始まりの日
ここからが始まり。本当の終わり。
春特有の温い風が、雑草だらけの庭を駆け抜けていく。ふわりと煽られた長い赤髪が、静かに空を舞った。
まるで、誰かと誰かの心を繋ぎ止めるように。
「本当にもう、いいんですか?」
少女の澄み切った声が、遠く遠くへ響く。
すると隣に立っていた少年が、苦笑を浮かべつつ口を開いた。
「充分過ぎる位だったよ。彼女の居ない世界は、やっぱり僕にとって無価値なんだと思い知ってしまった。」
それとも君は、まだ躊躇っているのかい?
その言葉に思わず二人は顔を見合わせーーそれから、張り詰めていた表情をふっと緩めて笑う。
「いいえ。あの日から迷ったことなんて有りませんから。酷い話ですけれど。」
「そうだね。とてもありがたいと思うよ。僕の居場所はここではないし、『あいつ』の居場所も彼処ではないからね。」
彼女は答えた。堂々にして不敵、そして意気揚々と。
「相手が誰であろうと、引き下がる気は毛頭ありません。私は、『私』ですから。
もしも運命が決めたことならば、見せてあげましょう。見せつけてやりましょう。全身全霊の、『反抗』を。」
言うが早いか、彼女は空高く腕を掲げる。途端、無防備に宙を掻いた袖口から、まるで魔法のように一本の刀が躍り出た。
柄の先から刀身に至るまで漆黒に塗り潰された、鍔のない刀。
少年はこの刀の名を知っていた。【暴食】の化け物が、自身と同類である【大罪】を殺すために創り出した妖刀。
『現世切り』
「……それが、【大罪殺し】かい?」
「正確には【暴食】の能力全般のことを“そう”呼ぶらしいのですが、そうですね。私が貴方を殺す唯一の方法、という意味では似たようなものでしょう。あらかじめ借りておいたんです。」
彼女は一度刀を振るうと、刃を返して地面へ鋒を向けた。あまりにも手慣れたその仕草に、少年は思わず声を上げる。
「それで人を切ったことは?」
想定外の質問にきょとん、と彼を見上げた赤い目は、やがて柔らかく細められて。彼女は、少しだけ困ったような笑顔を見せた。
「ありません。これが最初で、最後です。」
「そっか。じゃあなかなか大変だと思うけれど、そろそろ終わらせようか。」
「はい、お任せ下さい。」
両手でしっかりと柄を握り、再び持ち上げられるソレ。間違いなく自分を殺すための行動に、少年は僅かに安堵する。
脳裏に浮かんだのは、愛する少女。最期の瞬間まで自分を愛していてくれた彼女の涙と、笑顔。
ーーああ、もうちょっとで会えるよ。
彼のそんな呟きは風に掻き消され、誰の耳にも届かなかった。だが、それで充分だったのだろう。
「ごめんなさい。貴方を殺して、私たちは進みます。」
「うん、……うん。」
「貴方が、貴方たちが出来なかったことは、私たちがやり遂げてみせます。逃げませんし負けませんと、約束しましょう。」
「うん。」
「私は絶対にこんな終幕を認めません。私は、『革命』の生き方を選んだんですから。」
「ーーそっか。なら一つ頼めるかな?」
少年は刀の刃を掴むと、それを自分の胸元へと向かわせながら、心底嬉しそうに言った。
「君と『あいつ』とで、一泡吹かせてやってよ。運命とか世界とか、そういう身勝手な奴らに。」
「ーーーー勿論です。」
ず、というくぐもった音が、辺り一体に響く。その頃にはもう、地に伏せた少年の『白い』髪は、鮮やかな赤い液体に染まっていた。
「さぁ、ここからが始まりです。一瞬たりとも、目を離さずに。」
拳を掲げ、声を上げて叫べ。
『反抗宣言』




