、一途の視線は奪われ、
「おい、だいじょ……」
目線を付近にいたハルワタートに向けた。
しかし「大丈夫か」と安否を問おうとする間すらない。一途は思わず言葉を紡ぎ、眼前の光景に息を呑む。
言葉すら出るのが躊躇い、不思議と一途の足が後退した。
「おぉいガキンちょ。テメエどこ見て歩いてんだ?」
「あぁ、ごめん。ぶつかっちゃったね、んじゃ」
「おい待てゴラァ」
ガシリと、何食わぬ顔で立ち去ろうとしたハルワタートの腕を、巨躯の男が掴む。
直感的にやばいものだと、理解するのは容易かった。
客観的な立場の一途ですらそう理解できるのだから、当の本人ハルワタートだって危険の見当はすぐつくはず。
にもかかわらず、何故何食わぬ顔でいるのだハルワタート。
そこは黙って謝ればいいのだ。「料理を物色していたらぶつかりましたごめんなさい」と、低姿勢で頭を下げれば許してもらえるはず。
なのに、
「おいおい、人にぶつかっておいて何だその態度。ちゃんとしっかり謝れやクソガキ」
「だからごめんって言ってんじゃん。そこ邪魔だからどいてくんない?」
イラッとした言動でぶつけるハルワタート。反対に内心冷や汗が止まらない一途。
何故そんな威圧的な態度でいられるのだハルワタート。
相手は明らかにやばい”連中”だ。一途の倍以上はある巨体に、盛り上がった大胸筋。
一撃あれば、一途なんざ瞬時に沈みそうな筋骨隆々の鉄腕。
屈強という表現が何より当てはまり、凶暴性より狂暴性がいの一番に先行する。
絶対にやばい。しかもそれが一人じゃなく、もう二人取り巻き連中らがいるのだ。
明らかにアレな見た目の奴ら三人、対しこちらは小柄で華奢な少女一人。仮に一途が味方しても瞬時に沈まされる。
自分にチートで最強な能力があれば別だが、気配はなし。
ハルワタート自身ももう神の力は使えず、所詮は一般人だ。こんな化け物連中に高圧的態度を張ってる時点で未来が見える。
――やられてしまう。
いつまで自分が神だと思ってんだと内心愚痴りながら、一途はそっと場を離れようとした。
逃げるのではない、助けを呼びに行くのだ。幸いここは役場が主催している大広間。
役場関係者がいない方おかしい。なので助けさえ呼べればこっちのものだ。
そっと一歩二歩後退し、現場を離れようとする一途に、
「ねえ一途。こいつら面倒臭いんだけどどうしよう」
「っっ!!」
こっちに話を振りやがった。振ってきやがった、最悪のタイミング。
空気を読めないのかこの鈍感娘は。
助けを呼んできてやろうとする一途の気も知らず、無神経なハルワタートがこちらに視線を配る。
つられて三人の化け物連中も、先鋭な眼光をこちらに向けた。
完全に一途が射的にされた。もう終わりだと本能が察知する。が、――――
「そこまでにしろ」
女性の声が響いた。刹那である。
言葉がしたと同時的に、打ち抜かれた。
蒼い目のした少女が一刀を抜き、一閃が乱れる。




