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1.僕を呼ぶ声の主

「……分かりました。では送らせていただきますね。住所は、大丈夫ですね。先日の書類に書いていただきましたから。はい、いえいえ。ではまた何かございましたらいつでも」


 失礼します、と告げて通話を切った。マフラーもコートも脱がないままに、テーブル脇に置いた戦利品を見下ろして思う。


「このサイズ……着払いで送ってもいいかなぁ?」


 今回の依頼人は海を跨いだ先の県の方。取りに来るのが難しいというので宅配便で送ることになった。中身がパンパンに詰まった特大のバックパック。僕が背負うとよろけてまともに歩けないようなやつだ。

 宅配業者に連絡しようかと考えて、やっぱり自分で持っていくことにする。待っている間にも街ではきっと僕のことを求めている人が居るのだから。



 僕は“探し物探偵”神咲歩(かんざきあゆむ)。依頼人が無くしてしまった持ち物や居なくなってしまったペット等を探す、という仕事をしている。探偵、と呼んでいるのは僕だけで、依頼人や近所の人からは未だ“探し物屋さん”と呼ばれている。ただ最近は僕の顔と仕事内容が浸透してきたらしく、「あんた、色々探す人?」と声を掛けられるようになってきた。それが仕事に繋がったりするんだから有り難いことではあるけれど、「色々探す人」って何かもう少し言い方あるんじゃないかなぁ、と思っている。

 その辺りはお得意様の高橋さんも広めてくれないから困りもの。というよりあの人自身が僕の仕事をちゃんと理解していないから、諦めるしかないか。


 お手製のキャリーカートに何とかしてバックパックを載せると、出て行く前に事務所の奥にある景色をぼうっと眺める。古びたコンクリートの壁に広がる、暮れない夕焼けの海。気付けばいつも吸い寄せられるようにその絵を見ている。

 情熱的で優しい景色に最期まで友を思った北川さんを振り返れば、じっとしていてはいけないような気がしてくる。彼のように目標に向かって常に足を進めていなければと、心が奮い起こされるんだ。


 簡素なアルミのドアに鍵をかけると、提げている銀色のプレートを<只今待機中。ようこそ!>から<只今捜索中!>へと裏返す。

 見ると浅黒い汚れが付いているが、今は拭く物もないし面倒だから帰ってから拭くことにしよう。多分、三条さんが来た時に服に付いた汚れがたまたま付いたんだろう。


 築六十一年の二階建ての小さなビル。その二階にある僕の事務所。角が丸くなってきた階段をこれ以上欠けさせないようにと、後ろ向きに慎重にカートを下ろしていく。本来なら取り壊してもいいようなボロさだが、もうすっかり僕所有のビルのようになっているから、愛着が湧いて出るに出られない状況がずっと続いている。

 ひびが入り放題のビルに背を向けて、歩き出す。見上げた空には分厚い雲がどんよりと漂っている。十二月の風が痛いほど肌に貼り付いて、マフラーの中に顔を埋めた。

 


 前払いにしておいて良かったのか悪かったのか。多分二枚はお札飛ぶよなぁ。……やっぱり上乗せして請求しておけばよかった。

 昨日の夕方、血相を変えて事務所のドアを叩いたのが依頼人である三条時宗(さんじょうときむね)という男。かなりの大柄で、立てば真上を向かなければいけないような身長差。武士のような名前と同様、いかつい顔で見下ろされて、招き入れるのを一瞬躊躇したのは仕方がないと思う。

 彼は登山のためにわざわざ来ていたが、下山し麓の茶屋で休憩していたところ、気が付いたら荷物が無くなっていた。僕のことを知っていた茶屋の主人から話を聞いて、何とかなるかもしれないと事務所に駆けつけたという話だった。


 その話を聞いた時、この依頼は簡単だと思った。茶屋の名前が「いっぷく」だったからだ。

 地元の人間でないなら知らないだろうが、あの辺りには手癖の悪い子が居る。盗んで金儲けをしようとかではなく、人の荷物を別の場所に隠すという悪戯をしてからかっているんだ。勿論それだって一度人の物を盗っていることには変わりないが、その素性は知れているし隠す場所も決まっている。だから地元の人間は暗黙の了解で何も言わず、茶屋の人達が荷物を取りに行き持ち主に返すようにしているそうだ。

 茶屋の店主がわざわざ僕のところに三条さんを来させたのは、僕の収入を増やしてくれようと思ったからだろう。自分が無償奉仕するよりも、僕の仕事に繋げた方が皆がハッピーになれる。あの人はそういう考えの人なんだ。

 実際、聞いていたのと同じバックパックをすぐに見つけることはできたものの、そこからが大変だった。こんなに重いなんて聞いていなかったんだから。

 どうせ何も取られている物はないんだし中身を確認するまでもない。そもそも何が入っているか聞いていないから開けるのも躊躇われる。でもごつごつした感触が少し気になって、さっきの電話で興味本位に聞いてみた。


「こんなに重いのよく担げますね、中身はずっと入れたままだったんですか?」

「いやいや、その石は登山しながら集めたんですよ。彫刻家なもので」


 僕が中を見たと勘違いしていた彼は、あの山にどれほどいい素材が転がっているかを力説してくれた。彼は道端に転がっている石や木なんかを彫刻しているらしいが、一応厳選したものを素材として使っていると話す。決してお金がないからではないと言っていたけど、正直胡散臭い。まぁ、どちらでもいいんだけれど。

 石が大量に入っているなら一言くらいそう言っておいてほしい。背負おうとして身長が縮みそうになったじゃないか。茶屋の奥さんが車に乗せてくれて本当に助かった、それでなければ二時間では帰ってこられなかっただろう。どうせなら車内で電話しておけば良かったな。

 そんなことを考えながら歩いていると、最寄の宅配便の営業所が見える。さっさと送って終わりにしよう。




 結局なかなかの金額を支払って手続きを済ませた。仕方ない、一銭も取れないような楽な仕事だったしな。

 さて、気持ちを切り替えて今日はどの辺りを行こうか。このまま営業所を過ぎてしばらく歩けば住宅街がある。あの辺りは随分仕事でも行っていないし、近くには高校があるからいい仕事が見つかるかもしれない。キャリーカートは帰りに拾うことにして、僕は歩き出した。

 その高校、輝英(きえい)高等学校はこの街唯一の進学校だ。だけど都会で名のあるような学力に重点を置いた学校とは違い、生徒の才能や興味を伸ばし、各方面への進学の手助けをしているらしい。これも高橋さん情報だ。

 住宅地に並ぶ色とりどりな屋根の奥に、輝英の校舎の上部が覗いている。折角だし、ぐるっと回ってみようか。



 短い横断歩道を渡ると、背の高いバベの木の塀が視界を覆う。この中が輝英高校だ。学校にしては風流というか、誰でも入ってしまえそうで防犯面が心配になるが、今のところ変質者や侵入者の類は聞いたことがない。植物の力で癒されているとか?

 塀を左手に見ながらぶらぶらと歩いてみる。時折気まぐれのように覗く校舎の頭にはちゃんと屋根らしきものが付いていて、知らなければどなたかの邸宅と思ってしまいそうだ。葉の隙間から同じ制服を身に着けた生徒達の姿が見えなければ、そう信じたかもしれない。

 その時、僕のコートのポケットが震えた。仕事用の携帯電話だ、これはラッキー。


「はい、探し……」

「おたくが何でも屋さん? 高橋さんから聞いたんだけど」


 電話に出ると相手はご年配の婦人のようで、高橋さんから僕の話を聞いて電話をしてきたのだと言う。何でも屋さん、と言われた時点で僕の仕事じゃない感じがプンプンしているんだけど。

 そのご婦人はゆったりした口調で依頼内容を明かしてくれた。


「洗面所のね、床がびしょびしょになるのよぅ。水漏れしてるんだと思うんだけど」


 案の定だ。僕は水道屋でもないし何でも屋でもない。額の上の眼鏡を探すのは手伝ってあげるけど、水漏れの対応は致しかねます。

 そんなことをざっくり説明すると、でも高橋さんがね、と言い募られる。困っているのは分かるんだけど、僕じゃどうしようもないんだから諦めてほしい。僕の事実上の広報担当は、一体どんな紹介をしているのやら。


「僕ができるのは探し物だけなんですよ。水漏れだったら、ほらCMでやってるあそこに」

「何でも屋なんでしょう?」

「ですから探し物屋なんですって! あ……」


 言ってから自分ですら探偵を付けるのを忘れてしまったことに気が付く。どうりで探し物探偵の名が定着しない訳だ。若干耳の遠いご婦人に声を張って繰り返し話すと、やっと納得してくれたようで電話が切れた。簡単に言えばそれだけのことだが、かれこれ五分は使ったと思う。切れる直前の困ったわね、の声が耳に残る。……僕が悪いのか?

 違うはずだと言い聞かせて、僕はまた歩き始めた。


「ねぇ、そこのお兄さん!」


 するとどこからか女性の声が聞こえてきて、何気なく周りを見渡す。が、呼ばれたお兄さんはおろか呼んでいる女性の姿すら見えない。僕はその場にひとりきりだった。

 

「ちょっと、お兄さんってば!」


 まただ、また聞こえる。なのに誰の姿も見えない。どういうことだ。……もしかしてアレかな、依頼人がふたりも亡くなっているから、視えるようになってしまったとか。

 その場から走って帰ろうと思ったその時。


「上見て! ほら、上だよ!」


 促されるまま、頭が勝手に動き出す。脳では従わない方がいいんじゃないかと思いながら、恐れのためか自然と見上げようとしていた。

 あぁ、もう終わりかもしれない。大した結果も残せないままここで終わるなんて嫌だなぁ……。


「え?」

「やっとこっち見た!」


 見上げた先には紺のジャケットに明るめの青いネクタイという制服姿の女子高生が居た。校舎の三階、廊下の端から僕を見下ろして手を振っている。乗り出している柵の半分は板のようなものが嵌め込まれていて、腰から下を隠している。脚は見えないが、大丈夫。生きてる人間だ。……やはり僕には霊感はない。

 耳が出るくらいのベリーショートの、弾けるような笑顔を見せる彼女は知り合いではない。だけど僕は確実に彼女に呼び止められている。僕が忘れているだけで、実はどこかで会っていたりするんだろうか。

 ふと、その隣にも人の姿が見える。こちらは対称的に長い黒髪で大人しそうな顔立ちをしている。遠目から見た雰囲気がどことなく雪さんを思わせて、少しだけはっとした。


「僕に何か用かな?」

「うん! 今の電話聞いちゃったんだけど、探し物得意なの?」

「得意というか……」


 得意だからこの仕事をしているものの、そう聞かれると少しそわそわと不安定な心地で。だけどこういうことは胸を張っていなくてはいけない。

 僕はできるだけ堂々とその問いに答えた。


「僕は探し物探偵だからね」

「探偵!? ねぇ、もえ、あの人に頼んだらいいんじゃないの?」

「いいよ、そんな。個人的なことだし……」


 もえ、と呼ばれた子の方は不安げな面持ちでちらりとこちらを見る。礼儀正しく小さくお辞儀をしてくれたが、すぐに視線を戻すと僕から離そうとするように短髪の彼女の手を引いた。

 どうやら学校の中で、しかも彼女達の元で何か問題が起きているようだ。探し物に反応したということは何かが無くなったんだろう。しかし教師を介さずに外部の人間に頼むのが賢明でないというのは尤もだ。こちらとしても探すのなら依頼として受けたい。学校側からの依頼であれば喜んでお受けするが、女子高生からの依頼は依頼料を取れる気がしないから謹んでお断りしたい。卑しいと思われても死活問題なのだ。

 どうするのかと思い見てみれば、既にあのふたりの姿はない。……こうやって仕事が逃げていくんだよなぁ。

 仕方なく歩き出すと、バタバタと落ち着きのない足音が聞こえてくる。まるで階段を駆け下りるような。


「探偵さん! 何帰ろうとしてんの?!」


 最も呼ばれたい名で呼ばれ振り返ると、先程のふたりが校舎を出てフェンス越しにこちらに向かって来ていた。正しくは短髪の彼女をもえという子が追いかけてきたという構図だけれど。

 短髪の彼女は近くで見るとより快活そうで、つるりとした丸顔に跳ねる少年のような髪型がよく似合っている。明るい茶髪が校則的にどうかは知らないが、全体の雰囲気にとてもしっくりきていた。何かスポーツでもしているのだろうか、紺のハイソックスと濃いグレーのチェックスカートの間に見える膝から腿にかけての筋肉が……。

 このスカートの短さは犯罪じゃないか?

 

「探偵さん、ちっさ!」

(かえで)ちゃん! すみません……」

「いえいえ」


 ……もえさんはとてもいい子だ。この子はどちらかといえば絵や本が似合いそう。だから余計に窓辺に座って本を読む、雪さんと重なった。スカートの長さも慎み深い。

 デリカシーのない楓という子には、折角探偵さんだなんて呼んでもらったが、だからこそ大人との境界線を教えておいてあげなくては。ひとつわざとらしく咳をすると、声を低く厳格そうに話し始めた。


「さっきも言ったが、僕は探し物探偵。依頼人が無くしたものを探すというのを仕事にしている。が、慈善事業じゃない。それなりの依頼料は発生する。

 しかもここは学校という施設の中だ。生徒個人と契約をしたとしても、学校長の許可がなければ捜索することができない。

 何かお困りのようだが、ご依頼の際はどなたか先生と話をつけてきてくれ」


 ハードボイルドな探偵をイメージして最後まで言い切ると、格好良く立ち去るためコートの裾を翻しながら踵を返した。

 だけど。


「分かってるって! だから話つけてきたから入ってよ」


 最近の高校生は、予想以上にしっかりされているご様子で。



  

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