解決しない解決編【夜】
答えを合わせて、謎を解く。
「ただ、喧嘩を仲裁しようってだけだ。」
彼はそう言って、僅かにその青い目を細めた。いつもの嘘臭い愛想笑いすら見せず、言葉とは裏腹に真剣な面持ちで宣言する様子は誰の目から見ても明らかにシリアスな場面で。なんだけれど、必然的に出来上がった沈黙を、壊すこととなる私の声は、
「はぁ?」
まったもって我ながら情けない、呆然自失とした声だった。
いやいやだってだって、ねぇ?
「何で?どうしてこのタイミングで仲直りなの?っていうか喧嘩とか安っぽい言い方すんな!」
思わず立ち上がって、彼に詰め寄る私。そのただならぬ様子に彼は若干面食らったようで、微かに動揺が見て取れた。
うん、こういう対応は自分の主義に反してる。それは自覚してる。
でもでもでも、今は仕方ないじゃない!
「しょうがねぇだろ、遺言なんだから。それよりお前、一人称も口調も変わってるぞ。」
いいよ別に、あんなのちょっとしたお遊びだもん。セラだってもう変えてるよきっと。
じゃ、なくて。
「遺言って誰の。」
そんな馬鹿みたいなこと言い残した馬鹿は誰だ。まったくもう、そいつは何を考えているんだろう。
すると彼は言いにくそうに、だけどはっきり回答を口にした。
「【昼】だよ。」
それは私にとっても、セラにとっても、関係の深い人の呼称で。
彼の顔が脳裏に浮かぶのと同時に、ぐらりと足元が揺ぐ。支えを失ったというよりは、地面を失ったような感覚だろうか。気を緩めると座り込んでしまいそうになる。
だけど、だ。私はあくまでもカミサマで、またルシフェルで。どこまで堕ちたって、人間臭くなったって、事実に絶望して泣き崩れるようなまともな精神はしていない訳でして。
私のちょっと狂った脳は、不都合や不具合を埋めるために動き出していた。
「なんで【昼】君が死んじゃうの。」
「タイムリミットが近付いてるんだと。知らなかったのか?あいつが代替品だって。」
「知ってるよ!知ってるけど、あの子が消えなくていいように私は、」
彼が偽物だってことは、ずっと前から知ってた。だって私も当事者だもん。『白い少年』が死んだから、彼が復活するまでの時間稼ぎとして作られた偽物なんだって。タイムリミットを迎えたってことは、『本物』がもうすぐ復活するんでしょう?それは当然のことだよ。いつか必ず起こることだった。でもさぁ。
全部知ってた私が、今まで何もしない訳ないじゃない!
だってだってだって、だって私。
『知ってる』んだもの。
今更『本物』が蘇ることに、意味がないってことを。
……ああでもこれは、私だけの内緒で。
「おい、待て。どういうことだ。お前ーーーー何か、知ってるのか?」
まずい、と言葉を止めた時には後の祭り。無駄に察しのいい彼は、残念ながら気がついてしまったようだ。私と自分との間に生まれてる前提の差異に。私も気がついたんだから、間違いない。
不都合、不具合。いや、違和感かな?
「まずさぁ、最初に一個教えてよ。君はあの子が偽物だって、いつ知ったの?」
私は出来るだけさりげなく、それでいて本筋からはずれないよう気をつけて話題を変える。こういう慎重な駆け引きは好みじゃないけれど、そんな贅沢を言っている余裕も暇も無さそうだった。いや、目の前の彼だけが相手なら別にいいんだよ?彼は多分相当に単純な性格だ。勘がいいだけで。駆け引きとか騙し合いには全然向いてないタイプ。私の敵じゃあない。
でも、でも。おそらく、今回はもっと面倒なのが裏にいるんだ。
そういう予感がしてる。
だったら、慎重にならざるを得ないでしょ?
んで、前述の通り単純な彼は素直に答えてくれた。
「ついさっき。昼間、【強欲】と話してるのを聞いた。」
またまた驚愕。愕然。
まさかここでその名称が出てくるとは思ってなくて、一瞬思考が止まる。それがどうかしたか、とでも言いたげな態度の彼に何か言ってやりたかったけど、何にも思い浮かばなかった。
とりあえず、訂正しよう。彼は単純なんじゃなくって、勿論複雑なんかでもなくって。
「君って、実は馬鹿でしょ。隠れ馬鹿でしょ。」
「は?そりゃお前から比べたら大抵の奴は馬鹿だろ。」
「そーじゃなくて。一般的に見て馬鹿だろっていうか……鈍いでしょって話。」
言われてることの主旨が理解できてない。そんな表情の彼に、私は私らしくもなく大きな大きなため息を吐く。なんか、調子を乱されてばっかりだ。腹立つなぁもう。
私は、自慢じゃないけど人間が嫌いだ。身勝手で理不尽な馬鹿ばっかりで。
カミサマとか言われて『歯車独裁計画』に使われてた間も、誰かを幸せにしてやるつもりなんか毛頭なかったんだ。だからこそ【正義】を創作して、全部全部めちゃくちゃにしたんだし。
だけどね、それを悟られないぐらいには、ちゃんとカミサマ演じてたんだよ。
自分を偽るのも飾るのも、昔から得意だった。自称じゃなくて。でも、彼と話し始めてからそれが完全に空回ってる。本当なんなんだこいつ。
とはいえ、今はそんなことを気にしてる場合じゃない。『彼』のリミットはわからないけれど、早急に解決すべきであることは変わらないでしょ?
まずはこの馬鹿を欺いて、言っていいことだけ言って、言っちゃいけないことは言わないで、認識の差を縮めないと。
「【強欲】がなんて言ったの。偽物の癖にとか、消えるべきだとか?」
「あとは、セラを助ける権利が有るとか無いとかベラベラ喋ってたな。」
「セラを?なんで。」
「知るか。偽物だから、じゃねぇの?お前と喧嘩して死にかけてんだろ、あいつ。」
「違う。じゃなくて、彼が偽物ってこととセラとに何の関係があるのさ?」
困った。まっっっっったく話が噛み合わないや。あの【強欲】の説明を聞いて、どうしてこうも的外れな結論にーーーーって、あれ?
【強欲】?
「お前、さっきから何なんだよ……。」
不服そうに眉を顰める彼のことはとりあえず無視して、私は突如として浮かび上がった『可能性』を『確信』に変える。頭の中でパズルを組み立てているような、そんな気分だった。ぐるぐるぐるぐる、色んな情報が混ざり合って。
正直、この解答には無理がある。ありえない。支離滅裂だ。
でも、この解答以外はもっと在り得ない。
「おい、」
消去法の末の自己完結。そして、私は即座に彼へ飛び付いた。
埋めようのない身長差の所為で、視線が地味に合わない。だから彼の頬を両手で包んで、無理やり少し俯かせて。初めて真っ正面から見つめた蒼色は、嘘や偽りの欠片もなく澄み切っていた。流石化け物。で、流石馬鹿だ。
「聞いて。」
驚愕に目を見開いた彼が何かを言う前に、こちらから話し始める。
もし、この想像が真相だったなら?
決まってる。即急に早急に火急に至急、なんとかしなければならないんだ。
だってだって、こんなの。
こんなの、気に食わないもん。
「私は君が嫌いだ。というか人間そのものが嫌いだ。だけど、あの子の思い通りに動かされるのはもっと嫌いなの。だから、」
「だから君に、真実と選択のチャンスをあげる。そうして私は悠々と『あたし』に戻るの。その後のことは、君がどうにかして。いーい?」
彼は1、2秒固まっていたけれど、すぐに小さく頷いて続きを促した。意外にも話がわかるというか、思い切りがいいらしい。そういうのは嫌いじゃないよ。君は嫌いだけど。
「ん。それじゃ、よく聞いていてねーーーー」
そんな風に前置きをして。
私は若干良い気分で、けれどもある程度は深刻に、語り始めたのでした。
一発逆転の、真実を。
……なんて、ちょっと格好つけ過ぎ?
方程式とは、限らないけれど。




