第六話 新生活
――やがて受付嬢に案内され、一途達は初心者専用寮にやってきた。
見た感じこちらも洋風な造りとなっていて、豪奢までいかなくともまあまあの見た目である。
造りとしては鉄筋コンクリート製といったところ。色合いは無難な灰色で、目立った色剥がれもなし。
鉄製が故の特徴としてある錆びも目立たなく、まだ真新しさも残っている。
部屋数は全部で一〇一から一〇八まで。一〇一から一〇四までは一階、一〇四から一〇八が二階。
日本と全く同じ造りであり、相違点は見つからない。
そして今回一途達の住む部屋番は一〇三とのこと。ギリギリ一階である。
「織木一途様とハルワタートセーナ様はご兄妹なのでしょうか? 二人で一部屋に同居となりますと、部屋が少々狭く感じるかもしれません。もしなんでしたら、もう一人分の部屋をご提供させていただきますが」
「あぁ、いや、二人で一部屋で大丈夫です。兄妹みたいなもんですので……」
「左様でございますか」
受付嬢が訝しげな瞳で、数秒こちらを見ていた。
まあ不思議がるのも無理はない。これだけルックスに格差があれば兄妹と思いづらいだろう。
そこで誤解しないでほしいのが、一途の容姿が特別悪いわけではない。主観的に見てせいぜい中の中程度だと思っている。
ために、ハルワタートのルックスがずば抜けて良すぎるが故、そこに格差が生じるのだ。
なんせルックスだけに絞って見れば、どこをどう贔屓目に見ても兄妹には似つかない。
顔が似てない兄妹もいると言えばそれまでだが、ここまでくると血統すら違うように思える。
なのでせめてもの救いは、二人とも年齢が近いということぐらい。これでもし年齢まで離れていたら同居は無論、即通報ものだろう。
まあどうあれ、ここでハルワタートが冤罪のかかるような嘘つけば一途は即アウトである。
「ではこちらが部屋の鍵となります。どうぞ」
代表して一途が鍵を受け取ると、受付嬢は軽く頭を下げて現場を離れた。
部屋内に関する説明はないらしい。自分の目で見て確かめろと言うことか。まあ気楽でいいかもしれない。
「よーし。じゃ、部屋の中身とご対面と行きますか」
鍵を差し込み右に半回。ガチャリと、ロックの外れた音とともに、二人は固唾を呑んだ。
たかだか寮の一室に大した期待はしていない。が、これから半年は世話になる場だ。良くも悪くも緊張が走り、決定的な瞬間は来る。
鉄で冷えたドアノブをぎゅっと握り、手前に引く。
密室の中へ外の空気が流れる。同時に、密室の中の空気は外へ流れにおいが漏れる。
鉄と木製の混じった、僅かながら洋の香り。芳香といった特殊なテイストはないが、木そのものの材質が放つ匂いは嫌じゃない。
外の澄んだ空気も文句なしだが、部屋にこもった木の香りも一興。
まるでそんな香りに誘われるよう、一途とハルワタートの足は室内に進んだ。
「ふむふむー。まあまあ悪くはないんじゃないかなー」
玄関に入り靴を脱げば否、開口一番ハルワタートが言った。一途も意見に異論はない。良くも悪くも玄関はイメージ通りだ。
一本の細い通路があって、その左側にトイレと洗面所のドアが連なっている。玄関の通路を真っすぐに見れば、突き当りに一つの戸。
恐らくは居間へ繋がる境界部分だろう。
ハルワタートは、トイレや洗面所にも興味を示さなければ、一目散に居間へ向かう。
床を歩く音に軋みはない。木製のように見える床だが、触り心地は鉄に近い。不思議な感覚だ。
一途はしばらくその場で足踏みしたり手で触れてみたり、感触を確かめる。
するといつの間にやら、ハルワタートの姿は居間の中央まで進んでいた。
「おー、中々いいんじゃないー! 一途もこっちきて見てみなよー!」
そんな言葉につられて、一途も居間の方へ行く。
「へえ、なるほどなあ。なんつうか、想像より大分綺麗だな」
部屋を一周見渡し率直に思う。
先刻の受付嬢による忠告は一体何だったのだろうか。
部屋に対する過度な期待はしないでくださいと、率直かつ直球すぎる受付嬢の忠告。
その一手があったおかげで、膨らむ妄想も萎んだままだった。けれどその忠告すら、ハードル下げの布石だったのか。
なんせ、一途が時点で想像していた間取りよりも全然良いのだ。流石に広いとは言い切れないが、しかし狭いの枠組みに入るほどでもない。
無論、その前提は一人暮らしである。
二人暮らしという特殊なケースを背負っている一途達からすれば、窮屈さが浮かぶ。
が、文句も言っていられないだろう。冷蔵庫にテレビ、ベッドや収納ケースなど、最低限の生活必需品は揃っている。
これらが一通り揃った生活環境なら、物理的窮屈さなど屁でもない。
特に寒さを防げるというだけ、部屋と外の環境とでは幾万もの上下が出る。つい先日、野宿の経験をした一途がそう思うのだから間違いない。
「今日から約半年、ここでお世話になるんだよなあ」
「そうだねえ」
何故だか感慨深い。
これから先毎日の夜明けと日暮れ、そして日常の起点もここより生まれる。
故に時間の流れを如実で一番に感じる場所だ。勿論例外もあるだろうが、一途達の基本的な出発点と終着点はこの寮と決定した。
これから毎日ほぼ半年、この住処とは切っても切れない腐れ縁な結び合いになる。
もっともその表現が一番にあてはまるのは、同居人であるハルワタートか。
「ねえねえ一途。そいえば受付のお姉さんが言ってたけど、そろそろ昼食バイキングの時間じゃない?」
「言われてみりゃあもうそんな時間か。……つうかお前、箸とか持てるの?」
「持ち方は知ってても持ったことはないからわかんない! まあとりあえず、早く行ってみようよ」
「はぁ……」
こんなんで大丈夫なのだろうか。先のことを考えるだけで何かと思いやられる。
箸すら持ったことないのであれば当然、トイレや入浴の経験すらないだろう。
誤ったやり方を覚えないように、一回は実体験による指導をした方がいいのだろうか。
その場合、トイレや入浴に対する指導とはどうすればいいのか。まさか一緒にお風呂に入るわけもいかなし、悩みどころである。
だがまあ今は目先のことだけ考えてよう。
丁度腹も空き、体が食べ物を欲すれば渇きと飢えの解消を求めている。
今思えば、前日も歩きっぱだ野宿だなんだで食もとっていない。
まあ昨夜は空腹どころではなかったので大した気にもならなかったが、生活面において安全が確保された今、度重なる疲労の重荷が食欲へと転換した。
今にも腹と背中がくっつきそうな飢餓の中、一途は歩きながら思う。
(本当に俺はこれから先どうなっちまうんだ……)
如何なる時であっても、頭の片隅には疑問が残る。
まだ解決されていない事柄は山ほど積まっているのだから。




