第五話 公の手続き
「よーし、今度こそ着いたよー!!」
話ではこう聞いていた。最初は誰もが、役場の異常なほど豪華な外観に目を見張ると。
着いてみて分かったが、確かに文句通りである。
異常の領域すら生温い。想像を絶していた。
例外に漏れず一途も唖然とし、思わず口がポカンと開く。そして数秒は言葉を詰まらせた。
豪華という領域を通り越している。まるで王宮だった。
大理石のような高級素材を要し作られた外観。日光を纏えば、白銀にも反射させる部分的な窓ガラス。
役場の入り口までは、蛇行したアスファルト製の道が敷かれていた。その道だけを取り残せば、付近は薄い草で呑まれている。
とはいっても、草の長さにばらつきはなく殆どが均一的。
恐らく相当丁寧な手入れと処理をしているのだろう。
アスファルト製の蛇行した道を中心とすれば、その右側の広場に大きな噴水――左側の広場には複数のベンチ。
憩いの場、とまでいかなくとも休憩としての場なら十分すぎた。
最も、これだけ人波の激しい場だ。まともにゆっくりもできなさそうである。
単純に一途が、人混みが嫌いだからだけなのかもしれないが。
「……でっけえなあ」
外観はまるで王宮。しかし門扉がある訳でもなく、特別複雑な造りはしていない。
たった一点役場がドンと据えてあるだけで、他は至ってシンプルである。
門番が何十人もいるかと思えば、そういう訳でもないらしい。けれども、それを抑えた上で足が竦む。
入ろうにもこの外観だと、入りにくい空間を嫌でも形成している。
しばらく一途はぼーっとそこに突っ立っていた。すると痺れを切らしたのか、ハルワタートは不満げに小言を漏らす。
「なーにぼーっとしてんの。早くいこ」
「え、あ、おう」
――しかしまあ、本当に現金な奴である。
互いの利害が一致した瞬間から、態度がころっと変わった。
とは言っても半年間、生活面においての面倒は見るのだ、変わらず無愛想な態度でいられても困る。
ただ面倒を見るからと言って、一途がでかい態度を取れるわけもない。あくまでこれは利害が一致しただけ、所詮は互助の関係でしかない。
互いの立場に優劣も序列もなし、利害一致だけの関係故に立場は同等なのだ。
□ □ □ □
――役場の内部に入れば、これまたすごい豪奢な造りだった。
高い天井に吊るされているのは複数のシャンデリア、そんな天と地を支えるのは四角い支柱。
床も当たり前のように大理石でできており、足元も薄ら反射している。
芸術的、と言うのか。少なくともそういう風には見えないが、壁には様々な絵画が掛けられている。
外観の時点でそうであれば、内部もまた王宮の如き。
眩しいほどに光輝な装飾で塗れており、一途はただただ圧倒されるばかり。
しかし反対に、ハルワタートはまるで見慣れているのかのように視線が逸れない。
左右に視線がずれずれで、まともに足すら動かせない一途と違う。
受付の一点のみを見据える。やがてハルワタートの足が受付に着くと、受付嬢に向かって、
「あの、すいません。初心者専用寮の入居手続きをしたいんですけど」
「はい。身分証や公的個人認証カードはお持ちでしょうか?」
「持ってないんで作りたいです」
「かしこまりました。入居の手続き及び、カードの作成は貴女お一人様でよろしいでしょうか?」
「あ、連れがもう一人いるのでちょっと待ってください」
と言うと、ハルワタートは後方を向き手招きをする
「一途! 何してんの早く!!」
「あ、お、おう」
呼びかけの声と手招きが、一途の意識に目覚めをきたした。
呼びかけの一声に気付いた時には、ハルワタートははるか前方にいる。
いつの間にとも思ったが、逆だった。ハルワタートの歩行速度が早いのではなく、逆に一途の足が止まっていただけ。
どうやら無自覚のうち、豪奢な内部構造に見惚れてしまったらしい。
当然だろう。初見で光景を見て平然を保つには無理がある。
尚も収まらぬ驚愕と興奮の中、一途の足は手招きの方面へ動く。
「悪い悪い。んでなんだっけ……」
「はい、とりあえずは指紋の認証、そして小型センサーによる顔の認識。それに基づいてカードをお作り致しますので、何卒ご理解いただくようお願いいたします」
ハルワタートの横に並び、一途は受付嬢の取り出した物を見る。
小さな布が二つと、バーコードを読み取る小型の機械が一つ。
言葉通りだとすると、恐らく前者が指紋を検出するための物。後者が顔を認識するセンサー。
魔法や魔術が発展した世界だと、事前にハルワタートから説明を受けている。
なので相対的な意味で、科学技術やテクノロジーの面において疎い世界だと思っていた。
でも実情は違うらしい。この様子だと、魔術科学両方の分野において相応の進化を遂げていそうだ。
「ではまず、小型センサーによる顔と体全身の認識を行いますね」
「え、えっと俺は一体どうしてればいいんですかね?」
「ただ立ってもらっているだけで構いません。ほぼ一瞬で終わるので大して時間もかかりません」
「は、はぁ。わかりました」
言われるがまま為されるまま、一途は案山子のよう棒立ちを極めた。
手足をピシっと揃え、準備オーケーの合図を体で表せば刹那、
「ではいきますね」
受付嬢の言葉が合図となり、センサーが一途に向けられる。
センサーの光は青色で少しだけ眩しかった。センサーの光は約数秒一途の顔に当てられ、後に胴体、腰にいって最後は足のつま先まで。
体の全身上から下まで舐めつくすよう、数秒間センサーは一途に向けられていた。
「はい、これにてセンサーによる認識は終了しました。次は指紋の検出にご協力ください」
一途のセンサー認識が終われば、入れ替わるようにハルワタートの指紋検出も終わっていた。
指紋検出と言っても、見ていた感じ布に人差し指を押し当てているだけ。こんな簡単な作業で身分証の作成ができるのだろうか。
書類や文書を必要としない分簡便ではあるが、簡便も裏返せば不安の表れである。
(本当にこんなんで大丈夫なんかね。日本だったらぜってーこんなことありえねし)
未だに日本を基準とし考えると、ありえないことだらけ。
そんな「ありえないこと」について考えればほんの数秒、とっくに一途の指紋検出が終わっていた。
同時にハルワタート側のセンサー認識も終わった様子である。
「お疲れ様です。これで身分証作成に必要な人体情報は検出し終わりましたので、もう数分程お待ちください」
言われて数分待った。ハルワタートと何か言葉を交わした訳でもない。
ただ付近をうろうろ眺めていた。色んな人が出入りしてると思った。
人間観察と言えば少々聞こえは悪いか。でも、見慣れぬ地においての人間観察は意外と楽しかった。
色んな人がいると率直に思い、新鮮な気持ちで滾った。
そうやって色んなものを見て、色んな感情に身を浸しているうちに、数分は経った。
あっという間である。
「大変お待たせしました。織木一途様、ハルワタートセーナ様、お二人方の身分証が出来上がりました。あと初心者専用寮の部屋番号も決定しましたのでご案内いたします」
名を名乗った覚えはない。なのにいつの間にか名前が把握されていた。
本当にあれだけの行為で身分を特定したのか。どうやって把握したのか甚だ疑問。
この世界に住民登録も済ませていないうちから、何故センサーや指紋一つで名前を特定できる。
不思議だ、不思議の枠を通り越した。指紋やセンサー認識だって当然初めてなのに、それだけで何故完全に特定できる。
まるで元々、転生される前から一途達の情報がこの世界にあったかのようである。
と、少し深読みをするのも悪くないと一途は思う。
でもこれだけ非現実的な世界ならありえてしまいそうなので、意外と洒落にはならなかったりする。




