偽物少年の刹那的幸福論
「ねぇ、聞こえていますか?」
目を覚ますと、知らない場所に居た。真っ先に視界に入ったのは緑。それから、満開の白い花。
暖かな春の日差しが二度寝を誘うけれど、地べたで熟睡するのは流石によろしくないので何とか起き上がる。
音はしない。いや、風が草を揺らす音はする。でもそれ以外は無音だ。沈黙と言うより、静寂と言うべきだろう。まぁ、それは置いておいて。
どうやらここは、どこぞの庭らしかった。一瞬草原かと勘違いしかけたけれど、すぐ側にある民家や塀がそれを否定している。縁側のある民家なんて久しぶりに見た。
さて、これは不法侵入にはならないのだろうか。なったらなったで理不尽な気もするが。
何にせよ、状況がわからない。そう思い、『僕』は辺りを見回してーーーー
「綺麗でしょう?」
不意に聞こえた声に、思わず耳を疑った。
「その花、白雪芥子って言うんですよ。『茎切れば血の色流す花なれど、白き姿はただ清らかに』の、白雪芥子。」
リリィちゃんが一生懸命育てて、昨日咲いたばかりなんです。
声の主はそう言うと、柔らかく笑う。いつの間に背後に居たのだろう?もしかしたら、最初からかもしれない。彼女は意外と、そういうのが好きだから。
「この家は、サクヤさんとノートさんが探してくれました。皆一緒に住んだ方が、色々行動しやすいでしょって。」
行動?と問うと、彼女は少し照れ臭そうにしながら、でもどこか嬉しそうに答える。
「今、皆で革命運動してるんです。『クレイモア』、って結構有名だったりするんですよ?名前は、ルーが付けてくれました。」
言いながら差し出された手。こんな小さな手で、理想郷のほぼ全国民を相手取っているのか。そう思うと少し驚いたけれど、彼女ならあり得ない話ではなかった。本来のこの子は、想像以上に強いのだから。
花を踏まないように気を付けながら立ち上がると、彼女は反対の手で真っ直ぐに木陰を指差した。
そこにあったのは、二つ並んだ大きめの石。ここからじゃ読めはしないけれど、それぞれに名前が彫ってあるようで。ということは、きっと誰かの墓なのだろう。心当たりが、無いわけじゃない。
「【夜】さんが、名前覚えていてくれたんです。女の子の方が『グレーテル』。男の子の方が、『ヘンゼル』。どっちも骨は入れられませんけど、形だけでもと。」
そっか、ありがとう。
はい。
ざぁ、と風が吹き抜けていく。繋いだままの手から伝わる体温は、相変わらず温かくて。胸の中を満たしていく感情が、少しだけむず痒い。きっと僕の中で、何かが動き出しているのだろう。ずっと止まっていた何かが、やっと。
「ーー……皆で作った、皆の居場所です。帰る場所は、ちゃんと在るんです。だから、」
彼女は、笑っていた。
「おかえりなさい。」
だから僕も、笑って言った。
「ただいま。」
THE,《END》
「僕はちゃんと、幸せだよ。」




