希望論否定説
「クズみたいな希望なんて」
「革命家……?」
「はいっ」
予想外の返事に言葉を失った僕を、彼女は赤い目で見据えて笑う。
『革命家』
革命の、専門家。
つまりそれは、この歪んだ理想郷を変えようとしている、ということで。
「とはいっても、私一人じゃあ出来ることなんて限られてるんですけどね。現に、大した活動も出来てませんし」
苦笑。
それから、彼女は順を追って話して行った。
「それでも、諦めちゃダメだと思うんです。いつか誰かがやらなきゃいけないことだから、足踏みしている時間は無いんだって。考えることを放棄してしまったら、私たちは人間としても失格でしょう?」
今にも崩れそうな木造の家に、鳴り止まない子供の声。どこからかカレーの匂いまで香ってくるここは、希望論を語るのには少々不釣合いだったけれど、そんなのが気にならなくなるぐらいに彼女は堂々と口にした。希望論ーーいや、停滞を望んで歩くのを止めたこの国の人たちが、声を揃えて主張した希望を、真っ正面から否定する言葉を。
その姿は悲しいぐらいに弱々しく、怖いぐらいに強い。
「僕も、そう思うよ」
すると
素直にそう言った途端、セラちゃんは初めて違う表情を見せた。
「ありがとう、ございます……!」
泣きそうで、張り裂けそうな顔。だけどどこか嬉しそうでもあって、色々な感情が混ざったような何とも言えない表情を。
僕は一瞬戸惑って、それからゆっくり手を伸ばす。何かをしようとした訳ではなく、ただの無意識で。でも。
《ごめんね》
その手が彼女に触れる事はなく。不意に過ぎ去った言葉に邪魔されて、力無く床に落ちた。そして新たに浮かんだ、酷く不確かな可能性。
「あのさ、セラちゃん」
「はい?」
ごめんね。ーーごめんね?
「もしかして、今日より前に僕と会ったことーーーーある?」
自分でも、変な言葉だとは思う。さっきまで初対面だって思い込んで、疑うどころか考えることすらしなかった癖に。思いつきにも程がある。藁にも縋る思いで、とはよく言うけれど、僕の場合藁どころか神に縋るような勢いだ。その上、お情け程度に与えられた可能性に食いつくなんてみっともないことこの上ないんだけど、なり振り構っていられないぐらいに僕は切羽詰まっていたりする。
そんな、様々な葛藤の詰まった問いに彼女は
「無い、と思いますよ?」
一切取り付く島もなく、希望なんて持とうとも思わせない程にあっさりと、にっこり笑って答えたのだった。
「だ、だよねー」
そりゃそうだ。
「今日はありがとうございましたっ」
「ああ、いえいえ」
所変わって、外。
礼儀正しく頭を下げた彼女に僕は若干の申し訳なさを感じつつ、だいぶ暗くなった空を見上げた。そろそろ、月が太陽と交代する時間。
「でもさ、セラちゃん。今度から人助けは気をつけてやった方がいいよ。そのおかげで助かった奴が言うことじゃないけど、優しさってのは時々弱点になるから」
僕が目線を下ろしながらそう言うと、彼女は意外にも素直に肯定した。今思えば革命家であるが故に人助けに積極的だったんだろうけれど、その否定し難い善意が裏切られて、国を変える前に彼女が変わってしまう様を見たくないと思ったんだ。何故かはよくわからない。でも、こんな歪んだ理想郷の中で崩れやすい真っ直ぐさを大事に持ち続けている、哀れと言っても過言ではない少女に、不幸になって欲しくなかったというのも、理由の10パーセントぐらいは占めていると思う。まぁ何にせよ、身勝手で自分勝手な理由での言葉だっていうのに差異はない。
「それじゃあ、またいつか。いつでもお声をかけて下さい、革命家って暇なんで」
軽く手を振り踵を返した彼女の後を追うとうに、長い赤髪が舞う。だから僕はゆっくり手を振り返して、その背が完全に見えなくなるまで見送っていた。
「行きますか」
さて、日が沈むまでに宿へ入らないとな。
「ん、あれ?」
そういえば、あの子結局僕の名前訊かなかったなぁ。大したことじゃないから、別にいいんだけど。
「ぶっ壊してなんぼでしょう」