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エリュシオン  作者: 雨夜 紅葉
序章
6/67

少女と邂逅と軌跡

新章突入!

スラム街『ノーズ』


さて。


あれから彼女についていっている内に、僕は少し遠い所まで来たようだった。右へ曲がったり左に曲がったり直進したり、見ているだけで目が回りそうな道を彼女は迷いなく走っていく。どこへ向かっているのかさっぱりわからない。つーかこれでさっきの人から逃げ切れても元の場所に帰れないんじゃないかな、僕。


「(地図……はあっても意味ないか。こんなんじゃ)」


進めば進むほど広くなっていく道幅。どこからか流れてくる昼食の匂い。そして反響する子どもの声と、暖かい笑い声。彼女がようやく立ち止まったのは、そんな路地を抜けた先ーーーー


『スノードロップ』という建物の前だった。



「大丈夫ですか?怪我とかありませんか?」

「あ。ああうん大丈夫大丈夫。ありがとう、助かりました」


心配そうに僕を覗き込む、赤い赤い両目。

周りに気が散っていたせいで噛みそうになりながら返事をした僕に、彼女は嫌な顔一つ見せず心底安心したような表情を浮かべる。まるで、無邪気な赤ん坊の笑顔みたいだ。騙されやすくて、騙しやすい。


「すみません、勝手に逃げ出してしまって。頃合いを見計らってちゃんと送って行きますから!」

「いや、いいよ。気にしなくて。……って言いたい所なんだけど、やっぱりお願いしていいかな」


道わかんなくて。


誤魔化すように僕が笑うと、釣られて彼女も笑う。なんだ、調子狂うなぁ。

とはいえいつまでも二人揃ってニコニコしてるわけにもいかないから、適当に話題を振ってみることにした。


「それで、ここは?」

「え、っと。私がお世話になってる場所でして、見た目はアレですけど一番安全なので」


そう。改めて見るとこの建物は、あまりにも奇怪で奇抜な見た目をしていた。

クレヨンで書かれた『すのーどろっぷ』という看板とボロボロの外装、窓からぶら下げられたブランコに、風に揺れる洗濯物の山。明らかに普通のマンションやアパートではない。おっと、別に全部推測で言ってるんじゃないぜ。なんてったって決定打が目の前にある。


「「あー!!!!セラちゃんの彼氏だー!!」」


ほらね。


「ち、ちち違うよ!?」


窓から一斉に顔を出した子どもたち。多分人数は20人以上。……彼氏どうこうは面倒だからとりあえずスルーで。


「すみません。孤児院、なんです。ボランティアの」


ちらっと申し訳なさそうにこちらを見る彼女と目があって、思わず苦笑を返す。まぁ、子供のすることだからなぁ。


「セラちゃん彼氏さんに上がってって貰ってよー!」

「「しょ・う・かい!しょ・う・かい!」」

「えええええ!!?何で!?」


なんて考えは、笑えるぐらいに甘かった。


なんという協力体制。丘山は曳くきを積みて高きを為す。つまりは、『塵も積もれば山となる』だ。

いくら郊外にあるといっても近所迷惑だろうという大声で彼らは叫び出し、今にも窓枠を滑り落ちそうな程身を乗り出す。中にいる大人が必死になって制止する声も聞こえているが、どうやらやめる気なんてまるでなさそうだ。まさしく『強行手段』。最近の子どもはある意味恐ろしいなぁ。


「あの、本当ごめんなさい!あ、……お時間あるようでしたら、上がって行って貰っても、いいですか?」


あんまりにも悲壮感漂う彼女の頼みや子供たちからかかるプレッシャーを振り切る勇気なんて案の定なくて。僕は丁度真上に来た太陽を見上げ、小さく息を吐いた。


ーー安くて割とキレイな宿、教えて貰おう。今日やることは、それだけでいいや。


「それじゃあ、遠慮なく。」





「わーい彼氏さんだー。」

「だからね、違うからね。この人とはさっき知り合って、」


誤解を解こうと懸命に説明する彼女を横目に、わざわざ出して貰ったお茶を啜る。あ、茶柱。いい茶葉使ってるなぁ。


なんでもこれは彼女ーー通称セラちゃんの知り合いへの、特別サービスらしい。子どもたちの話によれば、彼女がこうやって人助けするのは珍しいことじゃないんだと。すげぇなセラちゃん。絵に描いたようないい人。


それからそのついでに、色々教えて貰った。


宿の場所は勿論、国の仕組みや気をつけなきゃいけない人とかについても。


「この国は4つの街に別れてるんです。繁華街『イェスト』、歓楽街『ウェスト』、それからここスラム街『ノーズ』とーーーー暗黒街『サァズ』。ちなみに、さっきあなたが居たのは『イェスト』です」


セラちゃん曰く、イェストとノーズは比較的平和な街だそうだ。あくまで、『比較的』だけれど。それで、最も危険なのが暗黒街『サァズ』だと。


「サクヤ、って女の人が仕切ってるらしいんですけど……マフィアとか犯罪組織のアジトが密集してて人死にも絶えませんから、出来るだけ近づかない方がいいと思います。」


この話聞いとかなかったらうっかり突入するとこだった。危ない危ない。いきなりラスボスは無茶だもんな。


「行くつもりだったんですか?」

「迷った時は南に進む主義だから。」


そう言うと、セラちゃんは苦笑を浮かべてこっちへ戻ってくる。結局誤解を解くことに成功したのか諦めたのかはわからないけれど、どちらにしても子どもたちは落ち着いたみたいだった。なら、この辺で失礼させてもらおうかな。日が暮れる前に宿へ行くのは無理っぽいとしても、せめてここから出るくらいはしないとね。

ーーと腰を上げかけて、僕は今更重要なことに気がついた。


「そうだ、最後に一つ聞いていい?セラちゃん」

「?別にいいですよ。でもセラ『ちゃん』は止めてくださいよ……」

「でも、多分俺の方が歳上でしょ?セラ『さん』とか言いにくいからさ」


と、その瞬間あからさまに凍りついたセラちゃん。驚かせて申し訳ないんだけど、事実だからなぁ。身長で歳判断してたんだろうな。気持ちはわからないでもない。


「じゃ、なくて」

「は、はははい!何でしょう!」


「セラちゃん、君って何者なの?」


重要なのはこっちだ。


初めて会った時から、気にはなっていた事。この国でも異質な赤髪と赤い目で、きっとまだ十代で、なのにこんな見ず知らずの旅人を命がけで助けて。お人好し、ってレベルじゃないだろう。


すると、彼女は笑って答える。当たり前のことを、当たり前に言うような口調で。


「あなただって十分変ですよ、白い髪に蒼い目なんて。ーーだけど私は、凡人なので、」


「私の中で唯一『異質』と言える部分は、『革命家』って点だけだと思います」


この国を丸ごとひっくり返すんです。人も街も、全部。


子どもたちの声にも掻き消されることのない、凛とした声でそう言い切った彼女は、先ほどまでとは打って変わった、夢を語る冒険者に似た笑顔を浮かべていた。


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